第1347話
レギーナが現場に来る頃には、既に現場は崩壊していた。
膨大な空間を埋め尽くすほどの魔法の応酬と、割って入れば跡形も残らないであろう激しい剣戟。
衝撃が皮膚を撫で、伝えてくる。
近寄れば、死あるのみ。
本能も理性も、揃ってその場で足踏みしていた。
人の領域を超えた戦いがそこにはあった。
「これが………人の戦いなのか………………?」
ルドルフも同様に、その場から動けずにいた。
後退すら躊躇うほど、足が固まっている。
「コウヤ………」
「チッ、増援か………………しかも………」
顔馴染みの敵が来て顔を顰めるコウヤ。
やり辛いことこの上ないが、せめてもの救いは、レギーナたちが動けずに固まっているということ。
躊躇いか恐怖か、何にせよコウヤにとっては好都合であった。
と、気を向けているその刹那、首筋に怖気が走る感覚を、コウヤは鋭く察知した。
「よそ見をしている暇があるのかい?」
気を向けている。
しかし、それは取られていたわけではない。
「よそ見をしていると思ったのか?」
死角からの不意打ちを、コウヤは何事もないかのように弾き、魔法を飛ばし返す。
思考が、まるで違うのだ。
はるか先まで見据えた予想と、加速した思考が読み取る現状が噛み合い、全ての攻撃を処理している。
まるで別人の様になった頭を、コウヤは気味悪く思いながらも、ありがたく思っていた。
「すごい世界だ」
「当然さ。君の肉体はこの世界の住民を全て管理できる様になっている。頭の作りも人のそれとは比べ物にはならないだろう。劣るとしてもせいぜい神々か、知恵の神の恩恵を受けた君のお仲間くらいのものだよ」
「そうか………金髪、やっぱ凄いやつだったんだ、なッ!!」
休まることのない手足、魔力。
会話出来るだけマシだと思いながらも、思考は次の、その次の、はるか先の攻撃と防御へ向いている。
「ハハッ、スゲェな! この圧倒的万能感!」
「お気に召したかい? でも残念だ。まだまだ完璧じゃない。だから、人の介入ですぐに崩れる」
その“人”に管理者は視線を向けた。
当然、コウヤとしても無視はできない。
一か八か、ここでも一つ賭けてみることにした。
「王女殿下!! こんな不毛な争いはもうたくさんだ!! スキルを使え!! そういう契約だろう!!」
「乗るな青髪ちゃん!! お前、こんな世界でいいのか!? お前が散々嘆いた理不尽が、ここにはうんと広がっちまってるんだぞ!! 迷路ちゃんだって!!」
目が泳ぐ。
意思が揺れる。
感情と理性が、別々に舵を取っていた。
口が思うように動かず、モゴモゴと何かを引っ掛けている。
答えは出ている。
でも、もう一方がレギーナの中でそれを封じていた。
「殿下!! 我々の目的を、王家の悲願お忘れですか!?」
「このままでは、我々はただの恥晒しです!! 名誉を汚してでも、王族の真の復権を果たすと誓ったではありませんか!!」
「殿下………!!」
「殿下!!」
答えを急かす様に、配下の騎士たちが責め立てる。
しかし、口が動かない。
「お前の国の悲願とか、そんなもんは知らねぇ!! でも、きっと大丈夫だ!! 俺も、ラビも、金髪だっている!! 閉じ込められた頃とは違う! お前に差し出されてる手は、そこら中にあるんだぞ!!」
「こ、コウヤ………………私は………!」
傾く。
感情へと。
仲間を助けたいという、その感情へと。
手が伸びる——————
「青髪ちゃん——————」
——————そして、力がそれを押さえつける。
「私、は………契約、を………守る」
契約。
それは、レッドカーペットの呪い。
力と引き換えにされた、管理者への絶対遵守。
そのために、ルージュリアはレッドカーペットの否定をしていた。
しかし、レギーナにはその必要がなかった。
操られてでも果たしたい望みがあったから。
故に、意思は無用。
はなから意味はない。
感情が奪い返した舵も、全ては無駄。
何故なら、そういう契約なのだから。
「言っただろう? 契約だって——————」
ずぶ、と。
嫌な感触がコウヤの手に伝わる。
胸に刺さった致命傷。
しかし、その死は肩代わりされる。
レッドカーペットの力によって。
そして、その手は一瞬拘束され、管理者にとって絶好の隙を生んだ。
「さぁ、」
隙を利用し、コウヤを羽交締めにする。
「何人犠牲になるのやら」
その瞬間、光が辺りを包み込んだ。




