09 竜の王国
『国民の皆に……アプリコット王国の今後について、重要な話がある』
国王が話し始めると、ざわついていた民衆は揃って口を閉じ、噴水の映像へと目を向けた。向こう側からその様子が見えているわけではないのだろうが、国王は小さく頷き、言葉を続ける。
『自由主義。最近よく耳にする言葉だな。人間は身分によらず、皆それぞれの自由を追求する権利を持っている。うむ、素晴らしい思想である。余が若い頃には存在しなかった新しい考え方だが……竜の血を受け継いだ王族がわざわざ守護しなくとも、国民は自らの力と意志で国を運営していくことができる。なるほど、最近は様々な技術が世に出てきて、皆の生活も昔より良くなっておるしのう。王として、国民がそれほどまでに豊かになったのは、喜ばしいことだと思っておるよ』
王の言葉を聞いた民衆は、周囲の者たちと小さな声で話をする。
自由主義に賛同する声もある。その一方で、国王は自分たちを見捨てるのかと、不安そうに話をする者も大勢いた。様々な意見があるものの、やはり「竜の血に守られている」という感覚は、国民の意識の奥底に強く刷り込まれているものなのだ。
『今、世界中で革命運動が起こっていることは皆も知っておろう。北のダムソン帝国では、十年前から庶民出身の英雄が皇帝として民を率いておる。南のデーツ王国では、国内の様々な派閥からなる議会が政治の中心となって新しい国を今まさに作っておる。竜の王国という政治体制は……もう時代遅れなのかもしれんな』
国王の言葉は、まるで死期を悟った病人の最期の言葉のような、どこか諦念の滲んだ寂しい響きを持っていた。
『さて。余の後ろに整列している者たちは、この国を思って立ち上がった若き勇者たちだ。隙を突かれたとはいえ、王族の力も衰えたものよ……彼らはアプリコット革命党。竜の力を持った王族を次々と討ち取るほどの英傑であり、王に向かって臆することなく自由主義を説いた勇敢な者たちである。この王宮に住まう王族は……余を除いて、既に全員が首を刎ねられた後だ。王妃も、王太子夫妻も、他の王子と王女もな』
民衆がしんと静まり返る。王の姿を見て、何か異変があったのだろうと察してはいたが……まさか王族が全員殺されているとまでは、多くの者が想像すらしていなかったのである。
『この竜玉放送が終われば、彼らが余を生かしておく理由もなくなる。皆に顔を見せられるのは、これが最後になるだろう』
飄々と話す国王を見ながら、民衆の中には泣き崩れる者も多くいた。
そんな中、シャルロッテは涙を零しながら、歯を食いしばって嗚咽を耐えている。今のフリードにできるのは、そんな彼女の手を取って握りしめることだけだった。
『彼らいわく……この竜玉放送で、余が王権を放棄し、あらゆる権利をアプリコット革命党に譲渡すると宣言すれば……少なくとも、苦しむことなく楽に逝かせてくれるとのことである。といっても、余は個人である前にこの国の王であるからな。楽だろうが苦しかろうが、国民のためになるような選択をしたいのだ。だから……ここに宣言しよう』
映像の中の王は、覚悟を決めた顔で胸を張る。
『余は現時点を持って、アプリコット王国の王権を放棄し、所有している全ての権利を――』
民衆が固唾をのんで見守る中。
『――第一王女、シャルロッテ・アプリコットへと譲渡する』
国王はそう言って、ニヤリと口の端を歪めた。
王の後ろに並んでいた男たちは、動揺したように互いの顔を見合わせる。噴水広場に集まった民衆もまた、皆が呆気にとられてポカンと口を開けた。
『次の王はお前だ、シャルロッテ。お前ならば、国民のためにより良い選択が――』
話している途中で王の首が刎ねられ、竜玉放送は強制的に終了する。このあまりに突飛な出来事に、混乱する者、絶望する者、憤る者、興奮する者……民衆は様々な反応を見せる。おそらく、しばらくは国中がこの話題で持ち切りになるだろう。
そんな中。シャルロッテの服の内側では、首から下げられた鍵状のペンダント――彼女の王鍵が、淡い魔力光を帯びて静かに形を変えていった。





