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ギュンターは、屋台で肉を焼くと言っていた。
道行く人の足を止めるため、匂いの強い食べ物に決めたらしい。他の屋台はパンだったり芋だったり。果実や菓子や、甘いものも並ぶのだという。
カミラとしては自分でも料理をする側に回りたいが、どうやら今回ばかりは出番がないらしい。ギュンターは相変わらずだし、ギュンターの身内であるブラント家に割って入るのは、さすがのカミラにも難しそうだ。
かといって、カミラは歌も楽器もできないし、力仕事も当然のようにできない。当日になれば、カミラは偉そうにふんぞり返る暇人になってしまう。
――嫌だわ。
どうせクラウスとアロイスは、当日も忙しくするのだろう。今もたまに、二人きりで話をしているし、カミラに隠れていろいろ考えてでもいるに違いない。あの二人は、余計なことまで難しく考え過ぎなのだ――と、単純なカミラはつねづね思っていた。
気苦労の絶えない二人はさておき。ニコルと一緒に歩き回るのもいいけれど、それでは結局いつも通りだ。
ならばどうするか。
――花冠を編もうかしら。
そんなことが浮かんだのは、カミラが回った花屋で、さんざん宣伝をするように言われてきたせいだろうか。春の花を編んで、来た人々に配るのは、悪くない考えに思えた。力仕事でもないし、華やかだし、なにより――――。
――見ているだけより、自分でもなにかした方が、絶対楽しいもの!
カミラは楽しみで、いてもたってもいられないのだ。
〇
冬の中に、春の気配が混ざり始める。雪の量が減り始めたころに、力仕事を任せる自警団の若者たちと顔を合わせた。
雪をかぶる街路樹の枝に、固いつぼみが見え始めたころ、屋台を組むための木材が集まった。
雪の下、町中に置かれた鉢植えから芽が覗き始める。
雪が溶けだす。
吐く息は白くなく、日差しの暖かさを感じるようになったころ、忙しない祭りの準備に、ようやく終わりが見えはじめた。
〇
「動かないで。もうちょっと調整するから」
ミアはヴィクトルの服の裾を引きながら、真剣な口調で言った。針を持つミアに、ヴィクトルも緊張した様子だ。
ヴィクトルが着ているのは、ミアの作った楽隊の服だ。目を引く赤のジャケットに、真っ白なシャツ。ジャケットの袖と襟には、鮮やかな金の刺繍が施されている。同じ色の赤いズボンは膝半ばまで。膝から下は、赤みが買った黒いブーツを履いている。
「馬子にも衣裳だな」
冷やかすのは、彼の仲間たちだ。試着として揃いの服を着ながら、彼らは互いに笑い合っている。
「似合っているって言えよ。ミアが作ったんだ」
腹を立てたようにヴィクトルが言う。もちろん、みんな本気で怒っているなんて思ってはいない。茶化すように笑っていながら、みんなどことなく誇らしげだ。
「もうすぐなのね」
フィーネが赤いドレスを揺らしながら、そわそわとした調子で言った。男たちと異なり、女性陣は色合いをそろえたドレス姿だ。動きやすさを第一にしたのだろう。腰を締め付けず、肩や腕の曲げやすい、ゆるりとしたものになっている。
「失敗しないかしら。なんだか、どきどきしちゃうわ」
「大丈夫だよ、あんなに練習したんだから」
心配するフィーネに、ヴィクトルは言った。ミアに裾を詰められ、緊張した面持ちのまま。それでも浮足立つ心が隠せない様子で、彼は仲間たちを見回した。
「それよりさ、これが終わったらどうする? 俺、次は新しい楽譜でやってみたいな」
「気が早い!」
針を置いたミアが、諫めるようにヴィクトルの背を叩く。まだ本番も迎えていないのに、心はずいぶんと前のめりになっていたようだ。
だが、ヴィクトルはそれでも前を向いたままだ。
「俺、これで終わりにしたくない。今回は俺の祝婚歌だったけど、次はもっと別の曲を弾いてみたい。もっとたくさん弾いてみたい。みんなもそう思わないか?」
そう言って、ヴィクトルは順に仲間たちを見回す。ディータ、オットー、フィーネにフェアラート。
鮮やかな赤い衣装につられたように、みんな明るい表情を浮かべている。
――いや。
「フェアラート? どうかしたのか?」
一人。フェアラートだけが、ドレスの裾をつまんだまま俯いていた。思い悩むような横顔に声をかけてみれば、はっとしたようにフェアラートが顔を上げる。
「そう、そうね。次……次があれば」
彼女にしては珍しい、歯切れの悪い物言いに、ヴィクトルは首を傾げた。だが、どうかしたのかと尋ねるよりも先に、彼女はいつも通りの、人を寄せ付けない澄ました表情に変わっていた。
本番まで、あと数日。
ヴィクトルの抱いた疑念は、忙しなさの中に消えていった。




