第1373話
アンチアビリティが通用しない。
そのことにゼロは動揺してはいたものの、気持ちの持ち直しは案外早かった。
わかりやすい原因が、目の前にあったからだ。
「その姿………」
アンチアビリティを受ける直前、ガゼットの姿が変わった。
体の一部が黒く変質したのだ。
変質部分はゲームのバグのように時々ブレて、ポリゴンのような見た目をしている。
そしてそれは、ガゼットも一度目にしていた。
「デバッガー………と言うらしい。この世界から制限を受けた管理者が、唯一プレイヤー相手に優位する力さ。著しいルール違反した相手に対して強制排除を行う存在、それがデバッガー。まぁ、正しい要件を満たしているわけではないから、デバッガー本来の力こそ引き出せないが………身体能力は底上げされてるようだね」
「! そういうことか。お前も黒狼と同じ………」
ゼロとしても合点がいった。
以前ゼロが出会ったデバッガーも、今のガゼット同様、体の変質によって生じた不完全なデバッガーだった。
そう。
ハルバードの父である“黒狼” ハルウィンだ。
彼も、ガゼット同様にアンチアビリティが通じていなかった。
なんということはない単純な理由だ。
「強化や能力の類ではないということか………」
「そうだ。スキルやアビリティではない変質。それゆえに、君の能力にはかからない。そして、管理者の力が増した今、黒狼のようにわざわざ暴走という形を取る必要はない。私は自我を失わずにこの力が使える——————」
そう。
それこそが最たる違い。
通常デバッガーはあまりに強力なため、管理者といえど自由に戦力にすることは出来ない。
そのため、暴走により住民が減るという自分にとってのリスクをつけることで、“世界”のルールから喰らう規制を避けた。
それが黒狼やカイトの領主がデバッガー化出来た理由だ。
しかし、より力を得た今、コウヤならばある程度デバッガーを使うことが出来る。
強い肉体と精神という条件をクリアすれば得られるその先にあるものは、理不尽なまでの力。
「っ………………」
大振りな居合の構え。
構えるまでもないはずの、無駄な一撃。
………それなのに、ゼロもメルナも、冷や汗が止まらなかった。
気がつくと、全力で上空へと退避し、
「これが、今の私だ!!」
一薙ぎ——————そして、景色が揺らぐ。
異様な魔力が視界を包み、空気を揺らめかせる。
それも、ほんの一瞬。
揺らぎは徐々に衝撃へと変わる。
景色が、崩壊する。
「「!!」」
瓦礫すら残らず、数十の建物の上半分が消えた。
いや、飲み込まれた。
あまりにも強力。
しかし、暴走ではない。
黒狼以上の絶望が、そこにはあった。
「………………ここまでとは」
「いずれ手放す力なのが全くもって惜しい。まぁ、茶番はこれくらいでいいだろう」
「茶番?」
と、聞き返すゼロに、ガゼットは苛立ちを隠すことなく尋ねた。
「君もあるんだろう? 奥の手が。いい加減付き合いも長い。余裕があるかどうかは見ればわかる」
「………そうだな。確かに付き合いは長い。俺がまだ異世界にきて間もない頃から、お前は俺たちの仲間だった」
「ハハハ懐かしいな。以前はその強面も幾分マシだったか」
浮かべる情景は同じ。
しかし、その意味合いは異なる。
美しい記憶だ。
しかし、“裏切られた” ガゼットからすれば、その思い出の分だけ、憎しみが募る。
怒りが、滲み出る。
「………何故だゼロ。何故、エビルモナークを裏切った?」
「やり過ぎなんだよ。あいつは一体どれだけの国を滅ぼした? どれだけ罪のない者を殺した?」
「ハハハハ!! 下らないな!! お前は魔族なんだぞ? 悪性こそが根源であるお前が、破壊を楽しまなくてどうする!? そんな甘ったれだから、ずっと私はお前が気に食わなかった!!」
感情をむき出しにしたその目が、互いにぶつかる。
数十年来の付き合いの中で、ようやく2人を本音をぶつけ合った。
「そいつが本心か。そういえば言っていたな。俺たちを生かしておいたのは、俺自身をお前に対する復讐鬼に育て上げるためだと。くだらん趣味に俺を突き合わせようとしたんだろう?」
「違う。そうではない。お前が我々を裏切ったから、せめてお前を利用して夢の成就を果たそうとしたのだ。せめて、思い出に残すために」
歪んだ友愛だった。
しかし、それは間違いなく、ガゼットがゼロを友だと思っている証拠だった。
「何故わからないゼロ。悪人とて、心を許したい者はいる。だから私は、お前に悪を知って欲しかったのだ」
「っ………………………………いや、そうか。じゃあ、もう無理なんだな」
ガゼットは、ゼロの中に諦めを見た。
もう無理だというのは、ゼロから出された拒絶だった。
「違う!! お前が折れればいいのだ!! 何故わざわざ友を裏切ろうとする!? 簡単だろう!! 仲間を救うために、他人を切り捨てればいいんだ!! 守る相手が変わるだけだろう!!」
「いいや違う。それを同じだと思っているお前とは、やはり分かり合えない。もう、戦うしかない………!!」
魔力が、弾ける。
