第1380話
私は、自分が優れた人間であるという自負があった。
名家に生まれ、相応の教育を受け、平凡な魔力を宿し、それを高めることで国で一番の魔法学院に入学し、その中でも最も優れた者が通う学級に入った。
でも、自分で言うのもあれだけれど、それで自分をすごいと思った事がない。
それはきっと、普通とは少し違う家庭で、男が苦手で、そもそも私にそこまで強い情熱がなかったからだろう。
私が誇りたいと思う事柄に、強さは含まれていなかった。
でも、気がつくと私はその学院で生徒会長になっていた。
皆をまとめ、指導していく立場になった時、ようやく私は私が誇らしくなった。
私は頑張ったと思う。
魔法を極め、規律を守り、人を引っ張っていった——————けど、結局足りなかった。
そう思ったのは、彼が、ヒジリケンがやって来てから。
男嫌いの私が、初めて触れても平気だった人。
私を女として見ていなから平気なんだと思っていたけど、今思えばそれだけじゃなかったんだと思う。
彼もまた、人に囲まれたい、望まれたいと考える私と似た人間だった。
そういうところに無意識に共感を持ち、そして私と違って人に囲まれる才能を持っていたから、純粋に羨ましいと思ったのだろう。
そう言った感情が、男への嫌悪感に優っていたのだ。
だから、自然と近づいていったし、一緒にいる機会も多くなった。
………部屋が同じっていうのもあったけれど。
そうこうしていく内、私は一度、彼に救われた。
大丈夫だと、言われた。
そこで私が自覚したのは、私は、私を支えてくれる人が欲しかったから、人に囲まれたいと願ったのだという事。
人の上に立ちたかったからじゃなかったのだ。
なんて弱さだ。
情けない理由だ。
でも、納得した。
きっと、人との触れ合いに飢えて居たからだと思う。
男が苦手で、父も冷たくて、母も少し変わって居たから、きっとその反動だ。
私は、誰かにつかまっていたかった。
そしてそれは、だんだん“誰か”じゃなくなっていった。
はっきり変わったのは、ロゼルカの屋敷でのこと。
私はまた、ヒジリケンに救われた。
言って欲しいことを言ってくれた。
して欲しいことをしてくれた。
私はもうとっくに、彼につかまっていた。
そして、そのまま私を支えて欲しかった。
だから、私は、あなたが羨ましい。
隣にいるあなたが羨ましい。
まるで運命とでも言うように、この世界で初めて彼の仲間になった貴方が妬ましい。
特別な呼び名がある事が悔しい。
心が通じ合っている事が許せない。
けど。
気づいてしまった。
私と対等なライバルでいてくれているのも、あなただけ。
彼の隣にいても、あなたは私を見ていてくれた。
焦ってくれた。
悔しがってくれた。
リンフィア。
私はあなたが大嫌い。
でも、私はあなたが大好き。
だからもう、手は抜かない。
所詮借り物の力。
だからせめて、勝った実感が持てるようにと、私は力の全てを使わなかった。
でも、もういい。
そんなにまでに私を求めてくれるなら、私を見ていてくれるなら、私はそれに応えたい。
………そうか。
私はきっと、あなたにもつかまっていたんだ。
「………これで、最後よ。リンフィア」
「!! ………………うん、来て」
拳が迫るその刹那、虹が掛かった。
その虹は、リンフィアの攻撃を手前で受け止め、そして私の全身を包み込んだ。
魔力の結晶とでもいうべきこれは、あらゆる自然の集合体。
リンフィアが最強の兵だとすれば。
私は最硬の城。
0から1を作り出し、そこから2,3と増幅させながら使っていた攻撃が、全て変わる。
0から100が生まれる。
「——————」
手を伸ばした。
すると、その方角に密林が生まれた。
リンフィアの視界を塞ぎ、動きを止める鋼鉄の木々。
これまでは、大地に魔力を送り、そこから木々を成長させていったが、まるで異なる。
この身に纏う虹は、全ての自然の媒体となり、創造主となる。
苗木ではなく、密林そのものを最初から作り出し、そして、
「さぁ」
木々は炎へと変わり、その空間を飲み込むほどに大きく炎上した。
これもまた、虹の力。
構築した“土”の力を、炎へと再構成する。
その豪火は決して偽ものではない。
焼けつく肌が、乾きを訴える喉が、汗が、本物だと証明している。
爆炎は止まらない。
だが、その灼熱の奥から、凄まじいほどの殺気が向かってきていた。
強い。
身体だけではない。
心もだ。
炎に雷撃を混ぜて放ったこの一撃、きっと耐え難いものだろう。
だが、リンフィアは向かってくる。
密林で、雷雲で、豪火で、激流で、絶対零度で、幾度となく飲み込んだ。
それら全てを混ぜて放ったこともあった。
縦横無尽に飛び回りながら、リンフィアは自然と戦った。
喰らう前に破壊などできないこの理不尽な自然の猛威に、毅然と立ち向かった。
そう、この力は理不尽だ。
防ぐことなど出来ない。
それはまさしく天災であり、自然の本質。
だが、向かってくる。
吼えながら、泣きながら、悶えながら、破壊を繰り返し、私の喉元へ。
これだけの自然に守られていても、恐怖を感じた。
あの牙はいつか、私の心臓を貫く。
そして、その牙はやってきた。
「………」
振りかぶった手を、微かに捉える。
向かう先は、私の心臓。
その道を閉ざすように、虹はその手の行く道に立ちはだかる——————
「………………………!!」
触れて理解した。
ちがう。
これは、リンフィアじゃ、
「………ドッペル、げん………ガー………」
声は、背後に。
リンフィアだったものは腕となり、地上へと落ちていく。
ドッペルゲンガー。
ミレアも知っている。
姿を真似るモンスター。
力は然程ない。
だが、見破れないほどに外見だけは真似ることができる。
そしてこれは、そのドッペルゲンガーに変身したリンフィアの左腕。
第一進化形態の持つ、部分進化の能力を左腕に宿し、その腕を捨てて囮としたのだ。
恐怖と勝ちへの確信が生んだ傲慢。
死神は、私の背後にいた。
「ぁ——————」




