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4(3)-8

 ギュンターは、屋台で肉を焼くと言っていた。

 道行く人の足を止めるため、匂いの強い食べ物に決めたらしい。他の屋台はパンだったり芋だったり。果実や菓子や、甘いものも並ぶのだという。

 カミラとしては自分でも料理をする側に回りたいが、どうやら今回ばかりは出番がないらしい。ギュンターは相変わらずだし、ギュンターの身内であるブラント家に割って入るのは、さすがのカミラにも難しそうだ。

 かといって、カミラは歌も楽器もできないし、力仕事も当然のようにできない。当日になれば、カミラは偉そうにふんぞり返る暇人になってしまう。

 ――嫌だわ。

 どうせクラウスとアロイスは、当日も忙しくするのだろう。今もたまに、二人きりで話をしているし、カミラに隠れていろいろ考えてでもいるに違いない。あの二人は、余計なことまで難しく考え過ぎなのだ――と、単純なカミラはつねづね思っていた。

 気苦労の絶えない二人はさておき。ニコルと一緒に歩き回るのもいいけれど、それでは結局いつも通りだ。

 ならばどうするか。

 ――花冠を編もうかしら。

 そんなことが浮かんだのは、カミラが回った花屋で、さんざん宣伝をするように言われてきたせいだろうか。春の花を編んで、来た人々に配るのは、悪くない考えに思えた。力仕事でもないし、華やかだし、なにより――――。

 ――見ているだけより、自分でもなにかした方が、絶対楽しいもの!


 カミラは楽しみで、いてもたってもいられないのだ。


 〇


 冬の中に、春の気配が混ざり始める。雪の量が減り始めたころに、力仕事を任せる自警団の若者たちと顔を合わせた。

 雪をかぶる街路樹の枝に、固いつぼみが見え始めたころ、屋台を組むための木材が集まった。

 雪の下、町中に置かれた鉢植えから芽が覗き始める。

 雪が溶けだす。

 吐く息は白くなく、日差しの暖かさを感じるようになったころ、忙しない祭りの準備に、ようやく終わりが見えはじめた。


 〇


「動かないで。もうちょっと調整するから」

 ミアはヴィクトルの服の裾を引きながら、真剣な口調で言った。針を持つミアに、ヴィクトルも緊張した様子だ。

 ヴィクトルが着ているのは、ミアの作った楽隊の服だ。目を引く赤のジャケットに、真っ白なシャツ。ジャケットの袖と襟には、鮮やかな金の刺繍が施されている。同じ色の赤いズボンは膝半ばまで。膝から下は、赤みが買った黒いブーツを履いている。

「馬子にも衣裳だな」

 冷やかすのは、彼の仲間たちだ。試着として揃いの服を着ながら、彼らは互いに笑い合っている。

「似合っているって言えよ。ミアが作ったんだ」

 腹を立てたようにヴィクトルが言う。もちろん、みんな本気で怒っているなんて思ってはいない。茶化すように笑っていながら、みんなどことなく誇らしげだ。

「もうすぐなのね」

 フィーネが赤いドレスを揺らしながら、そわそわとした調子で言った。男たちと異なり、女性陣は色合いをそろえたドレス姿だ。動きやすさを第一にしたのだろう。腰を締め付けず、肩や腕の曲げやすい、ゆるりとしたものになっている。

「失敗しないかしら。なんだか、どきどきしちゃうわ」

「大丈夫だよ、あんなに練習したんだから」

 心配するフィーネに、ヴィクトルは言った。ミアに裾を詰められ、緊張した面持ちのまま。それでも浮足立つ心が隠せない様子で、彼は仲間たちを見回した。

「それよりさ、これが終わったらどうする? 俺、次は新しい楽譜でやってみたいな」

「気が早い!」

 針を置いたミアが、諫めるようにヴィクトルの背を叩く。まだ本番も迎えていないのに、心はずいぶんと前のめりになっていたようだ。

 だが、ヴィクトルはそれでも前を向いたままだ。

「俺、これで終わりにしたくない。今回は俺の祝婚歌だったけど、次はもっと別の曲を弾いてみたい。もっとたくさん弾いてみたい。みんなもそう思わないか?」

 そう言って、ヴィクトルは順に仲間たちを見回す。ディータ、オットー、フィーネにフェアラート。

 鮮やかな赤い衣装につられたように、みんな明るい表情を浮かべている。

 ――いや。

「フェアラート? どうかしたのか?」

 一人。フェアラートだけが、ドレスの裾をつまんだまま俯いていた。思い悩むような横顔に声をかけてみれば、はっとしたようにフェアラートが顔を上げる。

「そう、そうね。次……次があれば」

 彼女にしては珍しい、歯切れの悪い物言いに、ヴィクトルは首を傾げた。だが、どうかしたのかと尋ねるよりも先に、彼女はいつも通りの、人を寄せ付けない澄ました表情に変わっていた。


 本番まで、あと数日。

 ヴィクトルの抱いた疑念は、忙しなさの中に消えていった。

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