第1315話
「うぉっふぁああ!?」
首元に手を当て飛び起きる。
これで数度目の死。
割り切っていても襲いかかる恐怖と共に追って来た安堵が、強張った身体をすぐにほぐしていった。
「はあぁあぁあ、疲れた………」
ぐにゃぐにゃと身体の力を抜きながら、というか抜けながら、木の枝にベッタリと寝そべるコウヤ。
あれから数日、同じ敵を相手に何度も戦い挑んでは負けるのを繰り返していた。
「疲れたって、体は動かしてないだろ」
「む?」
枝の下から飛んできた人影に、コウヤは目だけを向けた。
そこには、汗だくで帰って来たラビが倒れているコウヤを見下ろしていた。
「あのねぇ、迷路ちゃん。心も疲れんの。こちとらぶっ殺されて戻って来てんだぜ? で、どうだった?」
「昨日のノルマは超えたぞ。ふふん、ワタシは着実に強くなってる」
自慢げにそう語りながら、モンスターから抜いて来た牙をその場に落とし、戦果を報告するラビ。
コウヤが泉で戦っている間、ラビは少し離れた場所に行って、モンスター相手に経験値を稼いでいた。
これまで彼女は、同行していた流達や敵視していたころのコウヤの事など、様々な悩みの種や問題があったために、集中して訓練することができなかった。
しかし、気兼ねなく鍛えることができる今、その実力をメキメキと伸ばし始めていた。
だが、
「かー、これでまたお前と差が開いちゃったな」
得意げにするラビの裏で、コウヤはそんな愚痴をこぼした。
「そう拗ねるなよ。お前はワタシと訓練してる間、どんどん記憶が戻って力の使い方を取り戻してるだろ」
「そうでもなくなってきたから拗ねてんの」
開いた攻略本でコウヤは顔を隠した。
おちゃらけながらも、妙な焦燥感に駆られている事は、ラビもどこか気づいていた。
だが、あえて何か言う事はなかった。
「んじゃ、今日も付き合ってもらうぜ、迷路ちゃん」
こんな風に、本人が何事もない様にしてくる以上、ラビは見守るのに手する他ないと考えたのだ。
まだ何か手出しをする段階にないと。
だから今日も、いつも通りに接するだけであった。
「えー、ちょっと休憩させろよ。レディを気遣わないからいつまで経ってもモテな」
「うるせぇな!!」
————————————
朝はコウヤとラビが揃って経験値を稼ぎ、昼はコウヤだけが泉に、ラビは継続して経験値を稼ぐ。
そして、夕方から夜にかけて、2人で訓練をする。
この数日、2人は戦い漬けであった。
暇さえあれば、戦いに明け暮れていたのだ。
そして現在、夕方。
茜色の光が僅かに差す枝の上。
いつも2人は、ここあたりで光が消えてしまうまで戦っていた。
ここで戦うのも、2人にとってはもう慣れたもの。
しばらく戦ううちに、コウヤもだいぶ戦いの記憶を取り戻してきていた。
「今日も一本勝負を何十本でいいな?」
「ああ。よろしく」
これは2人の中でのルールであった。
無闇に模擬戦をするのではなく、当て止めで一本とった方が勝ちというルールにする事で、怪我をするのを防いだのだ。
「どうだコウヤ。昔の記憶は戻りそうか?」
「さっぱり。なんかもう無理な気がしてきた。それに、力の方もだいぶ戻ったからか、最近は打ち合っても殆ど変わんないんだよね」
「そうかー」
軽々と、以前より滑らかに変身を行うコウヤ。
成果は確かに出ていた。
だが、先ほどの態度を見ればわかる通り、昨日今日あたりで、行き詰まりを感じ出していることもまた事実であった。
「例の“一番重い本棚” にある本は、一冊でも開そうか?」
「てんでダメだ。うんともすんとも言わねぇ」
コウヤの精神内に存在する書庫。
コウヤは、そこにある本を読み込む事で、様々なジョブに変化できる。
だが、本には重さがあり、強い力であるほどに重くなっていく。
神威をより使いこなし、また力を理解するほど耐えられる重さが増えていくのだが、それが最近はあまり成長できていない。
打ち止めというのはそういう点だ。
「じゃあもう、火事場の馬鹿力作戦だ」
「ん………?」
武装をし、背中に翼を生やすラビ。
憑依召喚。
自身が有するモンスターの姿を憑依させ、その能力を得る生物迷宮の特殊なスキルだ。
「行くぞッ!!」
「え、ちょっ、待………」
上空へ飛び上がったラビは、そのまま落下する勢いでコウヤへと突っ込んでいった。
慌てふためきながら、慌てて本を開いたその直後、
「!!」
黒い忍び装束で身を包んだコウヤが、いつの間にか飛行するラビ背後へと回っていた。
が、
「………見えてた?」
「当然」
コウヤのクナイを後ろに回した手で受け止めていたラビは、身を捻りながらコウヤを弾き飛ばした。
上空へ放り出されるコウヤは、いつの間にか、その手に弓を携えていた。
しかし、姿に変わりはない。
コウヤはシノビのまま、アーチャーの弓をもっていた。
「………………照準、セット」
呼吸を落ち着け、魔力で弓を生成。
体感1秒を、何倍にも引き延ばすほどの凄まじい集中の中、気流とラビの動きを読む。
距離が離れているので、乱射は有効ではない。
故に一本。
本気の一本を矢に込める。
そして、弓を引いた。
「弓遁・五月雨」
合技。
それは、複数のジョブの技を、組み合わせ放つ、コウヤの新たな技。
シノビの持つ影分身と空蝉。
そしてアーチャーの射撃を喰らわせたこの技は、
「!?」
本気の一本が、無数の増殖する。
瞬く間に、ラビの視界は矢に覆われた。
「げっ、シノビとの合わせかよ!!」
「お前これ嫌いだろ!!」
この技は全てが幻影であり、全てが本体。
実態が幻影のある場所へ自在に移動可能であり、幻影に触れた瞬間矢が瞬間移動し、突如実態を持つ。
実質回避不能な技。
だが、
「——————召喚」
「は」
空間を覆い尽くす巨大なゴーレムが、幻影ごと矢を飲み込んだ。
矢は特段貫通力を失ったりはしないが、肝心の幻影は消えた。
そして、視界も塞がれてしまった。
「いやズルっ——————っ!?」
人影、左奥。
僅かに動いたその影を、コウヤは見逃さなかった、が、それはもう、コウヤの目の前に来ていた。
しかし、同時に違和感も察知した。
神威がまるでない。
そして、その気配もラビのものではなかった。
つまり、身代わり。
それを理解し、魔力探知を広げた時には、もう既に致命的であった。
背後から迫る人影。
今度こそ間違いなくラビだ。
そう、目の前にいるのはラビを模したゴーレムだった。
(ああ、負ける)
そう思った瞬間、コウヤの意識は、自然と書庫へと潜った。
がむしゃらに、必死に。
いつまで経っても持ち上げられない本へ手を伸ばし、今日こそはと力を加えるが——————
「はい、終わり」
一本。
結局今日も、コウヤは新たな力を得る事なく、一本を取られてしまった。




