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第1326話


 「ただいまー………うお! 変わってる!」


 「おう、お帰り」



 狩りを終えた二人が拠点に帰ると、様子が一気に変わっていた。

 狭い空洞が広がり、家具や寝具がより快適なものになっていたのだ。



 「模様替え完了だ。下で模擬戦やってた穴使うのも良かったんだけど、流石にボロボロだったから思い切って改築したんだ。どうよこれ」


 「すげー!! お前やるじゃん!」


 「あたりめぇよ!!」




 新居にキャッキャと騒ぐ二人。

 そしてそこには、当然の様にレギーナの寝具や食器も置かれていた。




 「これは………」


 「いやぁ、流石に女の子をいつまでも藁のベッドで寝かせるってのもね。気に入った………ぉおおおお!!」


 「ありがとう! とても、とても良い!!」




 手を握られて雄叫びを上げるコウヤと、今までなかった程に喜ぶレギーナ。

 なんともカオスな状況だが、しかし微笑ましい光景ではあった。




 「そ、それで、今日の成果は?」


 「ああ、まずレギーナが瞬殺したレッドドラゴンと」




 再びコウヤは拗ねた。

 部屋の端で体育座りを始めた。




 「ラビ………………そなた………」


 「そ、そんな傷になってるなんて思わないだろ!!」




 そう言いつつも、流石に罪悪感が湧いていたラビは、バツが悪そうに部屋の隅に歩いて行った。


 どうしようかと若干上の空になりながら、もたもた歩いていると、




 「………?」

 



 何かやわらかいものを踏んだ感触があった。

 靴越しにでもわかる嫌な感触にゾッとしながら足の裏を見ると、ネバっとした何かが靴底にへばりついていた。




 「うげ………コウヤ、なんか妙な洗剤でも使ったのか?」


 「………いや、俺は別に………………なんだそれ?」




 見覚えのない汚れに気づいたコウヤは、張ったままそこで近づいた。

 すると、



 「うっ………………なん、これ………生臭ぇ………」



 床の近くに顔を置いていたコウヤは、いち早くその異臭に気がついた。

 異臭。


 それはゆっくりと部屋中に充満していき、幸せそうに布団を眺めていたレギーナが気づくのにもそう時間は掛からなかった。


 その匂いは、生き物の匂いだった。

 魚ともまた違う独特なもの。

 例えようのない臭いだが、逆に言えばわかるものならそれだけわかる個性があった。



 コウヤは知らない。

 ラビも知らない。



 だが、レギーナは知っていた。


 それは、この場所のずっと下に大量に存在したもの。

 それを潰したせいで、レギーナは追われたのだ。



 何に?



 もちろん、答えは一つ。





 「っ………………まさか………っ!?」





 それは元は小さな粒だった。

 しかし、レギーナが全て片付けた筈だった。


 それは否定しない。

 “あの時” 、レギーナは間違いなく全て破壊した。


 だが、まだ残っていたのだ。

 小粒が………………ベルゼビュートの卵が、コウヤではなくレギーナ自身に。



 これは、それがさらに大きくなった姿である。




 「「「!!!」」」




 迫り来る恐怖の権化。

 悪魔の権能は、3人の恐怖心を煽った。


 それ故に、気配がなくとも理解できる。


 ベルゼビュートが迫っている。




 「わ、私の失態だ………」




 そう言うと、レギーナは拠点を飛び出そうとした。




 「待て、どこ行く気だ?」


 「………食い止めなければ………ここは何としても守りたいのだ!」


 「いや、ちょっと遅いかもだ」




 後退りするコウヤの前に、透明な卵が湧き出ていた。

 コウヤの前だけではない。


 ラビが踏み潰したのをきっかけに、幼体と卵はどんどん姿を見せ始めていた。




 「ベルゼビュートは3人が揃うのを待ったんだ。そして、枝の中にゆっくりと卵を送り込んでいた。この状況はそのせいだ。凄いなレギーナ。あのベルゼビュートにここまでするほどの脅威と認定されてるみたいだぞ」




 既に退路は立たれた。

 地面を掘ろうが天井を掘ろうが、そこから幼体が湧いてくるだけ。

 時間をかけて作られた罠は、物理的に3人を追い込んでいた。




 「実際問題、今から脱出するのはどうなんだ?」



 コウヤは剣を取り出して、近づいてくる幼体を切りながらラビに尋ねた。

 この中で最も広範囲に攻撃が可能なラビの見解を聞いておこうと言う考えだが、そこにまるで期待はなかった。

 それこそ安全に逃げ切れる可能性は万が一。

 そして、予想通り買ってきた答えは、一の方ではなかった。



 「いけなくはない。戦闘能力自体は備えてるけど、瞬殺は可能だ。でも、どうしても時間は喰うからな、みんなで出た頃には、ベルゼビュートは来てると思うぞ」


 「あちゃー。そりゃキツイわ」




 希望のない会話だ。

 それなのに、悲観している様子はまるで見えなかった。

 レギーナは、それが不思議でならなかった。



 「そなたら………」


 「絶望顔してる暇ないぞ、レギーナ。こうなった以上、ワタシたちはベルゼビュートと戦わざるを得ないんだ。コウヤさえ強くなれば勝機はあるんだから、まだ諦めるな」


 「お、しらねぇぞそんなこと言って。もうめっちゃ拗ねるからな、俺」



 確かに、勝機自体はある。

 必要な戦力の一例は、レッドドラゴンを倒せるレベルの冒険者3人。

 それは彼女も理解していた。

 コウヤさえ倒せる様になれば勝機があると言ったのは、他でもないレギーナ自身なのだから。


 だが、それはフルパワーの時の話だ。

 修行終わりで魔力も体力も削れている今、コウヤどころか3人とも基準は満たせていない。




 「………………無理だ。それは、我々全員が全快であればこそ。消耗してしまっている今、挑んだところで勝ち目は………」


 「だから、これから休憩をするんだ」




 枝に触れるラビ。

 そう。

 逃げ道はたった一つだけある。


 きっと出た頃にはそこにベルゼビュートが待ち構えていることだろう。

 だが、それを覚悟で休息を取るのならば可能だ。




 「ここの枝をゲートにする以上、完全に破壊されれば否応なく放り出される。幼体の様子から見て休憩できてせいぜい10時間程度だ」


 「そなたは何を言っているんだ!!」


 「これからここに、ダンジョンを作成する」




 バチバチと音を立てながら魔力が弾け、周囲に陣が形成される。

 それは、ダンジョンのゲート作成の合図。


 この場はこれより、生物迷宮の入り口となる。




 「決戦は10時間後。それまでに、準備を整えるぞ」


 「待て、何を——————」




 そして3人は、その場から一瞬で姿を消した。

 

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