第1369話
「くッ………………なんて魔力だ………………これが一介のプレイヤー………私と同じだと言うのか!?」
近くにいたレギーナは、俺たちに近寄れずにいた。
都合がいいと言えば都合がいい。
巻き込んで殺しでもすれば、フィリアから説教では済まないだろう。
ただ、あまり意味がないのも確かだ。
「ここで戦うのもいいけど、俺がここにいちゃ目的が達成出来ないからな。悪ィが場所変えるぜ?」
「目標ね。ゲームの強制終了が目的なら、NPC………つまり原住民をここから消すって方法になるけど、まさか殺すわけじゃないだろ?」
「とぼけんなよ。お前ン中にも罰の神と罪の神がいるってンなら、自覚してるはずだ。罪の神はダンジョンを脱獄した。そりゃつまり、神器が解放されたってことだ。その意味がわからねぇとは言わせねぇぜ?」
観念したように手を上げるコウヤ。
やはりこちらの計画は筒抜けだ。
つい先日のことだ。
罪の神の脱獄によって罰の神は逆に監視の任から解放された。
その罰の神の能力を使って外界とのゲートを開き、そこから原住民を7割以上脱出させるというのが俺たちの目的だ。
幸い、街と外とでは安全度はまるで違うせいか、外で暮らしているものは多くない。
街の住民を説得出来れば、まとめて脱出させられる。
そしてその計画は、既に始まり出している。
「そら、時間がねェぞ」
「!!」
コウヤの周りに、幾つものウインドウが現れた。
見なくてもわかる。
さっき遠方にいるエルに指示を出しておいた。
先日覚えた【リターン】を使って、全員持ち場についた頃だろう。
今頃、神器で作ったゲートから、妖精たちを逃がしている頃だ。
「相変わらず、用意周到だな………!!」
「こっちもマジなんだよ。打てる手は全部打つ。だから………」
視線——————標的を、隣にずらした。
ここで打てるもう一つの手。
それは、主戦力の排除。
俺の目の先にいる、レギーナを戦闘不能にすること。
「っ………!?」
理解が早い。
箱入り娘がよくぞここまと感心してやりたいところだが、そうも言ってれらない。
褒め言葉の代わりに、キツい一撃をくれてやることにしよう。
「殺す気はねェが、まァ邪魔だから寝てて貰うぞ」
「っと、流石にそうは問屋が下さねぇよ」
攻略本を取り出すコウヤ。
システムを使った攻撃を警戒し、俺は神威を動かし始めた。
しかし、おそらく攻撃ではない。
コウヤの意識は、レギーナに向いている。
「初めからこうしときゃ丸かったな。悪いね、青髪ちゃん」
「コウヤ——————」
「!!」
謎の球体がレギーナを覆った瞬間、そこに見えているレギーナの気配が消えた。
不可解な現象だが、知る力は現象を捉えている。
これは、空間転移だ。
「チッ………手ェ出せねぇか」
「出す気も無いだろうに。一応言っとくけど、これは映像の残滓だからな。今は指定した空間と青髪ちゃん周囲の空間が入れ替わってる最中だ」
ならば転移というより交換というべきだろう。
やはり、能力が格段に向上している。
そして何より、隙がない。
魔力、神威共に滑らかに循環しており、ノータイムで技が使える。
全身の筋肉は、攻撃にも回避にも動ける最善の状態になっていた。
見事だと、思ってしまう。
それだけに、緊張を覚えずにはいられない。
「ついでだ。メンバーをここで紹介しておこう」
「?」
「俺も、お前らに対抗するための準備が整ってるってところを見せてやるよ」
接近する魔力が3つ。
猛スピードで飛んでくる3つの気配は、見知った顔をひっさげて、間も無くこの場にあらわれた。
「おお、まさか私の怨敵がこんなところに現れるとは」
「私の場合はむしろ彼方にとっての怨敵といった感じだッピ」
「おしゃべりは程々にしておけ」
