05 臆病者の王太子
錬金術師のフリードは、魔導車に揺られながら考える。
シャルロッテの体調は、本人が自覚しているよりも回復が遅い。なにせ、通常であれば王族には効かないような弱い睡眠薬を用いるだけで、シャルロッテは簡単に眠りこけてしまうのだ。
『マスター、シャロちゃんの体はどう?』
ララからの念話に、フリードは片眼鏡に魔力を込めてシャルロッテの身体を解析する。どうやら彼女は魔法毒の後遺症で内臓の働きが弱っているらしい。これ以上の悪化はしないだろうが、万全の状態にまで自然治癒するには時間がかかるだろうと予想された。
特に魔臓――臍のあたりにある宝石のような魔力生成機関の働きが弱まっている。そのため、本来なら王族特有の膨大な魔力であっという間に解決できる程度の軽い不調すら、今の彼女の身体は対処しきれていない。
『ずいぶん弱っているな。旅の間に回復するといいが』
『そもそも旅に出て良かったの?』
『本来なら避けたかったが……俺とスラグの関係は、おそらく敵も把握している。工房に追手が迫ってくるのも時間の問題だったからな。できるだけ早く離れたかったんだ』
それにきっと、スラグの書簡を国王に届けるのにもタイムリミットがある。何か重要な情報が……それこそ、アプリコット王国の行く末を左右するような何かが記載されているのだろう。届けるのなら早いほうが良い。
フリードの行動は、書簡の重要性とシャルロッテの体調を天秤にかけ、追手のことも踏まえた上で最善を考えた結果である。
『手持ちの素材で作れる魔法薬は限られているからな。市場に有用なものがあれば良いんだが……使える手札は乏しいが、どうにか乗り切るしかないだろう。あとはシャルロッテ次第だ』
『マスターの魔法は使えないの?』
『気は進まないが、使うしかないか……今日の宿を取ったら、魔法での治療を行う。ララもサポートを頼む』
フリードは念話でそう伝えると、魔導車に揺られながら静かに今後のことを考えていた。
◆ ◆ ◆
デーツ王国のとある貴族家にて。フリードはかつて、家族からの憎悪を浴びながら幼少期を過ごしていた。
理由は知らないが、父親も母親も自分のことが嫌いらしい。使用人たちからも腫れ物扱いされている。生まれた時からそのような扱いなので、それが異常なことだとは感じられていなかったものの、何かしら理由があって自分は嫌われているのだろうと察してはいた。
――きょうのどくは、なにかなぁ。
日々の食事には、あの手この手で毒物が仕込まれていた。彼は既に「食事とはそういうもの」として当たり前のように受け入れていたため、今回はどのような毒が盛られているのかと、楽しみにする余裕さえあった。
そんな日常を過ごしながら、自分の魔力が強力であるという事実や、それで周囲を怖がらせているのだという事情はすぐに理解できた。ほとんど魔力のない平民のみならず、貴族である両親と比較しても、その魔力量は虎と猫ほどの差があるのだ。
ある時、この魔力量の違いについて自分の世話をしているメイドに問いかけてみた。
「どうして、ぼくのまりょくはつよいの?」
「それは……魔力量は血筋で決まるからです。フリード様の本当の父親は、旦那様ではないのですよ。竜の血を引いている、とある高貴なお方が、無理やりに奥様を……そうしてできたのが、フリード様だからでございます」
メイドは嫌悪の感情を隠しもせず、幼いフリードに無慈悲な事実を突きつけた。
――なるほど。だからぼくは、きらわれているのか。
細かいことは理解できなかったが、どうやら自分は父親の本当の息子ではないらしい。それが原因で嫌われているのだと分かって、彼はある意味で安堵していた。あぁ、良かった。自分が嫌われているのには、ちゃんとした理由があるのだ、と。
◆ ◆ ◆
ずっと眠っていたシャルロッテが、ベッドの上でうっすらと目を開ける。
「……フリード。ここは?」
「今日の宿だ。あぁ、眠っている君を抱き上げて運んだのはララだから、無闇に身体に触れたりなどはしていない。その点は安心してくれ」
