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第1367話


 心のどこかで、レギーナは未だ迷っていた。

 どうにかすれば、コウヤが元に戻るのではないのかと。


 そして、その考えの甘さ故にコウヤを1人にしてこの状況を招いたのだと、レギーナは自分の不甲斐なさを恨んだ。




 今のコウヤに多少なり元の名残があったとして、もうその名残に出来ることがない。

 あるとすれば、せいぜい自分の心を守る事。


 自分が悪人であると、自分自身を騙してしまう事くらいだと、レギーナは思った。


 それは、彼女自身がそうだったから。

 ラビを裏切った時に彼女が、冷徹に振る舞ったのも、結局は善人のままでは耐えられなかったからだ。




 だから、





 「ハァッ………ハァッ………………コウヤ………」


 「………」



 スプリガンの死骸の前で、平然とした様子で立っているコウヤを見ても、とても憤りを感じようとは思わなかった。


 足を絡める黒いモヤなどまるで気にすることもなく、レギーナはゆっくりとコウヤのそばへと歩いていく。




 「お前………」



 コウヤの目線は下を向いていた。

 ジッと、この澱みを、死体を眺めている。

 眺めながら、ゆっくりと口を開いた。



 「ここにきた時に茶菓子くれたあの爺さんなぁ、今お前が踏んでるあたりで死んだスプリガンに飛びかかって殺されたよ」


 「っ………!?」




 つい、足をバタつかせるレギーナ。

 足元に漂う感触のあるもやは、スプリガンの死骸。

 妖精は、死ぬとその性質の元となる物質を残して死ぬのだが、これが彼らだった。


 この澱みこそ、彼らだった。




 「ホントは家族なんか誰も死んでないのにさ、燃えた実家と奥さんと子供のボロっちくなった服見たきり、傷を負うのも怖がらずに飛び出して死んだよ。俺の嘘のせいで、死んだ」




 淡々と、報告するようにコウヤは言う。

 そして報告は続く。




 「そして、爺さんを殺した奴も、俺の嘘で踊ってるどっかの誰かも家族に殺されて死んだ」




 歩き始める。

 いくつもの死骸を踏み、気にするそぶりも見せる事なく。




 「俺、悪ってのがどんなもんなのかずっと考えたんだ。俺の人格が残るうちは、どんなに悪になろうとしても悪人にはなりきれない。そしてその甘さを、きっとアイツはついてくる」




 脳裏に浮かぶのは、唯一無二の友。

 命を賭けて、尽くそうと思った仲間………だった者。




 「それがヒントになった。罪悪感とか世間体とかが邪魔して悪いことが出来ないなら、善意で行う悪行が、一番効果的じゃないかなってさ。ずっと思ってたよ。こんなひどい街の状況を作ってるスプリルを殺せば元通りになるって。でも、それも結局義侠心で塗装しただけのただの殺意で、やってる事は殺しなんだよ」

 

 「………………!!」




 レギーナは言葉が出なかった。

 違うとはとても言えない。

 それは真理だ。


 結局やっているのは殺し。

 正義であって善ではない。


 正義とは、善ではないのだ。

 



 「人の善意ってのは怖いよなぁ。正義って言う大義名分さえあれば白昼堂々人を傷つけても咎められる事はない。だって正義だから。………なら、一つの国を壊そうと躍起になる奴を退治するのは、きっと()()だ」




 ギロリ。


 と、かつての面影を残したまま、さらに別の意思を宿したその目を、レギーナは見つめた。


 いや、吸い寄せられた。

 


 コウヤは変わったのだと、レギーナは思っていた。

 しかし違ったのだ。

 変われなかったから、変わることでその役に成り切ろうとしたのだと理解した。


 そして今、変わらないままでその役を………魔王という役を遂行出来るだけの答えを見つけた。


 それが、管理者としての役割。

 世界を守るというあまりにハリボテな理由を掲げて戦うことだった。




 「………青髪ちゃん。降りるなら、今だ」


 「降りれば逆賊だろう?」


 「一度くらいなら見逃すよ。向こうに行く猶予くらいはやるつもりだ」


 「それを見越して利用する。どっちに転んでもいいわけだ。だったら、私の最善はきっとこっちだ」




 そしてレギーナは手を差し出した。


 迷いはなかった。

 既に裏切り者の身。

 もう一度裏切りたくないという、ただそれだけの理由だった。




 「俺は忠告したからな」


 「望むところだ」




 この握手は契約。

 管理者とレギーナではなく、コウヤとレギーナの間で交わされた、固い契約だった。





 「じゃあ、早速俺の言うこと聞いてもらう」


 「聞こう」



 「今すぐここから避難しろ。ちょっとマズいことになりそうだ」




 コウヤは他所へと視線を変え、何かを睨みつけている。

 ただならぬ様子だ。


 しかし、力になると決めた今、レギーナはここを離れたくはなかった。




 「馬鹿にするな。私とてそれなりに力はつけている。多少なりとも協力は………」




 「力をつけた、か。ホントなら、その状況を俺は喜ぶべきなんだろうな」







 「「!!」」






 音もなく、“彼” はそこに降り立った。

 方角は、丁度コウヤの向いていたほう。


 しかし気配はない。

 魔力も神威も、その場からは感じられない。


 だが、有り余る存在感と強い敵意とはまるでそぐわないその力の薄さは、むしろ不気味さを強調していた。





 「いつぶりだ、レギーナ。会いたくなかったぜ」


 「ヒジリ………ケン………………!?」





 目標である敵集団の最重要人物が現れた。

 驚くべき状況だ。


 だが、コウヤはまるで驚いた様子は見せない。

 それどころか、待っていたような様子だった。




 「さぁ、勇者の到着だ」




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