第1320話
レギーナは妙な女であった。
家事一切まるでこなす事が出来ないと思ったら、食事等の作法については、素人目で見ても完璧であった。
使用人なんかがいるようなお嬢様であることは明らかであったが、しかそ比較対象がルージュリアであったため、あまり参考にはならなかった。
だが、それ以上に2人が関心を持ったのは、その強さであった。
細剣使いの彼女は、明らかにこの2人を凌駕する速度を持っていた。
ステータスの割り振りを異常なまでに速度へ割り振っているのだ。
しかし、本人に聞いても、
「これがかっこいい」
と、中身のない回答が返ってくるばかりであった。
そして、どこまでも強さに貪欲であった。
知らない戦法があれば目を輝かせて尋ねるし、強い敵を見つければなりふり構まず戦いに赴く。
当然、ベルゼビュートとの再戦も望むところであった。
しかし、これに対して1人で戦いたいかと聞かれれば、返答はNOであった。
勝てない敵を見極め、自重する事は出来るらしい。
自制のきく部分と聞かない部分の区分がなんとも難しい。
ますます妙であった。
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ある日の夕食。
その日の夕食もまた、賑やかであった。
「おいコウヤ!! お前だけ肉多くないか!?」
「やかましい!! 配分は料理人の特権ですよ!!」
ギャーギャーといつも通りはしゃぐ2人。
そんな2人をよそに、黙々と、というかもぐもぐと一心不乱にレギーナは肉を頬張っていた。
「おいレギーナ。お前はこの暴挙を許す気か」
「もごもご」
ラビは全く聞き取れなかった。
しかし、どうやらコウヤの皿に積まれた肉には興味をしめしていないらしい。
「お前、随分変なやつだな。この肉に興味ないなんて」
コウヤの隙を窺いながらラビはそう言った。
とうの本人というと、キョトンとした様子で聞いている。
「肉如きで変とか言うんじゃありませんよ迷路ちゃん」
「じゃあよこせ」
「むりぃ」
拳を交わすコウヤの横で、大量に頬張っていた米を一気に飲み込むレギーナ。
そして遅れて返事をした。
「そうか?」
「いや返事のタイミングよ」
「そうか」
確かに、肉云々は関係なしに、この会話だけでも変ではあった。
よく言えば、いやかなり良く言えば取り繕っていないと言えるが、悪く言えば会話の協調性がない。
どこか浮世離れしていると言って良いだろう。
と言っても、思考回路がまるで読めないというわけではないことは、2人ともこの数日で理解していた。
口よりもまず体が動く。
そんな性格である。
要するに単純なのだ。
「そなた達も十分変わっているだろう。いきなり現れた私と寝食を共にしているのは、警戒心が足りておらぬのではないか? 気をつけよ」
「誰が言ってんだよ大賞をあげよう。はいゴボウ」
「む、頂こう」
「頂こうじゃねーよ。残すなバカ」
自然流れで嫌いなものを押し付けるラビをすぐさまコウヤは止めに入った。
そして特にリアクションがないのだから、やはりレギーナは色々と抜けている様ではある。
「でも青髪ちゃん、強い奴と戦った時は急にテンション上がるよな」
「唯一の娯楽故な。しかし、少し誤解しておるな」
「誤解?」
オホン、と。
咳払いをし、少し真剣な雰囲気を醸し出す。
妙な緊張感に、2人とも背筋が伸びていた。
「戦う事はあくまで過程に過ぎぬ。私は、強くなる事それ自体を楽しみとしておるのだ」
「あー、経験値が溜まるから楽しいって事?」
「そう受け取ってもらって差し支えない。金を稼ぐ事を楽しみにしておる者と似た様なものだ。強さが手元にある事自体に、私は幸福を覚える。己を研鑽したいだとか、他者の打ち勝ちたいだとか、そういうものではない。ただ力が欲しいのだ。もっと………もっと………」
病的なまでのその眼差しは、どこか引力めいたものがあり、2人はつい聞き入った様子であった。
