16 新しい時代
デーツ王の庶子、傭兵のライアット・ベルガモットは驚愕していた。
自らの身に宿る竜の魔力。普通なら王族しか持っていないそれを、彼はただひたすら戦うためだけに鍛え上げてきた。真正面から戦えば、誰にも負けないと自負していたのだ。
「まさか……ホムンクルスに負けるとは、な」
腹に刺さった長剣が、彼を大岩に縫い止めている。おそらく自分はもう死ぬのだろうと……彼は諦観とともに、どこか清々しい感情すら抱いていた。
「もう。あたしがホムンクルスだからって、舐めてるからそうなるんだよ。純粋な戦闘技術で言えば、けっこういい線行ってたのにさぁ」
「あのなァ……まさか、ホムンクルスがゴーレムを操縦してるとは思わんだろ。油断とかじゃねえ、そもそもお前みたいな存在がいるなんて、こっちは想定できてなかったんだよ」
ライアットが愚痴るように言うのも無理はない。
ホムンクルスは柔軟な自己判断が出来るが、身体が小さく弱い。一方でゴーレムは固くて力もあるが、自律型して動くことはない。しかしまさか、その二つを組み合わせることで弱みを打ち消し、ここまで強い戦闘兵器に仕上げてくるとは想像もしていなかったのである。
「つーか、お前自身の戦闘センスがとんでもねえ」
「あーうん……それはたぶん、前の体の時の経験が生きてるからだよ。ずいぶん長いこと、賭け闘技場の選手として戦わされてたからさ」
「そうか……納得だわ。そいつは大変だったなァ」
ライアットはそう言って、ララに同情したような視線を向ける。
「その目はやめてよぉ。もう生まれ変わって、今は普通のホムンクルスとして生活してるんだからさ」
「おう、悪い悪い。実は俺も、赤ん坊の頃に闘技場に売り飛ばされてな。ずっと剣闘士をやってたんだよ。ただ、あんまりにも勝ちすぎちまって、商売にならねえってんで放逐されてなァ……戦うことしか知らなかった俺は、傭兵として生きてきたんだよ。これまでずっとな」
ライアットは胸ポケットからタバコを一本取り出すと、魔道具で火をつける。
「あーあ。報酬がいいからって、帝国なんかに雇われるんじゃなかったぜ。自由だの革命だの、俺自身はどうでも良いと思ってたからなァ」
「そうなの?」
「ああいうのは自分の人生がある程度上手くいってて、生活に余裕のあるやつが暇を持て余してハマるもんなんだよ。俺は正直、ああいう正論ぶった話し方をする奴らを好きにはなれねえんだよなァ」
口から煙を吐きながら、ライアットは可笑しそうに笑う。
「ま、人生の最後に楽しい殺し合いができて、俺は十分満足したぜ。ありがとな。だからお前は、俺を殺したことなんて気にしなくていいんだ……そんなしょげた顔すんなって。この俺様が直々に感謝してやってんだから、もっと喜べよ」
この日、王族の血を引く一人の傭兵が、その激動の生涯の幕を下ろした。唯一の証人となったホムンクルスのララであったが、彼の最期の様子については固く口を閉ざし、誰にも語ることはなかった。
◆ ◆ ◆
フリードに横抱きにされて、ふわりと空を飛び、お姫様のように運ばれていくシャルロッテ。彼女は茹でられたクラーケンのように顔を真っ赤に染めながら、フリードの胸を拳で叩いた。
「こここ、この抱き方はえっちなやつだぞ。私は詳しいんだ。べ、別に嫌だと言っているわけではなくてな。ただ、物事には順序というものがあって」
「はぁ……」
フリードはいつもの鉄面皮のまま深くため息をつくと、念話のイヤリングに魔力を込める。
『ララ。シャルロッテは確保した』
『良かったぁ、シャロちゃん無事だったんだね』
『あぁ。こちらは問題ない。爆弾用意』
『うん。爆弾用意、よし』
『投下しろ』
