第1305話
「は?」
待て待て待て。
知恵の神じゃない?
いや、どういう事だ?
「いや、だってアンタ………」
「知恵の神………? 俺も色々と神の知り合いはいるが、そんな奴に覚えはないぞ?」
「!?」
わけがわからん。
まさか、予想よりずっと昔なのだろうか。
知恵の神と呼ばれる以前のものなのだろうか。
しかし、元が人間とは思えない。
だったらわざわざ名付けなど頼まなくても、元の名前を使えばいいだろうに。
「じゃあ、アンタは………!?」
「お前も多分、名前くらいは聞いた事があるはずだぞ。どうやってかは知らんが、間違いなく、それは俺から受け継いでいるはずなんだからな」
そう言われても——————
………いや、違う。
違うんだ。
思い浮かばないわけじゃない。
単に、結びつかないのだ。
その人物は、あまりにも俺のよく知る男と違っている。
口は悪いながらにも穏やかな口調と、他人に多少なり気を使う性格、何よりその顔つき。
全てが一致しない。
だが、それが意外の全てが一致する。
俺によく似た力を使っている事、考え込む癖、そして何より、この部屋に現れた事が、何よりの証であった。
聖 秀明。
それが奴の日本においての名前。
しかし、本名は別にある。
その名は——————
「ギルヴァーシュー・メイグス………………!!」
「なんだ、知っているじゃねぇか」
こいつが、親父だというのか?
この男が?
「お前の知るギルヴァーシューは、そんなに俺と違うのか?」
「違う? そんなもんじゃない。まるで別人だ。アンタみたいな柔らかさはないし、他人のことはどうでもいいクソ野郎だぞ、奴は」
「へぇ、この俺がね。一応、何百何千年と性格はこのままなんだけどな。と言っても、スキルで再現された俺が何を言ったところでだが」
………少し訂正だ。
やはり少しは親父の面影がある。
こいつは少しおかしい。
過程はどうあれ、ほぼ100%人格の形成をした上で、奴は自分がいずれ消える幻影であることになんの疑いや悲観を持っていない。
おそらく、自身の記憶等を探った事で見つけた齟齬で自分の状況を悟ったのだろうが、何一つ動揺がない。
どう考えても頭がおかしい。
「そう緊張すんな。俺がお前に何をしたかはしらねぇけど、少なくとも俺にキレても仕方ねぇだろ」
「っ………………」
アンタがそれを言うか。
という言葉は、流石に飲み込んだ。
こいつが何を経て、あの親父になったかは知らない。
でも、それをこいつに言ったところで、なんの解決にもならないし、まだ何もしてないこいつにそれを言うのは、あまりにも理不尽だ。
幸い、思ったより嫌悪感はない。
親父らしくないのが、不幸中の幸いだったと言う事だ。
「ふー………………そうだな」
「だろ? だからもっと建設的な話をしようぜ」
空気を読めないのは親父っぽい。
「建設的ってのは、ここから出る方法、ってわけじゃねーんだろ?」
「当然。ここから出るのは言った通りそう難しくない。神の知恵本来の能力を使えば、簡単にお前を外に出してやれる。だからな、」
男はこう言った。
それは建設的かどうか甚だ疑問だが、いや、間違いなく意味はないのだが、ここへ来て俺も見たことがないような笑顔を見せながらこう言ったのだ。
「お前の話を聞かせてくれよ」
「………は?」
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別に、話す義理もない。
そもそも、あのクソ親父と会話しているという状況が俺にとっては許し難い状況のはずだった。
しかし、俺は腰を落ち着けて、話をし始めていた。
なぜなんだろうか。
理由はわからない。
口からこぼれ落ちるかのように、俺は、次々にこれまでのことを語り始めた。
まずは元の世界にいた頃のこと。
拷問まがいのことをされ続け、近所でも笑わないガキだと腫れ物扱い。
妹とは会うこともなく、母親からは無視される。
そんな幼少期。
