第1383話
無謀だと、レギーナは思った。
ラビの実力と戦い方は理解している。
様々なモンスターの能力を身に宿して戦う、または多数のモンスターに指示を出すことで軍師のようにして戦う。
そのどちらかだ。
正直、どれだけ腕を上げていようとも、ラビに負けることはないと考えていた。
コウヤの経験値収集によって、すでに膨大な経験値を得ているウルクは、以前とは比較にならない。
故に、もはや勝負にならないだろうと考えている。
「強がりはよせ。そなたも確かに腕を上げているようだが、どう足掻こうとも私には追いつけん」
「うん。確かにちょこまか動かれるとキツイ。だから、お前の相手がワタシで良かったと心の底から思ってる」
「………!」
異様な魔力の高まりを感知し、レギーナはより深く構えた。
手を出してもいいが、敵の能力は多彩。
万が一を避けるためにも、初手は譲るべきだと判断した。
そして、向かってきたが最後。
攻撃直後の硬直を狙い、一撃で仕留める。
後の先を狙い、それで幕だとレギーナは思案する。
………だが、謎の高揚が、その意見に待ったをかけていた。
虫の知らせという言葉はこの世界にはないが、何かが異変を察している。
漠然と、表情を変えるほどでもない小さな違和感が、眉だけをわずかに動かした。
(何だこの余裕は。何がある? 何を待っている?)
意思が揺らぐ。
それはわずかだが確かな隙だ。
だが、ラビはそれを突かない。
余裕を保ったまま、口だけが開く。
「ワタシの力はちょっと特殊なんだ。ワタシ自身の強さの上下以上に、能力の高さの上下の方が、戦闘力に影響したりする。何か一つが出来るようになっただけで、びっくりするくらい差が出るんだ。そう、例えばこの能力とかな」
「ッ!!!」
ラビの身体がモヤに包まれ、ようやくレギーナは理解した。
余裕はブラフ、つまりハッタリ。
いまレギーナは、警戒のあまり最高の好機を逃したのだ。
ここ来て現れる戦闘経験の浅さが起こす弊害。
それは、紛れもなくラビによって引き出されたものだった。
「お前の神威か………?」
否と首を振るラビ。
神威は使うが、それは決して罰の神の力ではない。
生物迷宮という種の持つ力の真髄。
奥義とも言えるもの。
「生ける迷宮、それがワタシたち生物迷宮。その役目は罪を償わせるための檻、監獄」
「!! これは………」
周囲が闇に覆われ、視界が黒に染まっていく。
抜けだろうと飛び出すが、レギーナはその速度故に、一瞬で察してしまった。
逃げ場はない。
この闇果てはないのだ、と。
「この世界で最もシンプルな迷宮、それは“闇” 。罠もなく、障害物もない単純な作りだけど、ここでは誰もが迷う。原初にして最古の檻。お前はもう、ここから出られないぞ」
「御託はいい。疾く姿を見せよ。そなたを倒せば、この闇は消えるのだろう」
冷静さを取り戻すまでは早かった。
戦闘経験は浅いが、胆力はある。
流石だと、ラビは素直に感心した。
「はは、やっぱ肝が据わってるな。でも不正解だ。お前と戦うのはワタシじゃない。“ワタシの軍” だ」
「—————————」
闇の奥から突如現れた多数の気配。
10や20ではない。
周囲を埋め尽くすほどの膨大な数の何かが、闇を這っていた。
霞んだ視覚とあやふやな景色の中、ただわかるのは敵の気配のみ。
まとわりつくような敵意を一身に受け、流石のレギーナも表情を強張らせる。
しかし、その荒れた呼吸すらも、獣の吐息はかき消してきた。
「この技の名前は師匠から貰ったんだ。曰く、それは闇夜に出でて、人々を恐怖に振り撒く異形どもの大行進」
昂る。
震える。
近づいてくる決戦の幕開けに、獣たちは耐えきれずに唸り声を溢す。
そして、
「さぁ、ついにお披露目だ—————————ワタシの【百鬼夜行】!!」
その号令と共に、獣達は、レギーナは闇を震わせるほどの咆哮を上げた。