「そこは別に心配していないが」
宿の部屋では、フリードは老人の変装を解いており、ララも騎士型ゴーレムを降りて自由の身になっている。
「シャロちゃん大丈夫? この街には広い果樹園があってね、フルーツが特産品なんだよ。いっぱい買っておいたから、一緒に貪り食べよう!」
「む、貪るほどの食欲はないが……少しだけ頂くとしよう。ありがとう、ララ」
「いいってことよ! マスター、皮むきお願い!」
ララから投げ渡されたリンゴを手の中でくるくると回しながら、フリードは思わず苦笑いを漏らした。
これは観光旅行ではないのだから、本来ならば気楽に食事を楽しんでいられる状況ではない。しかし、ずっと顔をしかめていても事態が好転するわけではないのもまた事実だ。ならば、ララのように自由気ままに行動するのも悪くはないのだろう。
フリードがナイフで切り分けた多種多様な果物を、ララはシャルロッテの口に運んだり自分で食べたりと忙しそうにしている。これではどちらが使い魔なのか分かったものではないが、彼らにとっては日常である。
そうしてしばらく穏やかな時間を過ごした後。片眼鏡でシャルロッテの身体を解析していたフリードが、彼女の額にそっと指を置いた。
「シャルロッテ。これから君の身体に魔法をかけようと思う。治療のためだが、多少の負荷がかかるだろう」
「それは……フリードの魔法?」
「あぁ、俺の魔法だ」
幼少期から毒を盛られ続け、それでもなおフリードが健康に育つことができた理由。それは皮肉にも、彼が血縁上の父親であるデーツ国王から受け継いだ魔法にあった。
「強化魔法。デーツ王家のお家芸だ」
「……なるほど」
「物心をつく前から、俺は食事のたびに内臓を強化することで毒物を無効化してきた。錬金術師の修行をする過程でも、手に入る毒を服用してはこの魔法で対処した……君の体調を回復させるのにも役立つはずだ」
もっとも、ことはそう簡単ではない。というのも、単に特定の臓器のみを強化しても、魔法のかかっていない他の臓器に負荷がかかってしまえば、別種の体調不良に陥るだけだからだ。そのため、あまり極端な魔法の使い方はできず、繊細なバランス調整を行いながら少しずつ身体を整えていく必要がある。
自分に魔法をかけるのであればある程度の無茶もきくが、他人の身体内部を強化するのはかなり神経を使う作業であった。
「――そんなわけで、少しリスクのある治療方法なんだ。本来なら、時間がかかっても自然治癒に任せたほうが良いのだが」
「そんな悠長なことを言っていられる状況じゃないからな。理解した。やってくれ」
シャルロッテは間髪入れずにそう答えた。
「そんな簡単に俺を信じて良いのか」
「あぁ、もちろん。フリードが敵側の人間なら、とうの昔に私の命はないだろう。それに、私の婚約者が……あの臆病で慎重なスラグが、君のことを友人と呼んでいたのだ。信じるさ」
スラグが信じるから、自分も信じる。
その理屈は、フリードにとっても納得のいくものだった。というのも、彼がシャルロッテを手助けするのだって、スラグに頼まれたことが理由なのだ。
「……分かった。では任せてもらおう」
フリードにとっても、スラグは友人であった。
王の血を引きながら王族として育たなかったフリードとは対照的に、王族として育ったスラグは王の実子ではない。背景を考えると複雑な関係ではあるが……それでもスラグは、フリードの人生を良い方に大きく変えてくれた。感謝してもしきれない恩人であり、かけがえのない友人なのだ。
「シャロちゃん! ねぇねぇ、あたしは? あたしのことは信じてくれてるの?」
「もちろんさ。ララのことは……なんというか、疑うほうがアホらしい気持ちになるからな」
「わーい! なんか褒められてる気がしないけど!」
数少ない友人が、死期を悟ってよこした手紙。どうかシャルロッテを助けてやってほしい……その頼みを無下にすることなど、フリードは考えもしなかった。





