06 デーツ王の庶子
強化魔法による治療を行いながら旅を続けていくうちに、シャルロッテの体調はみるみる回復していった。
というのも、魔臓の不調がある程度改善されれば、あとは生成された膨大な魔力のゴリ押しによって自然治癒力が格段に上がるためである。
「さすがは王族の魔力量といったところか」
「フリードだって血筋は王族だろう」
「血筋だけはな。特に誇るものでもないが」
話しながら、机の上に並んだ軽食を摘む。
今いる都市の周辺は畜産が盛んであり、乳製品が美味しいと国内外にその名が知れ渡っていた。フリードたちもこの街に立ち寄った際には、ヨーグルトやチーズなどの特産品を必ず口にする。
フリードとシャルロッテがのんびりと食事をしているそばで、小人のララは嬉しそうに飛び跳ねていた。
「ここのチーズは本当に絶品だよねぇ! ねーねー、シャロちゃんもそう思うでしょ?」
「あぁ。初めて食したが、噂に違わぬ美味だな」
「え? うそ、初めて? 王女様って、国中の美味しいものを食べてるんじゃないの?」
ララの言葉に、シャルロッテは笑いながら首を横に振る。
「知識としては叩き込まれるがな。パーティーなんかで話題に上がった際、知りませんでしたと言うわけにはいかない……だが、残念ながら実際に食べる機会にはなかなか恵まれないものだ」
「そうなの? なんで?」
「王宮に食材を納入するのも、一つの利権だからね。王家御用達、という言葉をあまり軽いものにするわけにはいかない。毒物混入のリスクなんかも考えてのことだが、王族が口にする食材の産地はそうコロコロと変えられない規則なのさ」
例えば乳製品などは、何よりも鮮度が大切である。当然、専門の畜産業者が王宮のそばで家畜を飼育しており、他の業者が王宮に乳製品を納入するケースは稀である。
ましてシャルロッテは十五歳までほぼ王都から出ることがなく、その後も長らくデーツ王国へ留学していた。国内の特産品については、贈答品として口にする機会があった一部を除き、知識として頭に叩き込んだだけのモノがほとんどであった。
「ふーん。王女様もいろいろ面倒なんだぁ……じゃあ今回の旅で、いろいろ食べないとね!」
「ふふ。それはララが食べたいだけじゃないのか」
「もちろん、あたしも食べたいに決まってるじゃん。だからね、あたしが食べたいと思うような美味しいモノを、シャロちゃんにもちゃーんと舌で知ってほしいわけ。知ったかぶりじゃなくてね!」
そうやって胸を張るララを、フリードは穏やかな気持ちで眺める。
この旅の間、シャルロッテの身体を治癒しているのはフリードであるが、彼女を精神的に支えてくれているのは間違いなくララの方だろう。できることなら、このまま楽しいだけの旅を続けていたいが。
「……シャルロッテ。君の体調も戻ってきたことだし、そろそろ今の事態について詳しい話をしていこうと思うのだが。心の準備はできているだろうか」
「もちろん。私としては、いつ話してくれるのかとヤキモキしていたところだぞ」
シャルロッテの言葉に、フリードは深く頷く。
「……近年、力を持った一般市民によって世界各地で革命運動が起き、王侯貴族による絶対的な支配体制が崩れてきている。さすがにそれは把握しているな」
「あぁ。十年前、北のダムソン帝国で大きな政変があって、庶民出身の皇帝が生まれたが……それを皮切りに、各地で革命運動が盛んになっていることは知っている。今回のデーツ王国での革命も、同じ流れだということか?」
「まぁ、同じというか……元凶と言っても良いかもしれない。デーツ王国で革命が起きたという事実は、一連の革命騒ぎにおいて重要な意味を持っているんだ」
フリードはそう言って、小さく顔を歪める。
「デーツ王が若い頃にあちこちで作った庶子。俺もその一人なわけだが……各地で起こる革命運動の中核を担っているのは、そのデーツ王の庶子たちなんだ」
◆ ◆ ◆
フリードが生まれ育った家を出て、隣国の年老いた錬金術師の弟子になったのは、まだ八歳の頃のことだった。
「さる高貴なお方の頼みでな。儂がお前を引き取り、錬金術師として育てることになった。今日からはフリード・ネクタリンと名乗り、生家のことは忘れよ」
「……分かりました」
「聞き分けが良すぎるな……ふむ」
針の筵のような家で疎まれながら育ったフリードに、家を出ることを躊躇う理由はない。むしろ、ぶっきらぼうに話しながらも細やかに気遣ってくれる師匠の姿に、ようやく自分の居場所を見つけたような気さえしていた。
言われた通り普通に勉強をしているだけで、師匠はやたら褒めてくれる。フリードは少し訝しく思いながら、知識や技術を溜め込んでいく。
「フリード。お前は毒物についてやけに物覚えが良いように思う。何か理由があるのか」
「はい、師匠。説明していただいた毒の大半は、だいたい食事に盛られたことがありますので。魔法を使って自力で治療していた時の経験と、師匠から説明を受けた対処方法が、一致していることが多いのです」
