第1314話
念のため、古代魔法で契約を結び、危害を加えない様制約をかけて、治療を行った。
回復魔法は無事効いた。
やはり、本体は限りなく人に近い。
いや、感覚では人そのものだった。
さて、
「もう敵対しちまったんだし、ぞんざいに扱ってもいいよな?」
「オイラの身ぐるみ剥いじゃいやん」
「皮ごといってやろうか」
「おいおい、“俺” は魚かよ………まて、ナイフはやばい」
落ち着け。
どうでもいいことで殺すのは流石に勿体無い。
ゆっくりと深呼吸をするんだ。
………………
「………………気づいたことがあンだけど、言ってもいいか?」
「ダメ」
「お前を殴ってる時に分かったんだけどよ」
「言うのかよ」
そう、最後の最後、殴った時。
それはつまり、初めて接近した時のことだ。
今まではぼんやり透けていたり、サイズも不安定だったりで気づかなかったが、本物を見てあることに気づいた。
「お前の体格、身長、丁度コウヤと同じくらいだな」
「………」
「前々から妙だとは思ってたんだよ。名前を恥ずかしがって呼ばない癖だったり、今さっきだって一人称が急に変わりやがった。オイラなんてふざけた一人称はお前の他にいないわけじゃねぇけど、少なくとも、お前のはキャラ付けだ」
俺は座っているゲロさんの前にしゃがみ込んだ。
額から、汗が流れる。
俺は、柄にもなく緊張しているのだ。
口もカラカラで、鼓動も早い。
だが、俺はそれを外すべく、手を伸ばした。
「っ………………」
その面、顔だと今まで思っていた仮面を、俺は驚きのあまり落としてしまった。
乾いた音だけが、しばらく響いた。
そして、音が消えた頃、諦めた様に笑って、ゲロさんは口を開いた。
「バレちゃった、な」
声色が、変わっていた。
知らない声ではない。
俺もよく知る声、よく知る顔だ。
その驚きは、言うまでもない。
呼吸を忘れ、言葉を落とし、俺は目を見開いてその真実を目の当たりにした。
「ゲロさんって名前、意味はしらないけど、でも発音はコウヤの故郷のものなんだと」
「………ああ。日本語の発音だ」
「エイゴとニホンゴ、だっけか。俺本来の名称は、管理者によってエイゴで名付けられ、あだ名はかつてのコウヤにニホンゴで名付けられた」
仮面の砂を祓い、その内側に書かれた英語を、ゲロさんは俺に見せてきた。
「俺の名称は、ゲームプログラマー・ローカルサポートエンジン。中の文字を抜いて、あいつは俺にゲロさんってあだ名をつけたんだ。あいつ………ゲームプログラマーであるコウヤと俺を区別するための、わかりやすいあだ名を」
ああ、同じだ。
コウヤの声で、コウヤの顔だ。
リンフィアの偽物の時とは違う。
こいつは正真正銘、こういう姿を持って生まれた存在なのだ。
「俺“たち”は、あいつを目指して作られた後、失敗作としてサポーターに降格された。結局、完成系は作られなかったんだけどな」
「じゃあ、なんでこんな所に………」
「俺はプロトタイプさ。基準であり、最も古い型。それ故に後続が作られてしばらくしたら、ここに捨てられたのさ。シミュレーションルームも、同時期に不要になったもんでね。以来俺は、ここの肥やしになってるわけ。同意無しに戦えない欠陥品なんて、使いようもないだろ?」
シニカルに笑いながら、ゲロさんはそう言った。
人間らしく、自虐と悲観の籠った言葉だった。
「そう言うわけだ。殺してくれていい」
「やけに潔いな。どう言う心境の変化だ?」
「心境は変わんないさ。ただ、俺は今、可能性を目にしたんだ。お前のその現実を書き換える能力………それがあれば、生物迷宮の少女を犠牲にせずとも、コウヤを救えるかもしれない」
俺は剣をゲロさんの首に当てた。
観念した様に、奴は目を瞑っている。
死の恐怖はあるのだろう。
額から出る汗と、わずかな呼吸の乱れは、紛れもなく恐怖から出るもの。
落とし前、のつもりだろう。
ならば、
「ここでいいのか?」
「?」
「テメェの命の使いどきは、ここか? お前、今更手ェ抜く気かよ」
「っ………………………違う。でも、俺は………っ」
しゃがみ込んで顔を覗き込むと、そこに葛藤が見えた。
ここで責任を取るか、最後までコウヤを守り切るか。
だが、その二択で迷っていること自体が気に食わない。
だから俺はこう言った。
「勘違いすんな。ここで無意味に死ぬことが手抜きっつってんだ」
どちらかで迷うなら、どちらも取らせるまでだ。
「落とし前つけてぇンなら、価値のある死に方をしろ」
刃を鞘に納め、俺はゲロさんの首筋を軽く叩いた。
これでいいだろう。
いや、これがいい。
様々言い訳を吐いたが、結局俺は殺せない。
俺があの時リンフィアの偽物を殺せなかった様に、俺は、こいつを殺すことは憚られる。
少なくともこいつは、コウヤのために行動をしていたのだから。
「………いつも、敵に手を差し伸べてんのかよ」
「まさか。俺は合理主義なんだよ」