「さて、レギーナ。じわじわ削らせて貰うぞ」
「やれるものなら、やってみろ………!!」
「ふひひ………………先鋒、敵を蹴散らせッ!!!」
そして百の獣は、一斉に進軍を開始した。
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「お、青髪ちゃんも始めたか。ゼロとガゼット、ミレアとリンフィア、ラビとレギーナ、みんな因縁の戦いやってんねぇ」
「ぐ………ぅ」
瓦礫を蹴飛ばして、俺はゆっくりと立ち上がった。
目の前には傷ひとつないコウヤの姿。
視線を落とすと、煤汚れて傷の入った俺のズボンが目の入った。
状況は、見たままだ。
「そんで、俺とお前だ。けど、こっちは案外あっさり片が着くかもな?」
「けッ、ほざけクソが。まだまだこっからだろうが—————————」
視界から、コウヤの姿が消え、反射的のグッと息が詰まる。
全く心臓に悪い、が、想定内。
これは高速移動………否、転移の類い。
構成地点を感知………完了。
現れる場所は背後。
それを理解すると同時に、俺は最高速度で可能な限りの高火力を鋒に集め、一突き—————————
「—————————ッ幻覚」
「正解」
視界が切り替わり、瓦礫の山だった視界は、気づけば雲の上。
攻撃を弾き、反動と共に自由落下を一身に感じつつ、風魔法で落下を軽減。
刹那、空中で移動を開始したコウヤの通過地点を計算し、足に魔力を流す—————————そして、空中を蹴る。
魔法で作った足場で加速しつつ、剣を振りかぶる、が、
「これで………」
「背後にご注意」
「!!」
目は向けない。
だが、わかる。
一斉に飛んでくる、無数の魔法。
回避を思案するが、無理だと判断。
そして気がつくと、コウヤの武器が剣から妙なグローブに変化していた。
知る力によって能力を計測、あれは、結界生成のレッドカーペットだ。
「何でもありかよッ………!!!」
と、文句を垂れつつ背後の魔法の速度と位置、数を計算し、魔法を複数展開。
背後から最低限の魔力で飛ばしつつ、俺に当たるものの軌道を逸らし、そのまま変わらずコウヤへと突っ込む。
「お前がそれを言うかね」
「ああ言うね。だって俺は………流石にこの頭上のゴーレムは用意出来ねーからなッ!!」
雲にはっきりと映る巨大な影。
ドリル型の巨大ゴーレムが、俺に向かって飛んできていた。
そして、気がつくと俺は、コウヤの展開していた結界に包まれていた。
「当たるまで大人しく………しねぇよな」
「当然ッ!!!」
集中—————————意識を神威に、そして結界に触れている手に。
秒数はかけられない。
だから一瞬、瞬きほどの刹那に、事象を、
「書き換えるッ!!」
「!!」
神の知恵にて結界を書き換え、小さな穴を開けてそこから脱出を果たした。
しかし、下を見て俺はウンザリしていた。
「………クソッ、面倒くせェ………長引くな、これ」
下に仕掛けてある罠もまた、コウヤの持つレッドカーペットの能力。
いまこの場においては、やはり手数で負けていると実感する。
「まったくだ。お前がダラダラ戦うせいでウンディーネの領地はほぼ空だ。やってくれたな」
「! そうか、あの族長ちゃんと………」
とはいえこの余裕。
おそらくコウヤははなからアクアレアなどウンディーネの住む地方は俺たちにくれてやるつもりだったのだろう。
「しかも、金ロールちゃんのとこ以外も決着つきそうじゃん」
「あ?—————————」
コウヤの目の前には、ウインドウが2つ開いていた。
一つはおそらくウンディーネ領の通知。
しかし、もう一つはわからない。
あれには一体、何が映っているのだろうか。
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同刻。
ストルムにて、もう一つの決着がつこうとしていた。




