第1377話
「ふーっ、やばかったなァ。あの嬢ちゃん、また強くなってら」
「………ですわね」
“お嬢” は、未だ治らない手の震えを抑えていた。
ガイアナで既に“お嬢” や【ノーム】を上回っていたミレアが、罪の神の解放によりより強化された今、もはや2人では抵抗の余地もなかっただろう。
それだけに、作戦をケンから聞いた時は流石に躊躇っていたと、2人はふと思い出していた。
「神の知恵か………すげぇ力だ。こうも予定通りことが運ぶなんてよ。G・Rの嬢ちゃんが双子岩からここにくるために飛竜まで用意してたときた」
【ノーム】はひたすらに感心していた。
しかし、お嬢はそれに待ったをかけた。
「………どうでしょう?」
「あン?」
「神の知恵なんて、使ってなかったのかもしれませんよ?」
そんなお嬢の発言に、【ノーム】は怪訝そうにするが、すぐに意味を理解し、大声で笑った。
「あひひひひゃ!! それもそうかもな! ………はは。あのボウズ、どんだけ仲間のこと大好きなんだよ」
「だからこそ、ミレアさんは辛かったのかもしれませんね」
ミレアの気持ちを知っているが故のその一言。
敵対した今だが、お嬢にはまるでミレアを責めようとする気持ちは湧いてこなかった。
「さてな。若ェ娘の心はよくわからん。それよか、こっちもさっさと準備するぞ。G・Rの嬢ちゃんが来たらすぐ移動だ」
「ええ。もちろん」
実は、彼らは決してただの囮ではない。
彼らは彼らで、目的があったのだ。
そしてその行先は、変わっていない。
「俺らで、あいつらの目ェ醒させンぞ」
行き先はユグドラシル。
ノーム達の仮集落だ。
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「………」
「………」
殺気渦巻く同窓会。
かつては仲間だったミレアとリンフィアの間では、早速隙の読み合いが始まっていた。
隙のなさと共に、お互いの成長をともに実感し、リンフィアは笑い、ミレアは苛立ちを見せた。
数多くの経験を経て、今や外界にいた頃を凌ぐ勢いで、2人は力をつけている。
かつてあった力の差は今やないも同然。
だが、ミレアからすれば、それは決して面白くない。
「まだ………私の前に立ちますか」
「今は精々横並びってところじゃないですか?」
まぁ、と。
意味深に呟きながら、リンフィアはミレアの周りに漂う見知らぬ神威に意識を向けた。
「ミレアちゃんは、随分と物騒な神威を身につけましたね」
「そう。これが今の私の力………………と、言えたら私は、まだ面と向かって皆さんの前に立てたでしょうね………あなたには、一番会いたくはなかったです」
「!」
意外な一言にリンフィアは目を丸くさせた。
「意外ですか? そうでしょうね。私があなたを倒したがっていると、きっとあなた達は思うでしょう………………でもッ」
急な魔力の高まりを感知して、リンフィアは拳を構えた。
大地が、空気が、悲鳴をあげている。
恐れている。
大自然が、たった1人に慄く。
強さを求めているのなら、これは喜ぶべき光景だろう。
しかし、ミレアの表情には、陰のみが残っていた。
「私は………自分の力であなたを倒したかったッ!! 私がッ!! 私だけの力で勝たなくちゃいけなかった!!」
「だから、納得できる様にケンくんはここに私達を集めたんでしょう?」
「そう、集めたんです………………きっと、あなたが勝つというのを信じて」
放出されていた魔力が、消える。
それらは全て無駄なくミレアへと集まっていき、その体内で煮えたぎっていた。
そして、そんな魔力のたぎりとは裏腹に、ミレアはニッコリと笑った。
「前の甲冑も良かったけれど………そのドレス、素敵よ。リンフィア。私の羽とは大違いです」
虹色の羽を広げ、天高くまで飛び上がるミレア。
すると、再び莫大な魔力が蠢き始めた。
しかし、今度はミレア自身の魔力ではない。
そう気づいたリンフィアはすぐさま視線を周囲に散らし、異変に気がついた。
「これは………まさか!!」
ミレアの手元に、巨大な炎の塊が作られていく。
それらは全て、この地方の自然が持つ魔力から作られたものだった。
「私はずっと、あなたが羨ましかった!! 彼の一番近くにいるあなたが!! ずっと!!」
嫉妬の火は未だ衰えず。
そして頭上の豪火はその激情に呼応するかのように、嫉妬を叫ぶほどに激しさを増し、なおも大きく育っていく。
天に浮かぶそんな小さな太陽を、リンフィアは睨みつけていた。
「………………苦しいのは、私も理解しました。でもッ!!」
大きく翼を広げて、リンフィアは炎へと直進した。
拳を握り込み、そこへ魔力を集中させる。
広げるのではなく、押し留める。
規模ではなく、密度。
拳に握られた破壊は、一点を狙う。
腕が、腰が、足が、全てが最高の構えを取り、太陽に届く距離僅か手前に差し掛かったその時、ほんの一瞬、脱力する。
助走は完了した。
マイナスまで落とされた力が、伸ばされた距離を辿って、プラスへと駆け上がっていく。
全身に力が注がれ、引かれた腕が動き出す。
腕も、残る全身も、脱力した力も、全ては同時に最高点を目指し、拳が伸びたその時、その衝撃は太陽をも呑み込む。
「——————!!」
その瞬間、ミレアの目に映ったのは、日食の如く巨大な穴を開けられた、炎の塊だった。
外界にいた頃とはまるで異なる戦闘スタイル。
魔法ではなく、魔力を利用した物理攻撃へと転向したその一撃は、以前のそれを遥かに超えた力を持っていた。
どこまでも果てしない、可能性を秘めた一撃。
ミレアが嫉妬した才能が、今、目の前で強い輝きを放っていた。
そして堂々と、リンフィアは拳をミレアに向けてその意思を叫んだ。
「勝つのは私です。あなたの苦しみも、痛みも、想いも、全部全部受け止めて、私はあなたに勝って見せます!!」




