第1348話
「………はっ………………………」
気がつくと、傷一つ負わず、自分と同じ顔をした男が、傷だらけになった自分の顔を見下ろしていた、と。
呑気にコウヤは、その状況がおかしいと笑っていた。
横を見ると、腕がない。
足も片方ない。
腹の中もぐちゃぐちゃで、今にも死にそうだった。
「…………ぅ…………ぁ」
「犠牲者4名。君1人抑えるのに、貴重な騎士が4人も死んでしまったよ。けど、安心して。その怪我は作業が終わったらすぐ“直”してあげる」
「さ………ぎょ………?」
声を出したコウヤに思わず管理者は目を丸くしていた。
「驚いた。流石、僕の兄になるだけはあるよ。素晴らしいしぶとさだ。記憶がなくなっても、その肉体の堅牢さは役に立ってくれるだろうなぁ」
おっと、急いで説明しなきゃ、と慌てた様子管理者はそう言った。
心なしかはしゃいで見えるのは、きっと望む兄が帰ってくるのが近いと考えるからだろうと、死に体のコウヤはぼんやりとそんなことを考えていた。
「これから能力の吸収と、記憶の封印をさせてもらうよ。おそらく、記憶を失う前の君がやった作業だ。敗者なら敗者らしく、運命を受け入れてくれよ」
「………」
首を傾けると、コウヤの視界にレギーナが入った。
ひどい顔だ。
自分を責めて今にも死にそうになっている。
レギーナには悪いがと前置きしつつも、コウヤは少し嬉しかった。
少なくとも、あの時間は………ラビと共に3人で過ごした時間は嘘ではないとわかったのだ。
それでも、やはりこんな顔をさせてしまったことは、申し訳なく思っていた。
「ご………め………………な………………」
「………………!! 違う、それは………お前は悪くないんだ………!! 私が………………ッ………………………!!」
また、辛い思いをさせてしまった。
そう思い、コウヤは口をつぐんだ。
「お別れの挨拶を言う余裕もないだろう。大丈夫。じきに楽になる。だから………待っててね、兄さん」
「………」
思えば、彼も哀れな男だと、今更ながらコウヤは同情していた。
カラサワは、何年も、いや何十年も昔に死んだ兄弟の亡霊の影を追って、ここまで生きてきたのだ。
それに自分の人生を捧げて来たのだ。
出来たところで結局は、偽物しか作れないというのに。
この国が全てが完成して作るのではなく、完成する前にコウヤを生み出したのは、ゲームを共に作ると言う夢を叶えるため。
そしてきっと、管理者は同じことを繰り返す。
このゲームを終わらせ、次のゲームを共に作るために。
そのために、今度は逆らわない兄を作るのだ。
「………」
哀れだ。
同情もしてしまう。
兄弟ならきっと手を貸しただろう。
でも、もう許せない。
だから、最後まで邪魔をすると、コウヤはそう決めていた。
「あ、し………………が………」
「?」
「まだ、動くぞ………………!!」
「!!」
身を捩り、痛みにもかまわず、残った足で地面を蹴る。
そして、なけなしの魔力で強化した体を目一杯飛ばし、最後の力で肩に噛み付いた。
「ぐッ………最後まで邪魔を……………!!」
「………!!」
「なら、望み通り終わらせてあげ——————る」
管理者は、すぐさま異変に気がついた。
コウヤから、妙な力が漏れ出ている。
それは、自分の使うはずの力。
管理者としての力を、吸い戻すための力だ。
「お前が出来るなら、俺に出来ない道理はない………………根比べだ………どっちが残るか、決着つけようぜ、兄弟ッ!!」
「このッ………紛い物がァアッ!!!」
お互いの力が、お互いに巡っていく。
吸っては吸われ、均衡が生まれる。
力は互角。
しかし、お互い状況は不安定。
どちらが勝つかはわからない。
それでも一見管理者が有利に見えるが、そう単純な話ではない。
管理者としては、コウヤを殺すわけにはいかないのだ。
ならば、ここで下手に手を出せばコウヤが死ぬ恐れがあり、引こうとして力を解けば、力を奪われた状態で自害される恐れもある。
最善であり唯一の手段は、この鍔迫り合いに勝利する、それだけであった。
「くッ………考えたなッ………!!」
「こいつは、俺が生きてきた中で身につけた、俺の悪知恵だ!! お前の兄貴じゃない。俺が、コウヤが生み出したもんだ!! そう簡単に負けるかァアアアァァッ!!!!」
一瞬の気の緩みが命取りとなる。
油断も、痛みも、全てがリスク。
一つの波紋が全てを崩す。
その波紋は、きっかけは、意外なところから現れた。
「………!? まずい、足場が!?」
ルドルフがそう叫ぶと、レギーナたちのいるところまで、地面に亀裂が走った。
もう間も無く、地面が崩落する。
「なッ………こんな時に………!!」
「いいね!! いい波乱だ!! 俺にも希望が見えるって話だ!!」
「正気かい、君………その肉体で落ちれば、確実に死ぬんだぞ………!?」
「そうなりゃお前は中途半端な力で金髪と戦うことになる。お前の敗北を勝ち取れるなら、安いもんだよ」
「いちいち君は——————ぁ」
足が抜ける感覚。
感覚から、重力が消えるその瞬間に、管理者は言葉を失った。
「——————クソッ」
亀裂が、一気に地面を走る。
崩落の音はそこら中に響き辺り、多くを巻き込んでいく。
運命は、今ここで決した。




