第1384話
爆発音—————————否。
空気が裂けるようなこの炸裂音は、爆発によるものではない。
それは破壊の音。
拳がぶつかり、空気を、建物を、地面を破壊する音。
拳同士がぶつかり合う音。
肉体を砕きあう音。
砕かれた歯が宙を飛び、血反吐が地面を汚す。
続けるほどに傷が増え、その度に拳に力が入り、また向かっていく。
これまでの高速戦闘からは一転、二人はほとんどその場からは動いていなかった。
たとえ一部始終を見ていなくとも、周囲を見れば一目瞭然。
彼らの周りだけが、綺麗に壊れているのだ。
限定された凄惨さが語るその異様な状況を作り出したのは、やはり二人の戦い方だ。
二人とも、魔法を一切使わず、ただ己の肉体のみで戦ったのだ。
魔力ではなく、腕力の戦い。
力に特化した両者はひたすら殴り合った。
当然青痣はある。
しかし切り傷もある。
音速を超え、鋭さを得た拳が肉を引き裂くから。
やけどもある。
拳にこもった熱が、その皮膚を焼くから。
だが、それでもそれは全てただの拳同士の戦い。
いや、もう “ただの” とは呼べまい。
魔法やスキルを捨て、さらに移動までも捨て、ひたすらに攻防を続けた。
究極の肉弾戦。
ただ呼吸音と拳による破壊音だけが飛び交うその戦場には、妙な一体感があった。
やはり、元はといえど仲間同士。
どこかで通じ合っていた。
しかし、容赦はない。
たった今、ゼロの頬に入った一撃が僅かに深く入っていればきっとその命を殴り潰していた。
続け様にガゼットの腹部に入った蹴りが脇から入っていれば、臓器ごと命を蹴り砕いていた。
殴る。
蹴る。
究極、それだけの戦闘はそれなりに長引いた。
だが、それももう限界が訪れようとしていた。
「はッ、ぁが………………」
「し、ぶとい………なァ」
戦いの余波で既にボロボロとなったストルムの中心で、ゼロとガゼットは満身創痍で立っていた。
避難についてもまだまだ進みが遅い様子。
ゼロとしてはすぐにでもメルナを手伝いに行きたいところではあったが、想定以上にデバッガーと化したガゼットの力は凄まじかった。
リンフィアの血を使った、寿命を縮ませかねない鬼人化ではあるが、元々力量はガゼットの方が上。
追いつけているだけでも僥倖というべきだろう。
それでも、
「ハァ………ァ………決着は、近い………か」
「みたい………だな」
両者ともに限界はとうに超えている。
強いていうなら無茶な変身をしているゼロの方が危険な状況だが、正直大差はない。
「じゃあ、ひとつ………無駄話をしようか。ただ、の………質問………だがね」
「下らん………余計な口を………」
「君は、私をどうしたいんだ………?」
「………」
それは、かつての親友からゼロへ向けての、切実な疑問だった。
ガゼットは紛れもない悪だ。
しかし、その本質はあくなでも人。
孤独に耐え切る心など無い。
ただ少し人とズレているだけ。
だからこそ、ガゼットやメルナを手元に置こうとした。
その上でダメだったから、せめて自分の記憶に残るよう、そして相手の心に残るよう恨まれようとした。
ガゼットとはそういう男なのだ。
孤独を嫌い、人に気にして欲しいから、誰かに恨まれたいと願った。
そうすれば忘れられないから。
影げ薄く、友人もいない、かといって虐められもしなかった無色の過去を持つが故に拗れた哀れな“人間”だ。
そんなガゼットをどうしたいのか、ガゼットはまだゼロに聞いていなかった。
そもそも答えはあるのか。
ただ友人のよしみで止めに来ているだけなのか。
ガゼットはそれだけが気がかりだった。
「教えてくれ。君は私をどうするつもりだ?」
「………………以前、ここでお前が殺されようとしているのを止めたことがあったな」
「ああ。あった」
「あれは後悔していない。元とはいえ、クズとはいえ、お前は俺の仲間だ。その上まだ完全に切れてはいない。だからそんな相手を殺せば、きっと何かをケンに背負わせる。それは許されることではない。でも、それ以上に」
ガゼットが見たゼロの顔には、悲しみが浮かんでいた。
後悔も浮かんでいた。
苦痛も、怯えも。
だが、最も強いのは………………殺意だった。
「お前は、俺の手で終わらせたかった。お前を、忘れないために」
「………そうか。存外、似たもの同士だったのかもしれないな」
ともあれ、答えは得た。
ガゼットにももう心残りはない。
「この状況、理解しているか? ゼロ」
「なんだ」
「我々は共に満身創痍。僅かに私が優っているとはいえ、私には絶対に勝ち目がない」
「………メルナか」
「そう。捨て置くには、メルナの固有スキルはあまりにも強すぎる」
もちろん、ゼロもそれは理解していた。
万一自分がやられてもまだメルナがいる。
ケンに迷惑をかける事はないと、そこについては安心していた。
それでも気を緩めないのは、あくまでも、自分でトドメを刺したいと思っているから。
—————————つまり、勝利については確信していた。
それをより強めたのは、今のこと一連のやり取り。
敵の口からそれが出たことでゼロは一層勝ちに確信を持った。
あとは自分で勝つだけ。
緩まない筈がなかった。
「だからゼロ、私は—————————」
疲れ、油断、同情、その他友人を敵かける事から生じる全ての手枷が、反応を遅れさせた。
何への反応か。
それは、
「ズルをさせてもらうよ」
一瞬にして膨れ上がった、ガゼットの莫大な魔力への反応だった。
攻撃体制の移る意識と殺意。
これまでのゼロであれば、応対して自身も何かしらの行動に出ていた筈。
だが、動かなかった。
いや、諦めてしまっていた。
反射的に悟ったのだ。
これはもう、ダメだと。
これだけの余力に対応するほどの力はない、と。
諦めが、絶望が、これまで漲っていた精神力を一気に崩し、鬼人化が解ける。
それはつまり、戦いの終わりを肉体が察知したサインだった。
戦闘から離れた肉体は、急激に弱っていき、無茶をした反動がより身体を硬直させ、回避不能な状況を作りだす。
「じゃあな、レイジ。メルナに私が殺されるまで、あの世で待って—————————」
莫大な魔力。
彼らの感覚でのそれは、当然一般人でも軽々感知可能なレベルの膨大な魔力だ。
だから当然、魔族がこの街にいた場合、簡単にそれが察知出来る。
魔力が消え掛かっている仲間の前に、復活を遂げた敵が現れたとして、そんなものを察知すれば、放っておくわけが無い。
要するに、
「—————————死ね」
銃口を向けた粒子砲は、刹那の後に光を放ち、ガゼットを飲み込んだ。




