第1341話
(しかしどうするか………)
脱出を誓ったはいいものの、現在敵地のど真ん中。
体も動かせず、下手に力を誓うと魔力や神威を探知される。
それだけは避けたいところであった。
(この妙な機械ってやつに探知機能がついてたらやばいよな………しかも)
視線と言っていいのかは怪しいが、意識が部屋を動き回っている人型の塊に向けられる。
それは周りの機械に手を当て、何かを行う作業を繰り返していた。
それが何なのかはわからないが、少なくとも神威を使って何らかの能力を行使していることは間違いなかった。
(神威を自在に使えるってことはそれなりには強い………と見た方がいいか。ったく面倒クセェなぁ………おい! どっか行け!………なんて)
「………」
(ん?)
人型の機械がじっとコウヤを見つめ始めた。
まさしく機械的と言える流れ作業の合間に突如現れた意思めいたものにコウヤはギョッとしていた。
明らかに、見られている。
意図の有無はともかく、視線が向いているのが自分であると言う自覚はあった。
何せ、
(いや近っ)
その機会はコウヤの顔数センチほどまで近づいていたのだ。
ガンをつけるように近づいたそれには、もはや機械らしさは見えなかった。
(何なんだこいつ)
「通信を確認しました。私は、ゲームプログラマー・ローカルサポートエンジン B28号です」
(………んん?!)
返事をしたようなその一言。
気のせいかと思ったが、
「現在の通信対象はあなたです。返答を求めます」
(お、俺に言ってんのか!?)
ドキドキと心臓の鼓動を強く感じる。
他機関が閉じていることで、それはより敏感に感じ取れた。
(やべぇやべぇ………!! 頭ん中覗かれたか!? だったら脱出もクソもねぇぞ!?)
ごくりと唾も飲めないこの状況。
機械の視線は一切逸れない。
誤魔化そうにも頭の中が覗かれている。
下手な思考ができないと言う考えが、コウヤから考えることを奪っていた。
脳内では全く進まない会議が広がっている。
しかし、
「返信を求めます」
(………待てよ?)
その反応を聞いて、唐突に考えがまとまった。
そして、恐る恐る一つ実験を行った。
(俺の名前はコウヤ。ここはどこなのかわからない。何をするべきだろう)
「………」
誰に言う訳でもない独り言を唱える。
しかし返事はない。
そこで、少し変化を加えと見た。
(あー、あー。俺の名前はコウヤだ。ここがどこなのか教えてもらえるか?)
と、今度は問いかけるように頭の中でそう念じた。
「個体名を確認いたしました。質問の返答については、ここは管理者様の私室であると申し上げます」
(!)
どうやら、頭の中で考えた全てが読み取られるのではなく、意図的に話しかけようとしないと通じないと言うことがわかった。
油断こそできないが、おかげでひとまずコウヤは落ち着くことが出来た。
(違ったら都合は悪いが構わないな。脳みそ全部覗かれてるならどの道もうバレてる。だったらこの仮定で動くまでだ)
投げやりと言われればそれまで。
しかしこの心持ちで、少なくともコウヤは思考を持つことに躊躇わずに済んだ。
そして再び脱出へ意識を向けた。
動けない以上、するべきなのは体を動かす方法の模索と、その他情報収集。
今出来るのは後者のみ。
丁度、目の前に情報源がいるのは運が良かったとコウヤは内心ほくそ笑んだ。
(なぁ、俺の体どうなってるんだ?)
「現在、能力行使による人格崩壊状態であると推定されています。しかし、主人格が別領域に逃げている状態なのか、身体から分離して通話が可能になっているようです。原因は調査中です」
(分離………………もしかして)
思い当たるものが一つだけあった。
それは、攻略本だ。
ケンにも以前妙だと言われたことがある。
それは、神威の修行の際、通常背中から生えるはずの翼が、攻略本から生えた時のことだ。
もしかして、人格を含んだ魂が攻略本に避難したのではないかと、コウヤはそう考えた。
(うぉお………なんか妙に冴えてるな、俺。当たってるかは知らないけど………………ただ)
それはあまりいい気分になる話でもなかった。
まるで、攻略本自体が本体だと言われているような、そんな気がしてならなかった。
しかし、不安に頭を抱えている暇はない。
脱出のためにも、もっと情報を集めなければならないのだ。
(なぁ、ここの話とかお前らの話とか、色々教えてくれよ)
「かしこまりました」
やけに素直で調子が狂いそうになるが、ともかく情報源は手に入れた。
目的はただ一つ。
ここからの脱出。
それに向けて、コウヤはB28号との会話を試みた。
が。
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(………………………………き、きちぃ………………!!)
情報収集自体はそれなりに上手くいきそうではあった。
だが、予期せぬ別の問題があった。
それは、
(お、おい………お前から何か俺に聞きたいこととかないの?)
「ありません」
この機械との、会話のしがいの無さであった。
キャッチボールではなく、ただのピッチング。
質問かたら答えてはくれるが、向こうからは一度たちとも話しかけてこない。
一方通行のボールの受け渡しに、コウヤはウンザリとしていた。
(何だこれ………ほぼ独り言だぞ………)
基本、知っている情報については奇妙なほど全て話してくれる。
ここがユグドラシルのどの辺りだ、とか。
どれくらいの人数がここにいるか、とか。
張り合いのなさもまた退屈の一因ではあるが、やはりレスポンスの機械感がどうにもコウヤには気持ち悪かった。
(ち、ちなみにお前らって何?)
「先ほども申し上げたとおり、ゲームプログラマー・ローカルサポートエンジンの完成機です。プログラマー不在のため、管理者の能力サポートを主軸として行い、住民の監視やミッションの変動などの調査を行います」
この質問も5度目。
からかうつもりで同じことを聞いても、無感情に同じ返事が返ってくるのみ。
喋っている気がしなかった。
(お、お前ら気は確かか!? こんなつまんない反応して)
「感情や人格については、我々に存在しないため、つまらないを認識できません」
(ぎぃぃぃいいいいいい!!!)
コウヤは無言の発狂をした。
そして、その苛立ちと不安を抱えたまま、コウヤは情報収集を行うのであった。




