第1317話
「うおぉ、みんな一目散だな」
「うん、ワタシ達に見向きもしない」
普段人を見ればすぐに襲いかかるユグドラシルのモンスターたちが、それから脱げるために、上へ上へと逃げていく。
異常事態だということは、誰の目にも明らかであった。
「でも、それっぽい気配はないよな」
目を瞑り、魔力を集中させるコウヤ。
探知機能を拡大し、より奥を探るが、特にこれと言って強い魔力を感じるということはなかった。
魔力探知に引っかからない以上、探すのも困難な話だ。
モンスターであれば、そこに止まるとも限らない。
慎重に探しつつも、行動を急がなければならないその難儀な状況に、正直2人も頭を抱えていた。
「参ったな………」
「魔力がないタイプのモンスターかもしれないぞ。サイクロプスの変異種とかは、実際魔力なしでも強いしな」
「それもこれも、見てからのお楽しみってことか。でも、」
「………ん?」
見つける以前の問題の発生に、コウヤは気がついた。
ラビは惚けるような顔をしているが、しかしそれが誤魔化しだということはコウヤも気づいている。
「お前、また休憩せず戦ってただろ」
「へへ、バレたか」
「馬鹿野郎。銀髪ちゃんにドヤされんぞ。探索は一旦中止だ」
「えー?」
コウヤがタオルを渡しながらそう言うと、口を尖らせてブーイングするラビ。
強がってはいるものの、疲労は決して小さくはない。
絶えず流れる汗は、少なくとも身体が休憩を求めている証拠であった。
だが、精神が十分成長せず、そのまま大きくなってしまったラビは、自制以上に好奇心が優ってしまっているのだ。
「じゃあさ、もうちょい行こう。近くにいる気がする! 多分!」
「ばーか。休憩してからの方が長く探索できるっての。いいから休め」
「違う、そうじゃない。行くのはワタシじゃない」
そう言うラビの傍に突然、手のひらサイズの小さなゴーレムが現れた。
「こいつは?」
「チビ蔵だ。ゴレ蔵の子機みたいなもん。こいつを」
ガシッと、その小さなゴーレムを掴むラビ。
すると、
「こう!!」
そのまま真下に思い切り投げ込んだ。
「うおっ………いいのか!?」
「大丈夫だ。チビ蔵は360度全方位に目がついてる。高速落下中にそれらしい影があればすぐに——————」
ブツん、と。
ラビは、糸が切れた様に倒れ込んだ。
「おぉ!?」
「!!」
咄嗟に支えようとコウヤが手を出すが、ラビはすぐに体勢を直した。
「おい、どうした!?」
「いや悪い、視界共有が急に切れた」
また無理をしているのだろうと訝しんでいたコウヤだったが、様子があまり変わってないのでホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし、むしろ未だ怪訝そうな顔をしているのは、無事であったラビの方だった。
「何かいたのか?」
「いや、何も……………何もいなかったのに、突然壊れたんだ」
「何——————」
尋ねた様としたその瞬間、今度はコウヤが血相を変えた。
探知範囲に、突如何者かの気配が入り込む。
そしてそれは、急激に2人に近づいていた。
「迷路ちゃん、構えろ!! 下から何かが、ぁ」
見慣れぬ人影。
登ってきたのは、人。
手のひらを2人に向け、魔力を循環させている。
すなわち、魔法の準備だ。
「………チッ」
「!!」
先に気づいたのは、コウヤ。
気づいたというのは、現れたかどうかとか、正体がなんだとかではない。
それは単に魔法の話。
エルフであるコウヤは、その人影がむけてきた魔力が、どういうものかをいち早く察知した。
「コイツ………!!」
「待て、迷路ちゃん!!」
その瞬間、2人は白いオーラを纏った。
これは、強化一級魔法。
クインテットブーストだ。
「さっさと逃げろ」
「アンタ、は——————」
身体は、それを察知した瞬間、上へ飛び跳ねていた。
コウヤだけではない。
ラビもまた、間髪入れず、上の枝へ飛んでいた。
逃げる様に。
そう、さっき2人が見た、モンスターの様に。
再び下へと飛び降りていく人物に対してではない。
それならば、察知した瞬間2人は逃げていた。
問題の敵はその下。
恐怖と好奇心が入り混じり、2人は吸い寄せられる様に下に目を向けた。
そして、奴を見た。
見られた。
恐怖した。
——————後悔した——————
「「 っ」」
——————でも、呑まれなかった。
あれは半分はハッタリだ。
恐怖を与える性質を持つモンスター。
故に、必要以上に怖がってしまった。
しかし、それはつまり弱いというわけではない。
少なくとも、竜が一目散に逃げることを、嫌と言うほど理解できる程度には、規格外の敵であった。
ランクは間違いなくSSS。
その敵の正体は、悪魔。
網のようなその複眼と、蝿の様な翼を持った人型の黒い悪魔。
「御伽話だけじゃなかったのか………あれは」
名を、ベルゼビュートと言う。




