第1338話
世界樹でのことの顛末は、全てリンフィアとラビから教えてもらった。
ここ数日間の、コウヤ・ラビ・レギーナの3人の、奇妙な共同生活。
髪色が変わったコウヤのこと。
それは攻略本の知識を無理に頭に詰めたせいであったということ。
そして、コウヤが管理者に連れて行かれたということ。
さらにその上で、地下で俺がゲロさんから聞いた話も皆に伝えた。
ゲロさんの目的は、理由は不明だがコウヤを助けること。
そのためには、管理者を殺さず封印する必要があり、当初はラビを生贄に諸共封印させようとしていたが、俺の神の知恵による現実改変能力に賭けることにしたということ。
ゲロさんは、コウヤのような攻略本を使える存在を目指して作られた存在………そのプロトタイプということ。
………幸いというべきか不幸というべきか、俺たちの肉体に変化がないあたり、まだゲームは続けているらしい。
つまり、管理者がなんらかのパワーアップをした可能性は低い。
だが、おそらくそれも時間の問題であることは明らかであった。
「コウヤは、取り込まれるのか?」
俺がゲロさんにそう尋ねると、皆の注目が一点に集まった。
きっとコウヤは、王候補の代わりなのだ。
本来、管理者はこのゲームを通して、力を得た王候補を取り込むことで完全な力を得る事を目的としていた。
それを、コウヤを取り込むことで代わりに果たそうとしている。
俺はそう思い、尋ねた。
すると、
「………わからない。丸ごとか、力だけなのか………少なくとも、これで管理者は“元に戻る”」
ゲロさんは、苦々しげにそう言った。
「元に?」
「察しはついているだろうけど、元々攻略本の能力は管理者から分離してコウヤに与えられたものさ。オイラたちローカルサポートエンジンにはない完全な能力をコウヤが持っているのは、オイラたちは限定空間で再現できるだけの存在なことに対して、コウヤは自分で力を持っているからさ」
ゲロさんは地下の施設をシミュレーションルームと言っていた。
おそらく、能力の実験用ということ。
だからゲロさんたちが能力を持っているというよりは、あの部屋から借りていると言った感じなのだ。
しかし、コウヤは全くの別物ということらしい。
だが、
「なーんかオカシイんだよな」
と。流はそう言った。
流だけではない。
察しのいい数人は、この話の違和感に気づいている。
流は続けた。
「いやさ、完全な力を得るって目的をコウヤとの融合で果たせるんだったら、そもそも分離しなけりゃいいじゃんってことだよ。そうしてたら、このクソみたいなゲームをせずに済んだ。そうだろう?」
「すごい、ナガレ君が頭を………」
「リンフィアちゃん相変わらずナチュラルに刺してくるね」
「ナガレ兄、頭ついてたのか」
「頭ァ!? おおおお俺の自慢の顔面が見えないってかラビちゃん!!? そいつぁ聞き捨てならねぇよ!?」
と、いつものノリでなんとか少し場が和むが、ゲロさんの陰りは消えない。
それどころか、どうも居心地が悪そうに手を遊ばせていた。
鎮まらざるを得なかった。
きっと皆察したのだ。
これは、何か根幹に関わる問いだったのだ、と。
「えと………まずった?」
「気にしないでくれよ、少年。………そうさな。確かに少年のいう通り、分離は非合理だ。だが、そうするだけの理由が、奴にはあった。チキュウにいた頃の夢。奴にとっての唯一の目的さね」
「夢………」
いつか聞いた気がする。
仮に管理者がコウヤの弟だったら、おそらくこれであっているだろう。
「確か………弟の………管理者が作る物語を、兄がゲームにするっていう話か?」
「へぇ、それはコウヤから聞いた感じかな。その通り。兄と共にゲームを作る。ちなみにレッドカーペットとは、その夢のために管理者が幼少から考えていた物語の一つだ。このゲームを開いたら理由も、ともするとその夢を叶えるためだったのかもしれないね」
「! ………そうか」
気分の悪い話だと、俺は思った。
そんな子供の夢と夢への架け橋と言える物語が、年月を経て、大勢を苦しめているのだから。
罪は罪。
管理者がやった事は断罪すべきだ。
だが、それでも、子供の夢がこんな形で捻じ曲がるというのは、やはりいい気分ではない。
「同情した?」
「かけらもしてない。そんな余地を、今の管理者は残しちゃいないんでな。まぁなんにせよ、最初は不明瞭だったこのゲームも、全容が見えてきた。やっぱ、奴は討つべきだ」
拳を突き合わせて、目標を口にする。
管理者を討つ。
これまではただただその能力に壁を感じていたのみの俺たちが、ようやくここまできた。
終わりは近い。
そんな予感がする。
「言っとくけど、殺すのは勘弁だよ少年。そんなことしたらコウヤまで大変な目に遭う」
ゲロさんは念押しのように釘を刺してきた。
当然忘れていない。