フリードは念話で指示を出しながら、シャルロッテの頭を軽く撫でる。
「一人でよく頑張ったな」
「……フリード」
「その、だな……もしも君が物語に出てくるような優しい聖女様だったら、今頃この国は帝国に蹂躙されていただろう。だから……破壊しかできないとか。あまり自分を悪し様に言うもんじゃない」
フリードの言葉を聞いて、シャルロッテは思わず吹き出しそうになった。なるほど、ララが彼をツンデレと呼称する理由が、今はとてもよく分かる。
「……フリードは私のことが大好きなのか」
「なんだ。急にポジティブになって」
「ふふふ。ツンデレ錬金術師め」
「やめろ、頬をつねるな。このポンコツ女王」
そうして二人が話しているそばで、空を黒く染める大量の鳥が――いや、鳥型のゴーレムが列をなして飛行していった。そしてそれは、帝国軍に向かって次々と落下していく。
巻き起こる爆発。その一つ一つは小規模だが、とにかく数が多かった。
「あの爆弾は……シャルロッテの魔法のように、全てを殺し尽くすものではない。むしろ、ギリギリのところで人が死なないように加減した兵器だ」
「……フリードは優しいのだな」
「優しい? 冗談だろう」
フリードが空中から見下ろすように眺める先。風で爆煙が散らされた場所には、地面に転がって今にも死にそうな帝国兵の姿があった。
「帝国の従軍神官は、これから兵士の治療で手一杯になる。治る者もいるだろうし、後遺症を抱える者も、もちろん死ぬ者も出てくるだろう。そして、彼らはアプリコットへの“恐怖”を帝国へ持ち帰ってくれる」
「なるほど……確かに優しくはないな」
「だが、皇帝との戦後交渉はやりやすくなる。なにせシャルロッテが単身であれだけの兵を削り、その後は妙な爆弾で大量の戦傷者を出したんだ。さすがに継戦の判断をするほど愚かな皇帝ではないだろう」
話しながら、ふわりと地面に着地する。
そこに待っていたのは、ホムンクルスのララ。そして、シャルロッテの知らない男が一人。彼は何やら魔道具を構えて、彼女の方へと向けている。
「始めまして。オレはジャーナリストのアジャル・プラム。今は竜玉の魔道具を使って、この映像を国中にお届けしているところです」
「……竜玉放送か。いつから撮影してるんだ」
「そりゃもう、女王様が帝国軍を相手にバッタバッタと無双してる姿をバッチリ放送してますわ。それで、いくつか質問したいんですが……革命運動を裏で煽ってたのは、ダムソン帝国だって噂を聞きましてね。もしかして今回の進軍も――」
ちなみに、竜玉の魔道具は魔力消費が激しく、王族並みの魔力量を持つ者しか使用することができない。
つまり、フリードと同じくデーツ王の庶子であり、報道というものに並々ならぬ熱意を持っているアジャルという男は、竜玉の魔道具を預けるのに最適の人材なのである。
「――なるほど。帝国は属国の民を二等市民にする」
「あぁ。奴らが自由主義を語っている時の市民という言葉は、帝国本国の一等市民のことだけを指しているのだ。それ以外は奴婢の扱いと変わらない。この国が帝国軍の手に落ちれば、おそらく他の属国と同様の扱いが待ちかまえているだろうが……そんなもの、許容するわけにはいかないのさ」
結局のところ、どうしたって時代は変わっていくのだろう。しかしどんな風に時代を変えていくのか、具体的なことが事前に決まっているわけではない。それは誰かが決めてくれるものではなく、自分で考えて作っていくものなのだから。
シャルロッテは今、新しい時代に思いを馳せている。竜の王国が終わったとしても、彼女が果たせる役割はまだあって、未来は無限に広がっている。
今ならば、そんな風に信じられるような気がしていた。





