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第1393話


 今コウヤ自身の意識があるのは、現在外で活動している“管理者コウヤ”の精神世界。

 この世界について軽く説明をしよう。


 二つの魂が混在するこの場所には、コウヤの魂とそのオリジナルであるカラサワ・エイトの魂とが2つ存在していた。


 コウヤは、カラサワがこの世界の作った能力を応用して作り出した擬似人格、つまりクローンであるとはいえ、既に両者は完全なる別物。


 魂は混ざり切る事なく、こうして2つ存在していた。



 そしてここは、魂の内部。

 かつて流が、ウルクの魂を救出した際に潜ったものような、ヒトのうちにある異空間であり、コウヤのそれにカラサワが侵食している形をとっている。





 さて、完全なるコウヤの人格。

 彼は身に覚えはないが、カラサワとの融合によって記憶が混ざっているため、罪の神がどんななのか知っている。

 そして、恨まれてることも自覚している。




 「神様なんて裏切るからこうなるんだよ馬鹿が。やー、よかったぁ。罪の神が暴れたおかげで残りは18%くらい………かな? 後は少数民族ぼちぼち削って、迷路ちゃんが頑張ればッ!?」




 鎖に繋がれ、磔にされているコウヤの顔に手を伸ばしたカラサワ。

 頬骨を挟むようにして顔を掴み、黙らせる。


 しかし、軽口は止まらない。




 「焦ってんじゃねぇよ、クソ野郎。こいつはテメェの撒いた種だ。あんなろくでなしの手を借りて好き勝手してきたツケが、ここで回って来たってだけの話だろうが!!」


 「うるさいなぁ………………君こそ、何勝ち誇ってんの?」


 「なんだと………!?」




 顔を掴んでいた手を離し、カラサワはコウヤの眉間にその手を当てた。




 「こういう展開に備えて、既に手は打ってある。奴がストルムを狙ったのが幸いだった。ユグドラシルに向かわれてたらまずかった」


 「ユグドラシルだと!?………………いや、そうだ。この記憶は………」


 「思い出したかい? まぁ確かに、精神世界の君は少し記憶が混濁してるのだろう。同化後の出来事とはいえ、わずかに混乱していると見える。スプリガンを引き入れる間、その1週間で何をしていたのか、思い出せるかな?」





 いかに人口流出を抑えるか。

 それを考えた時に管理者が考えた策が、妖精たちを隠すことだった。


 いかにヒジリケンとはいえ、人の流れを完璧に把握するのは出来ないという確証を持っていた。

 しかし、大都市の妖精が動けば、流石に察知される危険性がある上に、神器という出口が4つある状態であまり大人数を一点に集めても危険だと考えた。



 そこで目をつけたのが、少数民族だ。




 四大妖精は一種族あたり少なくとも総人口の10%以上を占めているのに対し、少数民族は大体2%前後だ。

 しかし、それらが全て合わされば20%ほどになる。


 人数も多く、何より隠れ住む種族が多い上に、ピクシー族長が仲間にいると言う利点により、管理者は少数民族を集団で移住させる事に決めた。



 そしてそのために利用したのが、空間転移だ。

 あれを使えば、集団での大移動がスムーズに行える。


 ただし、欠点もあった。

 使用回数は1日に一度。

 自分がその場にいる必要はなく、何処から何処へでも、何人でも飛ばせるが、転移する際は一箇所に集まっておく必要がある。


 ケンとスプリガンの里で再会した日、コウヤがみんなでまとめて転移をしていたのも、一度で転移しなければならなかったからだった。




 転移の制限。

 スプリガンの里にいる1週間という期限。

 それらを踏まえ、管理者は少数民族のうち7種族、つまり約15%ほどを一箇所に集めていたのだ—————————







 「じゃ、じゃあ………………」


 「今頃ウルクとやらは、もぬけの殻となった集落で途方に暮れている頃だろうね。加えて、カーバンクルの裏切りにも備えて嘘の情報や噂も流している。時間も稼げるだろう」




 そして、と。

 カラサワにはまだ、とっておきの秘策があった。




 「空間転移のクールタイムは1日。あと数時間耐え切れば、次が使える。僕はそれで、集めた少数民族と、集結中のデバッガー化していない組織の妖精たちをディアブレイズに転移させる」


 「まさか………」


 「そう、籠城だ。ディアブレイズ周辺にはまだ15%程の妖精が残っている。合わせれば30%を超えるだろう。そこから少しずつ妖精を集め、そこを拠点に神器を破壊していけば、僕らの勝ちだ。ところで……余裕が何だとか言っていたね」




