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第1359話


 「これはこれは、あの時のクソガキじゃないか。管理者が成り代わったなんて始めはなんの冗談かと思ったけど、これは本当に洒落にならないようだね」



 ニコニコと笑いながら近づいてくるガゼット。

 しかし、目は明らかに笑っていない。

 実際屈辱を与えたのはケンであるが、コウヤ自身もガゼットが煮湯を飲まされた一因である事は間違いなかった。




 「残念なことにそうなんだよ。ま、仲良くしようぜクソサイコ野郎」


 「そうだね。せいぜい仲良くしようか。お人形くん」




 お人形………それをガゼットは正しい意味を理解した上でそう言った。

 ガゼットは以前の戦いで、“密偵”のスキルによってコウヤの正体に気づいていたのだ。

 それ故のお人形。


 コウヤも気づいてスルーをしていたが、そんなことが関係なく単純にガゼットが気に食わなかったので、聞かせるように舌打ちを打った。


 しかし、それではどうも気が晴れなかったので、コウヤはあえてケンにぶった斬られた腕の方で握手を求めていた。




 「よろしくね?」


 「このクソガキ………」


 「僕お人形だからわかんなーい」

 



 ガゼットはガゼットでわかりやすく握手を無視して通り過ぎて行った。




 「ふっ………勝った………………で、アンタもアンタで例の闘技場以来だな、ピクシー族長」


 「ええ。お久しぶりです」




 コウヤはストルムでピクシルとも遭遇していた。

 とはいえ、数秒顔を合わせただけではあるが。




 「ま、とりあえずあと数時間で伝説の竜が来るから、がんばってね」


 「新しいご主人の気は確かッピか?」




 誰1人として首を縦に振っていなかった。




 「なるほど。なるほどころころ変わる上司に振り回される部下の感覚と言うのはこういうものだッピか」


 「あ」


 「どうされましたか管理者様」




 突然間抜けな声を出したと思ったら、コウヤは妙な顔で頬をかいていた。

 困っているというよリは、どこか面倒くさそうな様子だったので、皆キョトンとしている。


 何かを考え込んでいたコウヤは、しばらくしてようやく口を開いた。



 「うーんごめん、みんな」


 「「「?」」」


 「思ったより強      」






 声が飛んだ。

 いや、表現を改めるべきだろう。


 声以前に、その主が飛んでどこかに消えたのだから。



 それに真っ先に反応したのはピクシルだった。

 それに次いでレギーナが気づき、続いてルドルフ、ガゼットが反応した。


 コンマ数秒の差。

 短いが、それでも差異はある。


 しかし、皆視界にとらえたものは同じ。

 コウヤがいた光景から、消えた光景の2つのみ。


 つまり、1人残らず、背後で悠々と座っている敵に気づかなかった。

 ………いや、



 「っ………………コウヤ——————」




 あくまでぼんやりと、しかし異変という形で、レギーナだけは反応を見せていた。

 速度を売リにしているが故の動体視力は、その影を辿り、正体を目の当たりにした。



 「オ前………コレヲ、捉エルカ」


 「「「!?」」」




 魔力は神威と言った、力の異変ははここにはない。

 聞いたのは、ただ声だけ。


 しかし、声に乗せられたその危険性は、脳に届いたその瞬間に、全員をいきなり戦場へ引き込んだ。




 「ホウ………」




 そこにいたのは、人の形を模しながら、しかし四足歩行で歩く地竜であった。

 肥大化した腕をつき、類人猿のようにして歩いている。

 しかし、頭部がなければ竜とはわからない程度には異形となっていた。


 棘だらけで機能を失った飾りの翼と、先端の膨れた尻尾。

 不自然に毛の生えた手足は明らかに獣のそれであり、眼球が左右に4つずつ付いている。

 

 そして何より、こいつは会話ができる。

 会話可能なモンスターにロクなものがいないのは、彼らも経験で理解していた。




 「他モ中々ニイイ反応ダ。妖精界ヲ牛耳ッテイル男ノ部活ナダケハアル。ダガ、油断シ過ギタナ。カ、カカカ、ケカカカカ」



 ぎこちない笑い方だが、それははっきりと侮蔑を感じるものだった。

 当然ながら苛立ちはある。

 手に持った武器を、今すぎにでも突き立てたいところだろう。


 しかし、誰1人として動けなかった。


 間違いなく、先に動けば死ぬ。



 その怯えは地竜にも伝わっており、さらなる侮蔑となって彼らに跳ね返って来た。




 「言語ガワカルトハ愉快ナモノダ。コレマデハ意ニモ介サナカッタ人ノ恐怖ガヨクワカル。マコトニ滑ケ——————」




 さて。

 突然だがここで疑問が生じる。


 はじめにそれに気づいたのはルドルフ。

 注意深く敵を観察している途中、ハッとある事を思い浮かべた。



 さて問題です。

 コウヤは何処に行ったのでしょウか。


 答え。


 早すぎるとは、ルドルフ自身思う事だろう。

 何せ、疑問符を浮かべたその1秒も満たぬ間に答えが現れた。


 というか、そこに、いる——————




 「うるさい」




 拳が、地竜の頬を直撃——————しかし、






 「お?」


 「カカ、ケカカ。ナルホド。強イ。ソレ故ニ哀レダ。私ノ腹ヲ膨れレサセテシマッタノダカタラナ」


 「!!」




 拳をすぐさま引っ込め、コウヤは一歩二歩と引き下がった。

 先程の一撃が見事だったために、より一層敵の恐ろしさが際立っている。


 しかし、コウヤとて管理者。

 この国の支配者としての力に、皆期待がないわけではなかった。




 「………」




 いつになく真剣な表情で振り返るコウヤ。

 事情も私情もかなぐり捨て、皆耳を傾ける。


 そして、耳に入ったその第一声は、





 「硬っっった」

 




 普通に弱音だった。

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