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第1331話


 「ハァッ………………ハァッ……………あ、あぶねぇ………………!! やばかったぞ!!」




 全身を石のように硬化させ、灰色の翼を背負うラビ。

 ガーゴイルの憑依召喚で飛行と同時に炎をかろうじて防いだが、ダメージはあった。


 とはいえ、咄嗟の判断で致命傷を回避したのは大きいところであった。



 「くっそ………やっぱ強いな………ハァ………ハァ………」



 姿を元に戻すと、ラビは一気にレギーナのところへ駆け上がった。

 レギーナを警戒してか、ベルゼビュートは空中から様子を伺ってる。



 「無事だったか、ラビ」


 「無事なもんか! 火だるまだぞ!」



 不機嫌そうに煤を払いながら、ラビはそう言った。

 存外元気そうななラビにレギーナは苦笑するが、その視線がベルゼビュートから逸れることは一切なかった。



 「ラビ、そなたもう切り札はないのか」


 「生憎、コウヤに貸した40匹でおしまいだ。悪いけどな。お前の方はどうなんだ」


 「ない」


 「ないのか」



 いっそ清々しいまでの断言であった。

 だが、それでも諦めた様子はない。

 戦う意志の残ったレギーナの目を見て、ラビは一つ尋ねた。



 「手はあるんだな」


 「うむ。危険ではあるが、やる価値はあるだろう」



 レギーナは再び武器を構えながらそう言った。

 そして、コウヤの方を指差しながらこう続けた。



 「私が囮になる。その間に、そなたはコウヤと合流し、疾く幼体どもを始末してくれ。話はそこからだ」


 「………………いいのか」


 「良い。3人揃わなければどうにもならんことは、そなたとて理解しているであろう」


 「………」




 同意と取れるその沈黙の後、レギーナは深く息を吸った。

 そして、ゆっくりと息を吐きながら全身の魔力を動かし、意識を集中させる。


 これから行う命懸けの囮。

 その覚悟と準備のための僅かな備えを、たった今終わらせた。

 そしてレギーナは、ラビに僅かに目配せをし、そのまま上へと駆け上がっていった。

 



 「………無茶はするなよレギーナ。ワタシは、もっとお前と話したいことがあるんだぞ」




 彼方へ駆けていったレギーナにそう呟くと、ラビは枝の下にいるコウヤを目掛けて飛び降りた。

 




 「コウヤ!! 手伝う………ぞ………」


 


 邪魔もなく、難なく着地したラビ。

 異常事態は既に察せられた。


 あれだけいた幼体がすっかり消えている。


 そして、疑問符を浮かべた頭の中をさらに掻き乱すような異様な光景が、目の前に広がっていた。




 「全然だ!! 逃げてないでかかってこいッッ!!」


 「!?」



 一つ薙げば増える死体の山。

 かつてのコウヤであれば一体を相手にすることも困難な敵が、まるで話にならない。


 それは、危機を感じた幼体たちが逃げ惑うほどであった。




 「おぉ、迷路ちゃん! どうした?」


 「どうしたはこっちのセリフだ! お前、訓練の時はそんな勢い見せなかっただろ!?」



 勢いだけではない。

 強さの次元そのものが、段違いに上がっていた。

 数日前のミッション………泉の力ではない。


 それは、正体不明の力であった。



 「んー、わかんないんだよ、俺も。けど、今スゲェ頭がスッキリしてる。何を考えても無限に思考が続くし、身体だって全然疲れない。良ィ気分だ………」


 「っ………………」




 ギラついたコウヤのその目に、ラビは僅かばかりの恐れを抱いた。

 不安で塞がれた口が、続く言葉を出すことを許さない。

 しかし、目だけは訴えていた。


 何かがおかしいと。

 何かがマズいのだと。


 確証はないが、確信はあった。

 だが、止める選択肢もない。



 不安だろうが、少なくともその力があれば、レギーナを助けに行けることは目に見えていたからだ。

 



 「………コウヤ、急ごう。ワタシがここに来たのは、コウヤを早くレギーナのところへ連れて行くためだ。」


 「なっ………1人で戦ってるのか!?」


 「うん………時間を稼いでくれてる。でも、きっと長くは保たない」


 



 だから、と。

 急かそうとするラビの言葉は、その一太刀の巻き起こす暴風にかき消された。


 死体は宙を舞い、つい一瞬前まで幼体であったその塊は、原型すら留めることなく命を散らしていった。

 逃げることすら意味もないと思わせるその一撃は、幼体たちの足を一斉に止めたのであった。



 「………………!!」



 ラビが言葉を失う中、コウヤは大樹の上を睨んで立っていた。

 やがて目つきが戻る頃、ほっと小さなため息をついたコウヤは、残りの幼体どもに足を向け、ラビに一言残した。




 「急ごう」


 「あ………………わ、わかった!!」




 不安が吹き飛ぶほど、今その力にラビは頼もしさを覚えた。


 見えない不安よりも、目に見える希望に縋ってしまう。

 それを滑稽だと思う心がラビにはないわけでもない。


 それでも、あの化け物(ベルゼビュート)の力を目にしてしまっている以上、その心もどうでもよくなるほどに、今のコウヤには強い魅力を感じていた。

 


 (これなら、もしかして——————)




 まるで英雄でも見るような期待の込められた眼差しで、ラビはコウヤを見つめた。

 頼もしいその後ろ姿には——————










 


 





 「——————」








 刹那の後、風穴が空いていた。



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