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4(3)-5

 祭りのために必要なもの。

 花、音楽、食べ物に服。たくさんの屋台。

「ずいぶん人手が要りそうだなあ」

 ブルーメの町を歩きながら、クラウスはうなった。


 上天気の冬の朝。カミラはいつものように、アロイス、ニコル、クラウスと連れ立って、町の広場を見て回っていた。

 目的は、祭り会場の下見である。

 ブルーメで最も大きな広場は、花壇に縁どられた左右非対称のいびつな形をしていた。緩やかな高低差のある町の中央に位置しているせいか、広場の中にも段差があり、階段の踊り場を組み合わせたような造りになっている。

 段差沿いには、水が流れるようになっていた。一段ずつ水が段差を流れ落ち、下の階層へと流れ、広場の最下層の泉に集まるのだ。今は水路に雪が積もり、泉も凍ってしまっているが、それでもなおも美しいその広場の姿にカミラは唖然とする。

 娯楽を禁じ、質実を尊ぶモーントン領では、建物や人々の服装も、華々しいものは避けられる。アインストは言わずもがない。ブルーメだって、町の壁は単調な白塗りだ。噴水のような目に鮮やかなものも控えられる。

 だというのに、ブルーメの町は美しい。一見すれば質素で、華やかさはどこにもないのに、建物の一つ一つが優美であった。


「広場の一番下なら店も出せるかな? 大通りとも直結しているし、屋台も並べやすそうだ」

 見惚れるカミラをさておいて、クラウスは着々と広場を見立てていく。アロイスと二人で、「楽隊はどこに置くか」だの「屋台の配置はどうする」だの、らしくもないまじめな話をしていた。

「食い物はこれから町の店を当たるとして、力仕事をする人間がいるな。男手……男かあ……」

「警備に割く人間もいるだろう。クラウス、お前の家の者は使えないのか?」

「俺に付いてくれる人間がどれくらいいるかな? 筋肉バカとは相性が悪いし。まあ、そのへんは伯母さんに相談してみるか」

「……ふむ」

 アロイスは腕を組み、考えるように息を吐いた。クラウスが跡継ぎとして有力になったとはいえ、まだフランツとルーカスに与する人間も多い。

 自警団に属する者たちは特にそうだ。武を偏重するルーカスの下に付けば、自分たちが重用される期待も持てよう。だが、クラウス自身でも言った通り、クラウスは武との相性が悪い。そういった人間とって、クラウスに付く利点がまったくないと言えるだろう。

 考え込むアロイスに、クラウスはうんざりしたように首を振ってみせた

「ああ、やめやめ! 辛気臭い!」

 わざとらしいくらいに大きな声でそう言うと、クラウスはアロイスから顔を逸らした。それから、当初の目的を忘れ、興味深く広場を見て回るカミラとニコルに手を振って見せる。

「次行こう! 次! 飯と服! あとは花!」


 〇


「衣装なら、私が作りますよ」

 町の食事屋を回り、色よい返事がもらえないままに来た地下。気落ちするカミラたちに向けて、さらりと言ったのはミアだった。

「私一人では無理でも、父に頼めばなにかと用意できるかと思います。服職人なので、うちの家族」


 地下ではいつものように、五人がそれぞれ練習をしていた。

 町の権力者であるクラウスが、全面的に支援をすることになったおかげで、もう彼らの練習を咎める人間たちはいない。内心では眉をひそめているとしても、少なくとも表立って非難をすることはできなくなった。

 さすがの自警団も、おおっぴらに手出しはできない。隠れる必要のなくなったヴィクトルたちは、のびのびとしているように見えた。

 演奏自体は、まだ上手いとは言い難い。だけど、以前の騒音に比べたらだいぶ音楽に近くなった。このまま練習を続ければ、祭りの日までには、どうにか人に聞かせられるものくらいにはなるだろう。


 そんな五人につきあっているのが、ヴィクトルの婚約者であるミアだった。

 聞き役になったり、五人のために食事を用意したり、なにかと献身的に支援してきた彼女だが、自分が参加できないことを歯がゆく思っていたらしい。衣装の話を持ちかけられると、カミラたちが面食らうくらいに快諾してくれた。

「私も見ているだけでなく、なにか力になりたいと思っていたんです。服なら、楽譜が読めない私でもヴィクトルたちの力になれますね」

「ミア……! 君はいてくれるだけで俺の力になっているよ。でも、ミアが服を作ってくれるなら、もっと頑張れるなあ」

 ミアの言葉を聞いて、傍で手を休めていたヴィクトルがやに下がる。喜びと自慢の入り混じった表情は、いかにも幸福そうで、胸焼けしそうだった。

「馬鹿なこと言ってないで、練習しなよ」

 のろけるヴィクトルの背中を、ミアはそっけない言葉とともに叩く。そのつれない態度にも、ヴィクトルはにやにやとしたままだ。


 呆れた目で二人を見ながら、カミラは息を吐いた。

「食べ物のほうも、このくらい上手くいってほしかったわ」

 地下に来る前に回った店々の、渋い返事を思い出す。興味がないわけではないが、どこの店も、『自分が一番乗りになる』ということに抵抗を感じているようだった。祭り自体もはじめてだし、どれほど人が来るかもわからない。参加することで、自警団に目を付けられるのではないかということも危惧している。それに、もしクラウスが失脚でもすれば、クラウスに加担した店には破滅しかない。

