第1345話
声を荒げて発狂したわけではない。
それでも、そのショックはあまりにも大きかった。
管理者は、みるみるうちに沈んでいくコウヤを見て、手足の拘束だけを解いた後、数時間ほどの猶予を与えた。
その間に気持ちの整理をつけろと言い残し、出ていった。
信じたくはなかった。
でも、全てがコウヤの中で繋がっていた。
コウヤが管理者と同じような力が使えるのも。
攻略本の中の記憶にある人物が全てコウヤと同じ顔をしていたことも。
以前闘技場で会ったピクシルが自分の顔を見て管理者だと言ったことも。
B28号と妙な通信ができるのも。
ラビが、コウヤを仇だと思い込んでいたことも。
全ては、コウヤが管理者と同じ存在として、作られた存在だったから。
「………………生き物でもないのかよ………俺は」
途端に自分のことが気持ち悪くなる。
どういう存在かもわからないような、得体の知れないチグハグな物体が自分であると、そう思った瞬間にコウヤは空っぽのはずの胃袋をひっくり返していた。
「ゴホッ、ゲホッ………ォ………え………………くそっ………くそぉぉ………」
「………………」
それを、B28号がそばで見ていた。
自分と………いや、管理者と同じ顔をした彼が、以前よりも少し悲しげな目で。
「はは………悪い。お前らだって作られた人間だってのに、こんな姿見せちゃって………別に、お前らのことが気持ち悪いってわけじゃないんだ………」
余裕がない中でも、コウヤはコウヤらしくそんな気遣いを見せた。
しかし、それはかえって痛々しく見えて仕方がなかった。
見るに耐えないその姿を見たB28号は、ほんのわずかにだが、顔を顰めていた。
「わかっている」
「でも、でも………俺は………」
こんな時にどうするべきか、B28号にはまだわからない。
それはまだ、学んだことの中感情と、その応用であった。
答えはわからない。
でも、答えに繋がる道だけは、浮かんでいる。
それは自分には出来ないこと。
そう思った時に浮かんだ小さなしこりが、悔しさだと気づくのは、そう遠くない未来のことだろう。
B28号は、そのほんの小さな痛みの正体を知らないまま、今あるなけなしの感情でできるせいいっぱいを、コウヤに捧げた。
『このまま、何も言わずに聞け』
「!」
例の通信で、外部に漏れないよう話しかけるB28号。
伏せているコウヤに、彼はこう続けた。
『ローカルサポートエンジンには、外で活動をしている者もいる。そういった者は、外部での見回りと監視の義務を行う』
(何を………)
『管理者は、ローカルサポートエンジンの視覚共有と遠隔操作が行える。多分、お前にも使える』
(!)
B28号は、近くにある布巾で吐瀉物を拭いながら、たった一言コウヤにこう告げた。
「台に座ってゆっくりしていて下さい。そうすれば気分も晴れるでしょう」
それきり、B28号が口を開くことはなかった。
本人は、慰めることが出来たという意識はない。
だが、少なくとも今の言葉でコウヤは俯く事をやめていた。
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(………やれるモンだな)
言われたとおり力を使ってみると、すんなり事が運んだ。
以前は使えなかったあたり、おそらく前回意識が混同するレベルで攻略本を使ったおかげで使える範囲が広がったのだとコウヤが勝手に解釈している。
皮肉な話だが、倒すべき敵を倒すための力を、その敵がこれまでにないほど高めてくれたわけだ。
(ここは………やっぱ拠点に近いよな?)
遠隔操作するローカルサポートエンジンを選んでいると、明らかに拠点の近くにいる個体がいたのだ。
おそらく見張りだというのは、先ほど管理者がケンの行動について口にしていたあたりからコウヤも察しがついていた。
(さて………………どうする?)
操るのはいいものの、声は上手く出せない。
それに、自分の正体を知ったことで、コウヤは急に帰ることについて気が咎めてしまっていた。
(結局俺は、迷路ちゃんの仇だって………ことだよな。それに………みんなにとっても俺は………………っ!?)
拠点を眺めていると、奥から人の影が見えたので、コウヤは咄嗟に屈んで身を隠した。
何で仲間相手に隠れてるんだと思いつつも、恐る恐る身を乗り出して様子を伺う。
そこには、木剣を抱えたケンの姿があった。
(あの木剣………確かゲロさんの………………あれ、何で俺こんな事………)
ふと、勝手に浮かぶ奇妙な思考。
それは、ゲロさんがローカルサポートエンジンだというもの。
(この感じ………俺は知ってる………………のか?)
以前、ゲロさんが隠れていた地下の住処を見つけた時と同じ。
奇妙な記憶が垣間見えた。
自然と意識は木剣へ向き、そして、
(感覚の、共有——————)
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「あれから5日………こっちの準備は整いつつあるけど、実際どう? 取り返せそうかい、少年?」
おちゃらけた様な口調で、ゲロさんはそう尋ねる。
その側には、神妙な面持ちでユグドラシルを睨むケンの姿があった。
「取り返すに決まってんだろ」
(金髪………)
ケンは何の躊躇いもなくはっきりとそう言った。
ゲロさんを通りして、それを耳にしたコウヤの胸には熱いものが込み上げてきていた。
嬉しかった。
危険を顧みず、そう言ってくれることが。
でも、悔しかった。
今自分が、足を引っ張ってしまっているこの状況が。
しかし、一瞬でも答えが聞けた。
そう思い、帰ろうとしたその時、
「正体を知った今でもかい?」
(!!)
ゲロさんが、聞き捨てならない事を口にした。
それはつまり、自分が何者なのか知られてしまっているということだ。




