第1312話
挑発をして反応を見たが、本体が動く様子はない。
どうやら、動かせないらしい。
それならば都合がいい。
俺はただ、目的地に向かえばいいだけなのだ。
「お前まさか………………“俺” の本体を………………!?」
挑発にはデメリットがないわけではない。
現にこうやって、俺が何をするつもりなのかバレてしまった。
しかしそれでいい。
俺が取れる行動はあまり多くない。
俺が強化すればするほど敵が強くなるのであれば、上限まで強化しきってしまった場合、確実にスタミナで競り負ける。
だからこその4歩。
一歩踏むごとに強化レベルを上げ、向こうがそれに対応する前に手を破壊し、前に進む。
それを五度繰り返せば、歩幅的に目的地へ辿り着ける。
これは賭けだ。
練習なしのぶっつけ本番。
一度きりしか出来ない。
だが、必ず成功させる。
「気づいたんなら守ってみろ。そら、行くぞ」
——————2歩目。
強化二級魔法・カルテットブースト。
そして、魔法をまとった百乱が、迫り来る腕を悉く斬り裂いた。
「くッ………」
「む………」
ようやく危機感を覚えたのか、手の動きがやけに慌ただしい。
そしてやはり、俺の強化に追いついている。
武器の強度と手の速度がまるで段違いだ。
いや、それだけではない。
何か、また様子がおかしい。
慌ただしく動いてはいるが、手の群れはモゾモゾと奇妙な動きをしている。
すると、
「」
ぐにゃり、と突然液体の様に手が溶け出し、消えていった。
着地と同時に剣を構えて、絶えず警戒をする。
——————突き刺さる、これは敵意。
背後より、気配が突然に生まれた。
今度は人だ。
それも、かなりの手だれを2人………いや、振り返るうちにもう3人。
5人が俺を取り囲んでいた。
考えたな。
これではさっきの様に、隙間云々で一掃されない様、人数を絞って来た。
「全員お前とほぼ同等のステータスだ! これで………………っ!?」
いいや、問題ない。
同等程度であれば、余裕で捌ける。
「動きの系統が同じだな。うん、やりやすい」
癖も思考も同一のもの。
どうやらその辺り妙な人間性を残しているらしい。
故に、躱すも逸らすも一切問題はない。
視線、魔力探知、思考加速。
動きの予測と、リアルタイムでの探知を合わせ、敵の動きを把握する。
剣の来る場所に俺の剣を、魔法を、そして逸らして受け流した敵の剣を置き、敵の動きを乱す。
踊る様に軽やかに、そして次を見据えて最小限に。
身体が軽い。
先日のミッションのお陰だ。
武道大会の時よりもさらに向上した身体能力は、俺の思考に無理なくついて来れる。
以前は剣を受け流すだけでもかなり反動が来ていたが、今は違う。
数ヶ月の苦労など忘れてしまうほど、余裕も余裕だ。
無限に続けられそうな気もする。
しかし、この場合その余裕は危険だと断言できる。
俺の戦い方を学習したゲロさんが、対応を変えて来た。
「だったら………」
「うぉあ!? キメェ!?」
にゅるん、と。
前面から口が出て来た。
これまためちゃくちゃ気持ち悪い。
と、鳥肌を立てていると、
「こいつはどうだ」
「!」
周囲の口が詠唱をしている。
なるほど、魔法か。
確かに、これなら受け流したところで全ては消せないし、全方面隙間なく攻撃が可能だ。
が、
「んじゃ、キモいから普通に逃げる」
「んなっ!?」
さらに強化を施し、3歩目。
強化は1級。
その一歩は、確実に本体へと近づいていった。
しかし、妙だ。
あの口、何故詠唱なんかしているのだろうか。
無詠唱で放てばいいものを。
………いや、違う。
まさか、
「そうだ、撃つ気がなかっただけだ」
「テメェ………!!」
空中。
足場のない場所に放り出されている俺の周囲を、再び壁から飛び出した口が囲んでいた。
そして、今度は詠唱はない。
その地点から既に、無詠唱による術式が構築されていった。
「これで——————」
「惜しい、俺じゃなかったらよかったのにな」
パチン——————
洞穴に、高い音が響く。
そしてその刹那、周囲からガラスの砕ける様な音が、追って鳴り響いた。
霧散していく魔力と、構築されるはずだった魔法は、ゆっくりと消えていった。
術式破壊。
構築されかけていた術式に命令を運び、魔法を破綻させ、無効化する。
神の知恵ありきの俺の得意技だ。
「あらら、残念」
「お前、一体どれだけの引き出しが………」
「さてね。でもいいのか、ゲロさんよ。俺、もう目の前に来てるぜ?」
「っ!?」
少し遠いが、見える。
古い扉の奥だ。
あそこに、こいつの本体が隠れている。
「案外呆気ねぇな。真面目にやれよ」
「言われなくても………………!!」
最後の一歩。
これで一気に突っ込む。
さてどうする?
部屋を守るか?
それとも今まで同様俺に攻め入るか?
攻守どちらを選んでも突破するつもりだが、正直見ものだ。
好き勝手できるこの部屋で、一体何をしてくれるのか。
今後の戦いの参考にするためにも、変わり種をみたいところではあるが、
「これだけは、するつもりはなかったんだけど………」
「? 今度は何を——————」
それは、誇張でもなく、最悪と言っていい一手であった。