 店側の気持ちも、カミラはわからないわけではない。一番に名乗りを上げるのは不安だろう。同情もする。

 が、それと不満を覚えないのは別物である。

「せっかくの商機だっていうのに、みんな腰抜けだわ!」

「まあ、そう言うなって」

 いら立つカミラを宥めるように、クラウスはそう言った。

料理長おっさんがいれば、もう少し話は通しやすかったんだろうけどなあ」

 む、とカミラは口を結ぶ。クラウスの言う「おっさん」は、モンテナハト家の料理長であるギュンターだ。ブルーメの旅までも同行してきたが、長らくカミラを避け続けるために、近頃は顔も見ていない。

 本当は、今日の外出でもギュンターに声はかかっていたのだ。だけど彼は、「カミラがいるなら行かない」と言って、レルリヒの屋敷で留守番中である。

「私のせいだって言うの」

 カミラは不服さも露わに、口を尖らせた。

 ギュンターがカミラを避けるのは、ひとえにカミラの失言が原因だ。「ユリアン王子が好き」と言ってしまってからこっち、アロイスを敬愛するギュンターは、カミラと口もきこうとしなかった。

 カミラはギュンターから、料理を習っている身。モンテナハト邸の中では、カミラにとってかなり親しい人間の一人だ。それなのに、言葉も交わせない現状は、カミラ自身にも思うところはある。

 ――余計なことを言うんじゃなかったわ。

 だけど、人の心なんてどうにもならないもの。ユリアン王子が好きなのは偽らざる事実。たとえアロイスの結婚相手としてモーントン領に来ていたとしても、だからすぐにアロイスに恋せよというのが無理なこと。

 ただ、まあ、言わなくても良かった。カミラ側にも悪いところがあった。そう思うから、いささか責任を感じている。おかげで祭りの準備も滞るのだ。

「しょんぼりしちゃった」

 つんとあごを逸らすカミラを見て、クラウスが笑った。それから、慰めるつもりか知らないが、カミラの傍ににじり寄る。

「いいのいいの、気にしなくて。あの料理長おっさん、拗ねているだけだから」

「はあ?」

 眉をしかめるカミラに、クラウスは顔を近づけた。ぎょっとして身を引くが、クラウスは逃がさない。彼はさらに近づいてくると、口元を隠しつつ、カミラの耳に囁きかけた。距離が近い。

あいつアロイスの代わりに拗ねているんだよ。あいつは気持ち悪いくらい、不満を示さないだろう?」

 あいつ、と言いながら、クラウスは横目でアロイスを見た。クラウスの視線に誘われるように、カミラもまたアロイスに目を向ける。

「腹も立てない。文句もほとんど言わない。嫌なことでも笑っているだけだろ。好きな女に、男が付いていても」

 アロイスは、カミラとクラウスの視線に気が付いたらしい。耳打ちをする二人の、傍から見れば親密そうなその様子に、驚いた顔で一度瞬いた。が、すぐに穏やかな苦笑に変わる。

「どうかされましたか?」

「な?」

 柔らかいアロイスの呼びかけに、クラウスは嘲笑めいた声で言った。突き放そうとしたカミラの手も避け、本人は悠々と、練習するヴィクトルたちの元へと向かって行く。

 去っていったクラウスに変わり、近づいてきたのはアロイスだ。彼はクラウスの背中を見やると、申し訳なさそうに眉をしかめた。

「お邪魔をしてしまいましたか?」

「……いえ」

 カミラはアロイスを見ながら、少し低い声で答えた。言いたいことだけ言ったクラウスには腹が立つが――――確かにその通りだ、とも思う。

 アロイスはめったに腹を立てない。声を荒げることはある。強い言葉を向けることもある。だけどそれは、怒るというよりは――叱りつけるという方が近い。

 悲しんだり、喜んだりもする。感情がないわけではない、とはわかる。

 だけど、とカミラは思う。

「アロイス様、あの……なんとも思いません? 私とクラウスが、親しくしているのを」

 親しく――というのは、つまり、距離が近すぎないかということだ。

 クラウスはアロイスに見せつけるため、わざとあんな態度をとったのだろうが、それにしたってやりすぎだ。カミラはアロイスにだって、息がかかるほどの耳打ちなど許したことはない。もちろん、クラウスに許すつもりもなかったわけで、それはそれで腹が立つが、この際は後回しだ。

「ああ」

 カミラの言葉に、アロイスは笑みを深めた。

 楽しさからでもなく、喜びからでもない、いつもの感情のない笑顔だ。

「カミラさんにとって親しい人が増えるのは、とても良いことだと思います」

 アロイスは笑顔のまま、落ち着きのある低い声でそう言った。

 その態度が、なぜだかカミラは不満だった。


 誰も傷つけない、誰に対しても優しい態度。厳しくするのも相手のため。言うことをきちんと言っているように見せておきながら、その実わがままはほとんど言わず、不満もろくに口にしない。

 誰にも心配をかけない。よくできた人間、だけど――。

 カミラは、いつかアロイスに対して抱いたものと、まったく同じ感想を抱いていた。


 ――――『良い子』すぎるんだわ。

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