そして拷問が突然終わり、妹や母と打ち解け、蓮や琴葉と平穏な日常を暮らしていた頃、突然心を許していた母や妹が死んだ、少年期。
荒みまくって、近所どころではない規模で腫れ物扱いされる中、数人の友人が出来た。
日常がまた、過ぎていく。
そして、俺の運命を変えた日が来た。
異世界に呼ばれ、呼ばれたと思ったら無能力者で、と思ったら力を貰って………
俺は異世界に、この世界にやって来た。
城から抜けたけど、本当に心を許せる仲間と出会った。
リンフィア、ニール、ラビ。
こいつらと冒険者になった。
どう中、ウルク達ともであった。
モンスターと戦った。
魔族とも戦った。
そこでクラスメイトと再会して、その頃には、俺は気付けば以前よりずっと多くの人がそばにいることに気がついた。
三帝の奴ら、七海、涼子、綾瀬、颯太、美咲、ダグラス達フェルナンキアの連中。
そしてエル。
フェルナンキアは、なんだかんだ楽しかった。
学校にもまた行った。
元の世界では碌な思い出はなかったけど、うん。
楽しかった。
ミレアと出会ったのもそこだ。
レイやルイ、ガリウス達クラスの連中。
祭りもあった。
そう言えば、ウルクと再会したのもそこだ。
流のやつは、最初敵だったな。
少し、懐かしい。
そこでもやっぱ色々ゴタゴタはあったけど、なんとなく、無くしたものが取り戻せた気がした。
でも、いいことばかりでもない。
戦争があった。
こいつら神々が始めた戦争に、巻き込まれた。
………巻き込んじまった。
大勢が死んだ。
レイ達の師匠のファルグ、流の姉貴の留華、流の中にいたもう1人の“ナガレ”、ウルクの従者で俺のダチだったバルドにレト、三帝で食えない爺さんだったけど尊敬できる爺さんだったギルファルド。
クラスの連中も死んだ。
何も関係ない、ルナラージャ人も死んだ
ルーテンブルク人も、いっぱい死んだ。
だから、俺はこの国を守ろうと誓った。
「………俺は、何を話してんだろうな」
「俺が話してくれって聞いたからな」
そりゃそうだ。
でも、なんでこうベラベラ喋ってしまったのだろう。
そんなことを考えていると、
「………で、なんでお前はこんなところにいるんだ?」
「え………」
「神々の代理戦争………そんな大変な時期に、お前は妖精界で何をしてんだ?」
それは、仲間の望みを叶えてやるため。
そう思った時に、俺はふと思ってしまった。
来てよかったのだろうか。
ミラトニアは、蓮達は無事なんだろうか。
時間の流れは違うと聞いた。
魔族の進軍も、おそらくもっと先だ。
考えてこっちに来た。
でも、
「可能性があくまで可能性だ」
「!」
「知恵というのは、真実を知りえる力なだけで、真実を捻じ曲げる力もなければ、絶対に全てを知り得るものでもない。お前はここへ来て、本当に良かったのか?」
そう。
絶対ではない。
危機は刻一刻と迫っているかもしれない。
それでも、俺は、
「………俺は、全部守りたい。そんで、全部叶えてやりたい。ミレアが強く望んだ以上、俺はそれを叶えてやりたい」
どうあろうとも、俺はこの道を選んだだろう。
「何かあったら、その望みのせいに………」
「しない。選んだのは俺だ。これは俺のわがままだ。でも………確かにここに来たことで不幸が起きるかもしれない………」
間違いだったと言われれば、受け入れなくてはならない。
それは事実だ。
俺はただ、そう考えながら俯くしかなかった。
しかし、
「仕方のないガキだ」
「………」
「では、俺が意味を持たせてやろう」
肩に置かれた、俺とさほど変わらないを置きさの手。
何故だろうか。
俺にはそれが、すごく大きなものに感じた。
「今後何かあったらこう思え。お前がここに来たから、俺に会う事が出来た。そして、だからこそ、お前は自分の本当の力の使い方を学ぶ事が出来た」
「!!」
ギルヴァーシュー………いずれ、親父になるその男は、不敵な笑みを浮かべ、こう続けた。
「お前に、神の知恵の真髄を教えてやる」




