04 旅の始まり
フリードの錬金工房があるモノテイル市は、アプリコット王国南部の大都市であり、古くからデーツ王国を中心とする南側諸国との交易が盛んであった。
魔物の侵入を防ぐ高い外壁の中では、使える土地が限られている。そのため、次々と作られる各種工場は上へ上へと竹林のように伸びながら、歴史ある街並みを飲み込んで今も成長を続けている。
農村部から仕事を求めてやってきた人々の多くは、狭いアパートメントで暮らしながら日々忙しそうに働いている。そんな雑多な人混みをどうにかかき分けながら、三人は乗り合いバスの停留所までやってきていた。
「マスター、どのバスに乗るの?」
「こら。その姿で喋るなと言っただろう」
「……ウ、ウス」
そうして黙り込んだララは現在、大柄な重装騎士のような格好をしている。より正確に言うのであれば、彼女は騎士型ゴーレムの胸部コックピットに乗り込んで、内部でガチャガチャと操縦桿を動かしているところなのだ。
一方で、現在のフリードは老人の姿……魔道具の指輪を使って外見年齢を八十年ほど弄り、いかにも老いた錬金術師ですといった姿で杖をついている。錬金術師の服装はそのままだが、実際に上級錬金術師ともなればはこのくらい老いていることも多いため、本来の姿よりも違和感がないくらいである。
「師匠。ボクがチケットを購入して来ますよ」
もちろん、彼らと一緒に歩くシャルロッテもまた変装をしていた。
老錬金術師の付き人をしている見習い錬金術師の少年、という設定で立ち振る舞うシャルロッテは、なんだか少し浮かれているようであった。もちろん今も賞金首であることに違いはないため、楽しんでいられる状況ではないのだが。
老人姿のフリードは、小さくため息をつきながら首を横にふる。
「まぁ、落ち着きなさい。チケットは儂が購入して来るとしよう。大人しく待っておれ」
「別に大丈夫なのに」
「……新聞を買うのに金貨を出そうとするような世間知らずに、チケット購入なんて任せられんわい」
フリードがジト目を向けると、シャルロッテはさっと視線を逸らした。
実は今日、ここに来るまでにシャルロッテが何度もやらかしそうになったため、偽装工作に関する彼女の信頼度は地の底を這いずっていた。どれほど考えて行動したとしても、彼女が王女として育ってきた故の常識のズレは防ぎようがなかったのである。
停留所に並んでいる乗り合いバスは、魔馬が牽引する昔ながらの魔馬車から、最新式の魔導機関が組み込まれた魔導車まで様々である。
「今日は魔導車に乗って移動する。二人ともここで待て。変な騒ぎを起こすなよ」
「ウス」
「……分かりました」
フリードやララは、モノテイル市ではそれなりに顔を知られている。知り合いに遭遇するリスクを考えれば、偽装は必須になるだろう。
◆ ◆ ◆
スラグとその会話をしたのがいつの茶会のことだったか、シャルロッテはもう正確に思い出すこともできない。たしかあれは、どんな魔法具を使っても癒やしの魔法を発動できないという事実に、彼女が不貞腐れていた時だった。
婚約者のスラグは、シャルロッテに怯えて距離を取りながらも、困ったように眉を寄せていた。
「仕方ないよ、シャルロッテさん。生まれ持った魔法は自分で選ぶことができないんだから」
「……それは分かっております」
「魔術の研究が進めば、将来はどうなるか分からないけれど……現状で不可能なことは無理だと割り切るしかない。なんて、僕に言われなくても分かっているだろうけれどね」
確かに、魔法よりも魔術の方がまだ可能性はあるだろう。
魔法というのは、生まれた時から個人の体に刻まれている術式で発動するので、変えようがない。一方で、魔術というのは魔道具に刻んだ術式に魔力を込めて発動するため、誰が使っても一定の効果を出すことができるのだ。
ただその分、魔術は効果の微調整などが全く利かない。例えば人を治療するような、繊細な術を行使するには不向きなのである。
「私だって、自分が無謀な挑戦をしようとしていることは理解しているつもりです」
ただ、理解はしていても落ち込んでしまうものだ。肩を落とす彼女に、スラグは柔らかく微笑みかける。
「竜の因子が強いというのも、困りものだね」
「えぇ……私の身に秘められた竜の魔力は、どうしても暴力的な印象を相手に与えてしまうようです。おかげで婚約者様にも、出会ってからずっと怖がられ続けていますし」
「あはは、それはごめん。本当にごめん」
気まずそうに頬をかくスラグに、シャルロッテは内心で少しがっかりしてしまう。
王族という社会的な権威と、竜の因子という生き物としての強さ。望んで獲得したわけでもないそれらの形質が、自分の周囲から人を遠ざけてしまう。幼少期からそれは変わらなかった。
それでも他国の王子ならば、同じ気持ちを共有できるのではないか。この孤独も終わるのではと期待していたのだが……蓋を開ければ、彼もまた自分に怯える者の一人でしかなかった。
「僕はこの通り、臆病者だけどさ」
「……そうですね」
「だけど、確信していることがあるんだよ。君のような優しい子には、いつかきっと親しい人ができる。その強烈な魔力に怯えることなく、ありのままの君を受け入れてくれるような人が現れるさ。きっとね」
――そんなものは、根拠もない気休めの絵空事だ。
あの時は、スラグに何と答えたのだったか。
シャルロッテが覚えているのは、臆病な婚約者に対してひたすら不満を募らせていたことと、自分に親しい者などできはしないと諦めきっていたことだけである。
◆ ◆ ◆
どうやら、魔導車に揺られながら少し眠ってしまっていたらしい。
シャルロッテは薄目を開き、周囲を確認する。この乗り合い魔導車は、都市間を繋ぐように決まったルートを走行している。乗客は二十人程度まで乗ることができるが、現在は座席の半分ほどしか埋まっていなかった。
『起きたのか、シャルロッテ。まだ体調は思わしくないか』
脳内に響く念話は、隣に座るフリードからのものである。
身に付けている魔道具のイヤリングは、声を出さずにコミュニケーションを取れる便利なものだ。姿形を偽り、周囲に会話を聞かれたくない今の状況では、重宝する魔道具であった。
『まだ本調子ではない……が、大丈夫だ』
『そうか。どうやら君は自分の体調を軽んじる傾向があるようだからな。警戒は俺の方でしておく。今はゆっくり休んでいるといい。少なくともあと数日は、旅が続くんだ』
『……ありがとう』
――ありのままの私を受け入れてくれるような人、か。
スラグは何をどこまで見通していたのか。シャルロッテは口の端で小さく笑いながら、心地よい微睡みに身を任せ、再び夢の世界へと入っていった。