時間差で発動するように仕掛けておいた、ケンの強化魔法が発動し、黒いオーラを逆立たせた。
空気に混じる殺気が、ガゼットの周りにいる黒服たちの膝を震えさせる。
伝播するのは恐怖。
目は、吸い寄せられるように一点に。
変化を始めたゼロへと集まった。
ゼロの肌が、黒に染まっていく。
しかし、それはデバッガーのものとはまるで異なるもの。
一回りほど身体が膨らみ、額に大きなツノが生える。
威圧的な外見には、より凶悪さが身に纏う。
そして、何より凶悪な眼が、黒服達へ向けられた。
「ぁ——————」
視線は、いとも簡単に戦意を喪失させた。
悲鳴も上げなければ、逃げることさえない。
全ての意思を凍り付かせ、ひれ伏させる。
「なるほど………鬼人化か………………オーガ族特有の体質………だが、些か様子がおかしいな。何をした?」
「忘れたのか? 今、俺の仲間に誰がいるのかというのを——————」
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「血、ですか?」
「そうだ。俺とメルナの分を少しずつくれ」
先日のこと。
ゼロはリンフィアから血を分けてもらうために、わざわざ頭を下げて頼み込みに行った。
「代々魔族の王には、魔族をより強化させる力があるという。心当たりはないか?」
「まぁ………おそらく私についてる神様が進化の神っていうこともあるんでしょうけど………でも国教は精神の神だし………??」
首を傾げるリンフィア。
だが、彼女自身聞いたことはあった。
だから、とぼけようとしている。
その副作用を知っているから。
しかし、逸らした目をチラリとゼロに向けて、ハッとした。
「………………本気ですか?」
「無論だ。リスクは当然承知の上。適合出来なければ俺たちは死ぬ。だが、これが必要なほどの敵が現れれば、どの道血を飲まなければ死ぬんだ。それだけは避けたい。それに、俺はまだ、ケンに恩を返せていないんだ」
「………」
断る理由は、見つからなかった。
でも、最後の最後まで、血の入った瓶を使う手には、力が入っていた。
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「魔王の血か!!」
「あの娘は、最後まで俺たちの身を案じていた!! 魔族の長たる王がだぞ!? いい加減認めろ!! 魔族は決して、悪の蔓延る種族では断じてないッ!!」
先程のガゼット同様に、大きく拳を引くゼロ。
その意味に気づいたガゼットも、同じく剣を構えた。
「ガゼットォォオッッ!!!」
「ゼロォッッ!!!」
放たれるは打突と斬撃。
鋼の肉体と、鋼の刃。
お互い持てる力の全てを込めて、その一撃を振りかぶる。
目指すは互いの急所、心臓。
距離にして20m。
決してヒトの間合いではないその距離を、あらゆる力と執念が埋める。
触れることなく、衝撃が向かい合う。
そして、それらは中心にて、交わった。
巻き起こる絶大なる破壊。
巻き込むものすらない今、衝撃のみが伝播し、弱者は余波ですら耐えきれず、その戦場から弾き出される。
不純物が弾き出され、完成された戦場にて、今ようやく、その拳と刃が、ぶつかった。
「「ガァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」
硬い拳と剣が交わり、瞬きする余裕もなく、攻防が繰り広げられる。
お互い最小限の回避のみで身体を捌き、力を余すことなく攻撃を放ち続けた。
防御を度外視した超高速の戦闘。
無数に増え続ける小さな傷は、その側から回復を始める。
片や鬼人化の効力。
戦闘特化のこの体質の持つ効果は、戦闘に最適化された肉体と健康を保つというもの。
魔力が尽きない限り、息切れはなく、傷の修復をし続ける。
そして片やデバッガーの副作用。
バグを修復するというその性質上、デバッガーが存在が消えない限り、つまりこの場合はガゼットの肉体が耐えうる限り、傷のない最善の状態を保ち続ける。
奇しくもその体質も、外見も、似たものを持つ2人は、怒りの限り拳を、刃を振るった。
「派手にやってくれるわね。さてと………それじゃあ私も、お仕事しないとね」
遠巻きで眺めていたメルナは、上空へと羽ばたいた。
元々、アンチアビリティを切り札とするガゼットとの共闘は、難しいものがあった。
むしろ、一撃必殺をもつメルナだからこそ相棒が務まっていたのだが、今回に関してはより重要な仕事を請け負っていた。
「それじゃあ、じゃんじゃん逃すわよ」
腕につけた風精のブレスレットを掲げ、次なる目標を探す。
ゼロが戦っている間に、より多くの妖精を逃すことこそが、彼女に課せられた任務であった。
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エルフ領 10%→7%
シルフ領 15%→12%
ウンディーネ領 20%→10%
サラマンダー領 20%→18%
ノーム領・味方 5%→変動なし
組織所属妖精 10%→変動なし
少数民族 20%→変動なし
脱出済みの妖精 18%
目標の70%まで残り 52%




