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第1337話


 「………………」




 諦める。

 逃げる。


 おそらくそれは正しい。


 敵の目的はコウヤであるのなら、助け出す機会はいくらでもある。

 ともすればここで戦うのは間違いとすら言えるかもしれない。


 だが、



 「でも、逃げない」



 正しさ以上に重要なものを前にしては、理屈などなんの意味も持たなかった。

 見捨てるという選択肢は、リンフィアにはない。

 頭の中にはただ、どう助けるかという選択肢のみ。


 そのあまりにも合理性を欠く選択に、レギーナは頭を抱えていた。



 「………賢い選択とは言えんな」

 

 「管理者の到着まで1分はあります。殺す気で戦えば、勝機は十分ありますよ」


 「本気ではなかったと?」


 「それを見せると言っているんですよ」




 言葉とともに放たれる凄まじい魔力。

 義と忠節を重んじ、その身を盾とすることを誓った騎士たちですら、折れた膝がそう簡単に治らないほど凄まじい迫力を放っている。


 それが、なお膨らんでいる。



 乱れる息が、加速する心音が、それに気づいていることをレギーナに自覚させていた。




 「あなたが一番厄介そうですね」


 「っ………………流石、ヒジリケンの右腕などと言われているだけはあるな………」




 魔力を膨らませ、全身に回す。

 今のリンフィアに取って、魔力とはそのまま力である。

 増せば増すほど力が、速さが、硬さが増していく。


 




 「さぁ、さっさと——————」






 ——————ふわりと、軽く。


 羽のように軽やかな着地の直後、巻き起こる暴風。


 顔を覆いながら、みなその場で飛ばされないように踏ん張った。

 しかし、ただ1人コウヤは悠々と立っている。

 そのあまりにも並外れた速度と魔力に、誰もが怯えの色を見せている中、彼だけは無表情だった。



 「………」



 そして、リンフィア、レギーナの両者の間に現れたコウヤは、そのままリンフィアを睨みつけた。




 「コウヤくん………………何やってるんですか、あなたは!」




 リンフィアもまた、コウヤを睨み返していた。




 「また無茶をして………あなたはケンくんを止める側だったでしょう!! そのあなたが、なんで呑まれてるんですか!!」


 「………………………うん。情けないよな」


 「!」




 いつもの笑顔。

 リンフィアも、ラビも、………………レギーナも、それにどこかホッとした様子を見せていた。


 でも、それもほんの一瞬のことだった。




 「ごめんね、銀髪ちゃん。ちょっと、戻って来れそうもない」


 「! そんな………でも………………!」


 「攻略本の暴走の原因は、人格の瓦解。さっきの戦いで、俺は今までなんとか止まっていた限界の向こうに足を踏み入れてしまった」




 リンフィアも数度目にしていた。

 コウヤはこれまでに何度か、攻略本の力を無理に使って暴走している。

 攻略本の知識を取り入れるときに入ってくる他人の記憶に自身の記憶が混ざり、自我が崩壊しかける。


 これまでもギリギリだった。

 そして、最近は許容範囲も広がっていた。



 だが、今回ばかりは訳が違う。

 ベルゼビュートを倒すため、コウヤは全てを取り込んでしまった。

 何百と入った人格の全てが、コウヤ1人に取り込まれたのだ。




 「今の状態は、きっと奇跡なんだろうなぁ。頭ン中でも、みんな喧嘩してるって感じがする」


 「っ、ぁ………………こ、こう………」

 



 コウヤは首を振った。

 精神論じゃどうにもならない。


 既に選択肢は消え、“後” のことになっている。

 彼はもう、終わっていた。

 だが、コウヤの顔は、諦めたという割には、どこか何かを覚悟したような顔であった。




 「………………わがままを承知で頼む。今は逃げてくれ。生き延びてくれ。そんで………………レギーナと俺を、救ってくれって     」

 

 「——————」





 まるで機械のように、ぷつりと意思が消えた。

 意識はある。

 でも、そこにコウヤはいないのだと、リンフィアは理解した。


 そして、誰にこれを伝えるべきかも、理解した。




 選択肢は、ここで変わった。











————————————————————————————————















 「おや、去ってしまったか」



 悠々と世界樹の枝に降り立つ管理者は、ご機嫌な様子でレギーナにそう言った。



 「残った魔力から見ても驚くべき成長だ。流石、“彼” を連れていただけのことはある。情報の利というのは恐ろしいとは思わないかい、レギーナ王女」


 「無駄口を叩くな。連れ帰るのなら疾く済ませよ」




 敵意を隠す気もないレギーナの太々しい態度に笑う管理者。

 今ならばなんでも許せると言わんばかりの上機嫌は笑みを止めることもなく目的のものに近づいていった。


 近づかれている当の本人は管理者には一切目もくれない様子である。



 「………」



 やはり反応はない。

 それでも、いやむしろそれ故に管理者は満足しているのだと、なんの憂いもなく満足そうにしている管理者を見て、レギーナはそう思った。


 そしてやはり、嫌悪を隠さずレギーナは質問を放った。



 「彼はどうなっている?」


 「急な情報の流入で意識が瓦解したんだろうね。でも問題ない。()()()()()()()()()()




 虚な目をしたコウヤの頬に手を触れる管理者。

 仮面で目は見えないが、しかし上がった口角はやはりわかりやすい。

 



 「ピクシルのおかげだ。彼がストルムの闘技場で見つけてくれていなかったら僕は最後まで会う事が出来なかったかもしれない………生物迷宮でも、王でもないもう一つの鍵。そして何より………」


 「これからどうするつもりだ。まさか念願叶えて我々は用済みだ、などと吐かすのではないだろうな」


 「まさか。“彼“ の手助けで僕の力を目覚めさせる場合は、妖精王や生物迷宮の王を取り込むのと少し勝手が違うんだ。君らには今後も協力してもらうさ。約束も守らなければいけないからね」




 管理者はコウヤの目に手を当て、妙な光を放った。

 直後、膝から崩れ落ちるコウヤを支えると、用済みだと言わんばかりに踵を返し、枝の奥へと向かっていった。


 追随する騎士たち。

 死闘の残骸の上を、レギーナは複雑な面持ちで歩いていた。

 

 こんな荒廃しきったボロボロな戦場跡にもかかわらず、どこか足を引っ張られているようであった。


 そしてふとレギーナは思う。



 ああ、私は裏切ったのだと。

 初めてできた友人と共に戦った戦場に、心を落としてしまったのだと。






 ——————しかし、それに気づいたとてもう遅い。

 全ては動き出した。



 王の選別は間も無く終わる。

 

 レギーナもケンたちも、全てを知ることになる。



 管理者の目的はなんなのか。

 コウヤや管理者は、一体何者なのか。

 生物迷宮と管理者の因縁はどうなるのか。


 そして、誰が生き残るのか。




 このフェアリアの王の選別における、最大にして最後の戦いが、これから始まる。

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