フリードは何の気なしに答えたが、その会話以降、師匠が時おり遠方の美味しいものを取り寄せてフリードに食べさせるようになったのを覚えている。
錬金術師協会の試験を受け、下級錬金術師の資格を得たのが十歳。そこから実務経験を積み、自分の工房を持てる中級錬金術師の資格を得たのが十二歳。そして、弟子を持つことが許される上級錬金術師になったのが十五歳の頃のことである。
歴代最速とまではいかないが、近年稀に見る若さでの資格取得。周囲からは、何か新しい発見をして特級錬金術師になることを期待されるまでに成長していた。
その一方で、フリードは決して師匠の工房を出ていこうとはしなかった。ようやく見つけた自分の居場所、自分の家族。それを自ら手放したいとは、どうしても思えなかったのである。
しかしフリードが様々な知識や技術を身に着けていく一方で、師匠は徐々に弱っていった。どんなに有能な錬金術師も、加齢による衰えには勝てない。
「時の流れだ。近頃は錬金術師のあり方も徐々に変わってきておる。自分の工房を持って活動するような、昔ながらの錬金術師は数を減らして……魔法薬を作れる者は製薬業へ。魔道具を作れる者は製造業へ。魔法生物を作れる者はホムンクルス事業へ。雇われ錬金術師として、大きな会社の潤沢な資金を使って研究をするようになっておる。が……」
「俺は、師匠の工房を継ぐつもりです」
「お前はそう言うだろうな。時代遅れだと笑われるかもしれんが、まぁ好きにしろ……だが、変に形に拘るなよ。死にゆく儂がお前に残すものの本質は、工房などという物理的なものではないのだから」
師匠はそう言って、ベッドの上から弟子に微笑みかける。
「お前を儂のもとに寄越したのは、デーツ王国のスラグ王太子だ。あの方は、父であるデーツ王が無節操に作った庶子に対し、それぞれが平穏に暮らせるよう陰ながら支援しておられる。儂の代わりに、よく礼を言っておいてくれ」
「……師匠」
「儂はな。錬金術研究に傾倒しすぎて、結婚相手にすら逃げられるような駄目男であった。だが、人生最後の数年をお前とともに過ごすという幸運に恵まれた……実に楽しい日々であったよ」
そうして、師匠は穏やかに息を引き取った。
――俺も楽しかったよ、師匠。
◆ ◆ ◆
「師匠から工房を受け継いで、三年ほどが経った頃だった。俺のもとに、デーツ王の庶子を名乗る男が訪ねてきたんだ。俺にとっては異母兄弟になる」
「それは……本物だったのか」
「おそらくな。その身に秘めた魔力量から、王族の血筋なのは間違いない。年齢や出身地から考えても、デーツ王の落胤の一人であると見て間違いないだろう」
男がフリードの工房を訪ねてきた理由は一つ。フリードにも革命派の組織に所属してほしい、と要請するためであった。
世界中で今も悲劇を生んでいる、腐った王侯貴族たちの支配をひっくり返す。政治権力を市民の手に取り戻し、誰に隷属することなく自分の人生を自由に決められる権利を――人権を、全ての人間に与える。
「自由主義。そんな夢物語を実現するためには、デーツ王の庶子が重要な鍵になる。なにせ……」
「竜の因子を強く受け継ぎながら、王族ではない」
「その通り。革命における戦力的な切り札としても。人心を掌握する道具としても。こんなに都合の良い存在はいないんだ」
実際、デーツ王の庶子の多くが組織に所属して、既に様々な国で革命を成功に導いている。
もちろん多くの血が流れ、政治的な混乱があることも否めない。それでも、市民による政治というものが決して夢物語ではないと証明してきた。男はそんな風に自らの正義を主張しながら、フリードを革命へと誘った。
「男の言っていることは、過激ではあるが間違ってはいなかったよ。俺もデーツ王には文句を言ってやりたいことが山ほどあったしな。だが……俺はその場では、回答を保留にした」
「なぜだ」
「俺はどうも、正論というものがあまり好きではないらしくてな。彼らに反論する気もなかったが、協力する気にもならなかったんだ」
フリードがそう言うと、シャルロッテはなぜかララに視線を向ける。
ララがニヤリと笑ったのを見ると、おそらくフリードの知らないところで二人の間に何かしらのやり取りがあったのだろうと思うが……フリードは深く追求しないことにした。
「革命派の動きについては、スラグとも度々話し合っていた。俺としては、あいつには生きていてほしかったが」
「……スラグは自分の死を予期していた」
「あぁ。むしろ、自分は死ぬべきだとさえ言っていたよ。といっても、話しながら自分自身の言葉に怯えて失禁していたあたりが、実にあいつらしいが」
そうして、フリードが革命派への回答を先延ばしにしているうちにデーツ王国でも革命が起こり、デーツ王やスラグ王太子の首が刎ねられた。
スラグからフリードに宛てた最後の手紙には、婚約者であるシャルロッテを助けてやってほしいと書かれていた……これが、フリードから見た事態の推移である。
「果たしてこの先どうなるのか、俺にも全く分からないが……まずは君を王都に送り届ける。色々と考えるのは、その後にしようと思う」





