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第1386話


 『!!………………そうか。わかった—————————』




 戦闘中、エルから連絡が入った。

 どうやら、シルフ領に現れたガゼットの撃退には成功したが、その代わりにに神器を一つ失ったらしい。


 これは、正直だいぶ痛手だ。



 しかし、あくまで顔には出さない。

 意味はあるかどうかわからないが、俺は心臓だけを激しく揺さぶらせながら、エル伝いにゼロ達への伝令を送った。




 「どうした金髪、何かヤなことあったのか?」


 「っ………テメェ、その面は………隠しても無駄ってことか」


 「突然人口の流出が消えて、どデカい神威が消えたら流石に察するさ」




 どデカいとは言うが、距離が距離だ。

 自身で感知していると言うよりは、この世界の主としての能力で感知しているといったところだろう。


 言い換えれば、そういうのを察しするシステムがある。



 全くもって厄介だ。




 「降参?」


 「するかバーカ」




 飛んでくる魔法を弾きながら、軽口も捌く。


 まぁその程度には余裕はある。

 切り札はいくつか残している。


 その切り札というのが—————————









——————————————————————————————










 「みんなぁ、こっちに入ってけろぉ〜」



 カーバンクル特有の訛りが、洞窟のそこらから聞こえる。

 皆誘導に従って、外界に通じるゲートに入っていった。



 「協力してくれてありがとう。おかげで私もケンくんも大助かりだよ」


 「いんやぁ、滅相もないだよ。オメェはオラ達の恩人であらせられるケンの旦那のお仲間さんだべ。こんくれぇで恩返し出来るならお安いもんだ。なぁ、—————————っと、名前なくなっちまったんだっけか」


 「んだんだ。だども気にしなくてええだよ。外さ出たらすぐ帰ってくるべ」




 と、元気よく返事をしたのは、ルビーを額に輝かせているカーバンクル。

 彼はかつて、カーバンクルの魂を利用してゴーレムの燃料としていたプレイヤー・ガージュとの戦いの際にケンに助けられたカーバンクルだ。


 ケンの匂いのついたタオルを渡すや否や、すぐに退避に協力してくれたのだ。

 そして、そのタオルを持ってここまでやってきたのが、他でもないケンの切り札、ウルクだった。



 「ふふふ、恩か。私もケンくんに恩があるからねー。頑張らなきゃなんだー」




 アクアレアが最も早く作業を終えると踏んでいたケンは、飛竜と共にウルクをアクアレアに待機させていたのだ。

 そして、各地に隠れ住んでいる四大妖精以外の妖精である少数民族の退避をウルクに頼んだ。


 この妖精界に存在する少数民族は10種族ほど。

 各種族は全体の2%前後と、かなり少ないが、全て退避させられればこの戦争はかなり有利になる。


 敵側であるピクシーやスプリガンを除いても、15%強は確保できるはずだ。

 何より彼らは四大妖精と違って、大半が固まって暮らしている。

 説得さえ済めば数分で全員退避させられるのはかなり大きい。



 「ここぉ済んだらぁ、次はどこさいくだ?」


 「次はグレムリンかな。ぐるっとまわるつもり」


 「だったらぁ、オラもお手伝いさせてけろ! 少数民族の中じゃ顔の通ってる方だよ」


 「おー」



 ルビーのカーバンクルはそう言いながら胸を叩いた。

 可愛いと撫で回すウルクだったが、同時に助かるとも思っていた。


 少数民族間を巡る際、肝になるのは説得の早さだ。

 いかに早く説得できるかが、勝負の鍵になる。

 だからこそ、このカーバンクルの申し出は渡りに船であった。




 (こっちは上手くいきそうかなー。他に神器を持ってるのは確か、ケンくんとゼロくんと………………そうだ、エルちゃんがいうにはラビちゃんはまだ—————————)










——————————————————————————————














 100対1の戦い。

 かつてのレギーナであれば、そんな戦いは屋敷の本の中でしか見たことがないような現実味のないものであろう。


 しかし、この国に来て丈夫な身体を手に入れ、戦いに身を投じるようになって既に1年強。

 100対1()()は何度もこなしてきた。


 以前の弱かった自分を消し去るため、ただ強くなることを目的としていた彼女は、経験値を得るために数えられないほど多くのモンスターと戦ってきた。

 



 その光景は、今でも鮮明に思い出せる。




 魔物の群れ、その中心に立つ1m半程度の肉に塊を喰らうために集まった血に飢えた獣。

 隙間なく、一世に飛び交ってくるそれを、レギーナは一呼吸つく間も無く、撫で斬りにした。


 血飛沫が飛び、その首が地面に落ちるよりも早く、身体は奥の敵の中心に入り、剣は血を啜った。



 ボトボトと首が落ち、ようやく獣が恐怖を感じた頃には、更に数匹。



 足がすくみ動けなくなったその隙に、さらに。





 宙を舞い斬りつけ、向かってくる獣を斬りつつ、次の敵を視認。

 自慢の足で駆け巡り、血の海を広げていく。



 速さが、強さが心地よかった。

 肉の感触は気持ち悪かったけれど、敵を圧倒する優越権が全てを掻き消した。

 

 断末魔も耳に入らないほどに自分の笑い声が弾けていた。



 憧れた強者になれた高揚が、目の前の凄惨な光景を彩っていた。





 楽しい。

 楽しい。


 強い。


 圧倒的だ。



 これならば、誰にも、絶対に負けない—————————








——————————————————



—————————







 —————————ほんの数日前のそんな景色と感情が脳裏に蘇る。


 されど、ここには血溜まりはない。

 肉の感触など久しくなく、剣を眺めても映るのはひたすら鈍い銀。

 死体など見当たるはずもない。



 敵は向かって来ず、近づこうとすれば背後左右から常に邪魔をされ、包囲を抜けようとしても外にも敵は広がっている。

 そこからさらに出ようとすると今度は逃げられ、戻る頃には包囲が終わっている。



 負けはしない。

 でも勝てもしない。



 そんな状況がじわじわつ続く中で感じるのは、焦り。




 レギーナは焦っていた。


 多対一。

 持久戦に持ち込まれれば、負けるのは自分。

 一刻も早くこの状況を脱するべくより多く、より疾く剣を振るうが、そんな焦りも読み取り、軍師は冷静に駒を動かす。




 配置を変えて味方を守り、隙をついては確実に削る。

 無理はしない。

 堅実に確実に。


 30年を超える修行が彼女に与えたのは経験と落ち着き。




 そこには、軍師として完成したラビの姿があった。



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