「ガゼット………ピクシル………ルドルフ………」
魔界からやって来た狂気のプレイヤー・ガゼット。
組織の中心人物であり、ピクシー族長のピクシル。
そして、ミラトニア王国騎士のプレイヤー・ルドルフ
確かに、どれも因縁浅からぬ相手と言える。
ガゼットはストルムでの一件が、ピクシルはカイトでのガージュとの一件が、ルドルフは俺たちを裏切った件が。
俺にはまだ、返せていない借りがある。
「これがお前の揃えたメンバーか………揃いも揃ってクソばっかだなァオイ」
「そいつァ良かった。おまけにデザート付けてやるよ」
「デザートだ?」
どうやら、まだメインメンバーはこれで全員ではないらしい。
しかし、あとは特に思い当たる節はない。
となれば、俺の知らないやつか——————
「ああ。甘くて甘くて………………胃が溶けちまいそうな、とっておきだ」
「そいつはまた——————」
異変に、視線と意識が吸い寄せられる。
レギーナのすぐ隣、誰もいないはずの場所に異常な魔力を感知した。
おそらく、空間転移の応用だ。
対象をこちらに呼び寄せたのだろう。
強い。
それも、現在のこの国では限りなく上位の存在だ。
膨大な魔力だが、それを完璧にコントロールして、挨拶がわりに俺に向けてきている。
だが、この緊張は、ちがう。
強いからではない。
珍しいからではない。
俺は、狼狽えているのだ。
この、見知った魔力の色に。
「お久しぶりです。ケン君」
それは、もう一つの因縁。
決して悪縁ではないはずだった。
何が掛け違えたのかわからない。
でも、この状況に何故か納得している自分もいる。
だがそれ以上に、それは俺にとって、受け入れ難い現実だということを、俺の心の動揺が示していた。
「………………………………ミレア」
俺は、名前を呼ぶので精一杯だった。
「ショックを受けてる暇はないだろ、金髪」
「!!」
「よく目に刻みつけておけ。これが、これからお前らが戦う敵の顔だ」
1人残らず、因縁のある敵。
そしてそれは、俺だけではない。
リンフィア、ラビ、ゼロやメルナ、場合によってはルージュリアと【ノーム】も、それぞれ何かの因縁を持っている。
確かにこれは、目に刻みつけておくべきだろう。
そして心にもう一度刻むべきだ。
こいつらには、絶対に負けることはあってはならない。
「そうだ、その目だ。忘れるな。俺はもう、お前の敵だ」
「言われるまでもねェ………それとミレア」
「なんでしょう」
ミレアが敵になったら。
それを考えなかったわけではない。
それを考えた時からずっと思っていたのは、こいつに相応しい決着だ。
どう転ぼうとも、つけるべき決着がこいつにはある。
しかし、それは俺ではない。
「あいつとの決着は、ディアブレイズでつけろ」
「!………………わざわざ聞く手間が省けました」
やっぱり、と。
ついため息がでる。
こいつの目的は俺ではない。
リンフィアだ。
「なるほどね。それじゃあ、俺たちも相応しい舞台で戦おうぜ、金髪。俺たちが初めて戦ったあの場所で、な」
ふわり、と。
視界を黒いものが覆った。
これは、コウヤの手袋だ。
「っ………お前………………っ!」
手袋を掴んだ手を伸ばそうとしたが、ピタリと止めた。
飛び出したところでもう意味はない。
気配は既に消えた。
ここに残っているのは、空間の残滓。
ここにもう、コウヤはいない。
「………エル。各都市から敵の確認はきてるか?」
『今の所はないのです!』
どうやら直行はしていないらしい。
知る力で見た通り、空間転移には制限がある。
助かるといえば助かるが、連中が大軍を率いて街へ来るのも時間の問題だろう。
「エル。今すぐ全員に準備させろ。………始まるぞ。戦争だ」