 勝ち誇ったとは言わない。

 追い込まれ、煩わされた事に対し、カラサワは確かに憤っていた。

 だが、勝ちへの確信はもっていた。


 そして逆に、コウヤからすればこの種明かしは、青天の霹靂であった。




 おそらく、カラサワはこれからウルクを追いかけるだろう。

 そして神器を確実に残り一つにした後、罪の神の処理に向かう。


 ………さっきまでならまだ希望はあった。

 この戦いはどう足掻いてもジリ貧だ。

 守る対象が集まっているならまだしも、この広いフェアリアに散らばっている。


 いくらでも流出させられると、正直コウヤはたかを括っていた。




 しかし、立場は逆転した。


 もしも残り神器が一つの状態で、少数民族がディアブレイズに集められた上で籠城の形が完成した場合、ジリ貧なのはむしろケンたちの方だ。



 最後の神器を逃しつつ、ディアブレイズ以外の妖精を丁寧に脱出させる必要がある。

 そしてその上で、集まっているディアブレイズに潜入しなければならない。



 だが、人口流出をカラサワがおとなしく見逃すわけがない。

 ディアブレイズ内部は当然、各地にいる妖精を脱出させる際も追っ手が来るだろうそして時間を稼がれれば、また一日中たってしまう。


 そうなれば、ディアブレイズにどんどん妖精が集まり、突破は出来なくなる。




 あとは、ケンにすら勝利可能な今のカラサワが敵を潰していけば、全ては終わる。






 「ちくしょう………………最初からそのつもりで………!!」


 「ということでだ。まずは、ケルピーの里にいるウルクとやらの始末からかかろうか」



 





—————————————————————



—————————



———











 「………………よし。行くか」




 身体を動かすのは、コウヤの人格。

 しかし、その行動は全て、カラサワの意思と目的に基づいている。


 わざわざコウヤの人格を表に出しているのは、レギーナの裏切りを阻止し、尚且つ敵の戦意を削ぐため。




 —————————そして、そのストーリーが面白いと思ったから。

 物語への異様な固執。

 やはりその根幹には、兄と共にゲームと作る夢の中で、自身が負うべき役割、脚本という役割があった。


 兄の復活、そしてその先に作るゲームのために、彼が脚本を続ける。




 「ケルピーの里は………なるほど、遠いな。じゃあ、急ぐか」














——————————————————————————————
















 「よし、少数民族は一旦諦めよー」




 と、ウルクは大胆にも、そんなことを口にしていた。




 『思い切りがいいね、ウルちん。みーもびっくり』


 「だ、大丈夫だか?」


 「ここで慌てててはダメなのだよカーバンクルくん」



 チッチッチと指を振りながら、ウルクはそう言った。


 しかし、大胆だとは本人も自覚していた。

 『もしこの判断が間違っていれば』

 そう思うと震えで動けなくなりそうなくらい、重要な決断だった。


 いや、現にもう少し震えている。

 喉はカラカラ、汗もダラダラ。

 恐怖は確実にここにある。



 —————————でも、私だけまだ血を流してはいない、と。



 怯えてはならない理由があった。

 逃げて全てを台無しにするくらいなら、ここで進む勇気がいる。

 彼女は、王族でありながらも、そういう判断のできる一人の戦士であった。




 「私ももう王女じゃない。だから、多少無茶でも今一番やるべき事をする」




 手にあるのは、神器。

 そして、届けるべき相手は、




 「私はこれを、ケンくんに届ける。そして、万が一ケンくんが何か危険な状況なのだとしてら、正確な情報をみんなに伝える。だから今一番すべきなのは、誰かがカイトに行く事だと思う」


 『確かに、参謀は必要か。うん、いいと思う』


 「お姉さんがそう言うなら、オラもそう思うべ!!」




 チビ神とカーバンクルも賛同した。

 決断は早かった。


 そして、それはこの状況においては、最も賢明な判断—————————


















 —————————に紙一重な、最悪の判断であった。




 コウヤの行動という予測不能なイレギュラー故に、最高の判断は最悪の判断へと変わってしまっていた。




 上空より、直線でカイトへ向かうウルク。

 そして一方で、上空よりケルピーの里へ向かうコウヤ。


 両者は、その中央で交わる。

 接触は不可避。



 敵の作戦を知らないがゆえに、ウルクは最も危険なルートに足を運んでしまったのだった。





 「よーし。じゃー、出発しよー!!」

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