同意できずとも共感や理解がある。
それはきっと、この2人に限ったことではない、と、話を聞きながら2人ともそう思っていた。
「まー確かに、財宝溜め込むだけ溜め込んでおいて全然使わないやついるもんな」
「うむ。それ故、私はあのベルゼビュートめはなんとしても倒したい。あくまで勘であるが、倒せば何かありそうな気がするのだ」
「「………」」
目を伏せていたレギーナは、コウヤ達の間に交わされた視線には気づかなかった。
2人は何も言わなかった。
その勘があたりかどうかの解答を、ここで今知る方法があるが、それについては流石に教える事は出来なかった。
だから、今視線を交わし、一つの決め事が締結された。
報酬の有無については、2人とも攻略本で調べないでおこうという暗黙の了解が作られたのだ。
「そなた達はどうなのだ」
「ん?」
「何故修行する。少なくとも、目標はあるだろう?」
目標、と聞かれて2人の脳裏には、同じものが思い浮かんだ。
そうだ。
明確な目標が2人にはあった。
「倒したい奴がいる」
「そういう事」
2人は揃ってそう言った。
倒すの度合いに多少ニュアンスの違いがあるのは、お互い理解するところ。
だが、同じ敵に撃つ勝つという点では、2人は共通していた。
そして、それを口にした時の声色には、同じくらいの熱量が込められていた。
「良い事だ。明確な目標があるというのは良い。何事も原点無くしては脆いものだ。忘れてはならぬぞ」
「おぉ。なんか深い」
「ホントにわかってんのか、迷路ちゃん」
呆れた様にコウヤはそう言う。
が、
「私は、どちらかというとこの言葉をそなたにこそ覚えておいて欲しいものだ、コウヤよ」
「ん? 俺?」
「うむ。そなたは先日、私に何故強くなったのかを問うたであろう。原点を忘れないというのは、一つの解答だ」
ビッ、とコウヤの額に人差し指を置くレギーナ。
すると、
「原点。そう、だれしもそれがある。それは人にとっては大抵は何も持たぬ時期であり、弱き時期でもある。成長する以前、強さを目指し始めたその始まり。赤子の時代。それが原点だ」
指は次第に、コウヤの傍にある攻略本へ向けられた。
「人は何も持たぬが故に渇望する。故に原点は弱くもあるが同時に何よりも強い想いを持つ。だからこそ、忘れてはならぬ。強さを得た今、お前が原点の心を得れば、強い肉体に強い心が宿るだろう。思い出すのだ。お前がその力を高めようとした時の事を」
「原点………」
思い出すのは、ストルムで1人行っていた修行。
そう、あの時コウヤは自身のルーツに立ち返り、能力の性質について考え、新たな力を得た。
それはつまり、原点を意識したということ。
原点………あの時は、自分に残ったわずかな記憶をそうだと判断した。
それを頼りにその本の性質を知ったからこそ、コウヤは能力についての理解が深まり、結果神威を強化させることが出来たのだ。
だが、またそれを忘れかけていた事実は否めない。
強くなることを望むあまり、目の前にある修行だけに飛びついていたことに、コウヤは気づかされ、ハッとしていた。
「………………ん? ああっ!? テメ………俺の肉が!!!」
攻略本を指していた方と逆の手で、レギーナはコウヤの皿から肉を奪っていた。
どうやら隙を窺っていたらしいと一瞬感心するも、すぐにコウヤは我に帰った。
そしてレギーナはというとこれでもかというほど頬張っていた。
「ちくしょう!! 育ちの良さは錯覚か!?」
「もごもごもごもごもごもごもご」
そしてまた目にも止まらなぬ速さで端を動かしていた。
「こいつ、良いこと言ったと思ったら!!」
「うぉっ!? ワタシの肉もない!? レギーナお前このヤロー!!」
普段通りに戻るコウヤ。
しかし、今の話は確実にコウヤの中で変化を起こしていた。
それが良い方へ転ぶか悪い方へ転ぶかどうか、それは、全てコウヤ次第である。