しかし、なぜ殺してはいけないのかまではわからなかった。
「ねぇ、どうして管理者を殺すとまずいのかしら? 一心同体というわけでもないでしょう?」
俺の聞きたいことを、メルナが聞いてくれた。
「相互にはないよ。コウヤが死んでも管理者は無事さ。でも、管理者を失えば、コウヤは自身を構成する大きな要素である攻略本を失う。そうすると、コウヤもこの肉体じゃ生きていけなくなる」
「へぇ? あなた達もそうなのかしら」
「——————!」
顔色が変わった。
メルナのその質問は、なかなかに核心をついたものであった。
捉えたと笑みを浮かべるメルナ。
全てを聞き出そうとしているのか、少し身を乗り出すが、
「!」
「その辺にしておけ。こいつのみならともかく、仲間の詮索までするものじゃない」
「むぅ。わかったわよ」
「悪いね。まぁ万が一があれば流石に話すよ」
ゼロが宥めると、メルナは残念そうに引っ込んだ。
つまらなさそうに口を尖らせるメルナに、ゼロはいつも通り頭を抱えている。
奴も大変そうだ。
そして当の本人は、すでに興味を他に移していた。
「それはそうと、最後のプレイヤーである騎士と管理者が手を組んだということは、これでいよいよ最後の戦いということよね。勝てるの? ケン君」
「勝算ならある。昨日エルから連絡が入ってな。神器の確保に成功したらしい」
「「「!!」」」
神器——————妖精族が所有する4つのアクセサリー。
その全てを身につけると、封じられた罰の神の力を目覚めされられると言うもの………だった。
残念ながら、ミレアが得た力は罰ではなく罪の神の力だったので使う機会はなかったが、これをラビが使えれば、もしかしたらより強い罰の神の力が使えると俺は考えた。
罰の神の力である裁定の能力。
対象を正しい状態にするその能力を使えば、元の肉体が戻るかもしれない。
「問題は“ノーム”さんの地精のイヤリングですよね………」
「心配すんなリフィ。それに関しちゃベヒーモスが対処してくれてる。1週間もありゃエルに預けられるってさ」
「1週間………………なんとも言えない数字ですね」
「確かにな」
1週間でどれだけコウヤが取り込まれてしまうのか、何も情報を持たない故に推測もできない。
俺たちにできるのはせいぜいエルを待つことくらいだ。
不安もある。
憤りもある。
だが、1週間は待たなければならない。
準備をするもよし。
休養にあてるのもよし。
俺たちは来たる決戦に備え、思い思いの1週間を過ごすことになった。
——————————————————————————————
妖精界年表
数千年前:罰の神のが罪の神と名を改めさせられた自然の神を、自分諸共生物迷宮の王に封印した。
これにより、生物迷宮の隠居と歴史からの抹消が決まる。
???前:管理者カラサワ・エイトが異世界にやって来る。
約100年前:カラサワによるゲームの準備が始まる。カラサワ単騎による妖精界侵攻開始。
約80年前:カラサワ討伐の部隊が編成。妖精王・クルーディオを筆頭に、当時エルフ族長であったミレアの祖父や元ノーム族長のネームレスがこれに参加する。
初めは妖精側が優勢であったが、カラサワは人質を捕らえており、それを利用されクルーディオが降伏。
形成が逆転し討伐は失敗。
参加した族長は両者ともネームレスにされ、ミレアの祖父は家族と人間界へ逃亡。
元ノーム族長は隠居を余儀なくされ、ノームの部下の大半はカラサワが所有する組織の構成員とされた。
クルーディオは数枚の羽除き、自身の羽の全てを管理者に渡す。
風習により、羽無しとなった事で追放され、残った羽をミレアの祖父に託し、隠居する。
???前:ラビの出生前、ラビの母メイズの前に現れたカラサワによって、生物迷宮の力の半分を奪われる。
その後、力を得たカラサワは、能力の研究や試験を始める。
???前:記憶を失う以前のコウヤが、ゲロさんと出会う。
4年前:記憶のないコウヤが、カイトにて生物迷宮の生き残りである老婆に拾われる。
3年前:ラビ、誕生。
生物迷宮は、妊娠後儀式によって誕生し、母体の知識や記憶を一部引き継ぐため、ラビはカラサワを母の怨敵と認定。
カラサワへの復讐を誓う。
同時に、カラサワは人間界に協力者を送り、王の選別が失敗した時のために代わりとして使うべく、王の力の片割れを持つラビを捜索させる。
3年前:白紙化の開始。
また、犯罪者の一斉削除が行われ、それらの経験値を元に族長や一部の族長の親族を強化。準支配者として各地を自治させる。
2年前:カラサワが送っていた使者の亀井 久介が、ナビゲーターを装って、ケンやダグラスと共にエルとその母であるファルドーラの住むダンジョンを攻略、およびファルドーラを殺害。
しかし、正体を明かした後ケンによって殺害される。
1年前:王の選別開始。




