15 壊すことでしか
――人を癒やすような、優しい魔法が使いたかったな。
そんなことを考えながら、シャルロッテは紫炎を込めた大斧を振り切る。
効果の固定されている通常の魔道具とはまるで違い、この大斧の「魔法具」は持ち主の魔法に指向性を与えてくれるものである。彼女の炎は紫色の斬撃となって、広範囲の敵を切り裂き、燃やし、塵に変えていく。
「ふん……わざわざ橋をかけてくれるとは、ご苦労なことだ。おかげで戦いやすいよ」
そうやって小さく呟きながら、もはや単調な流れ作業のように敵を葬る。
強力な魔法を扱える王族も、多数の敵を同時に相手取るのは困難だ。だから相手の数が多い時は、百人と同時に戦おうとするのではなく、一対一を百回繰り返すような戦術の工夫が必要になってくる。
そう。ちょうど今、橋を渡ってくる敵兵を順番に葬るような……まさにこの戦場は、シャルロッテにとって好都合なものなのである。
そうしてしばらく敵兵を燃やし続けていると、ふと彼らの進撃が途切れる。次の瞬間、まるで雨のような矢がシャルロッテに降り注ぎ、周囲の地面を激しく掘り返した。
「なるほど……魔弾杖の射程距離だと、私の斬撃が届いてしまう。曲射のできる弓の方が、確かにこの状況では有効だろうな」
ふむふむと、納得したようにシャルロッテは頷く。そして、矢の雨とタイミングを合わせるように突進してきた敵兵を、難なく切り飛ばした。この程度の小細工で、この場を突破させてやるわけにはいかない。
矢を防いだのは、フリードから借り受けた障壁の魔道具である。腕輪型のそれは、フリードがこだわり抜いて作ったハイスペックな非売品である。難点としては、起動するのに王族レベルの魔力量が必要になるという部分なのだが。
「つまり、私なら使用できるということだ。まったく……これを王家に献上していたら、とっくの昔に特級錬金術師の称号を得ていただろうに」
もちろんフリードには、デーツ王の庶子という微妙な立場がついて回る。おそらくこれまでは、積極的に王族と関わろうとしてこなかったのだろう。
その事実を少しだけ寂しく思いながら、シャルロッテはその身から強力な魔力波を放出する。気の弱い者であれば、これだけで戦意を喪失してしまうだろう。
魔力波を受けて、対岸で突進準備をしていた魔馬たちが怯えたように暴れ出した。魔物を使役する系統の術は、術者以上の魔力を浴びせかければ制御が効かなくなる。
「はは……全てを無に帰す紫炎。私の凶悪な魔力に触れれば、人も魔物も皆、少なからず私に対して怯えの感情を浮かべる」
腰砕けになった兵を、彼女は容赦なく焼く。
「だというのに、あいつは……フリードは、迷わず私の手を取った」
魔力障壁を展開した重装歩兵が陣形を固めて橋を渡って来るが、シャルロッテはほんのり苦笑いをして大斧を振り切った。
彼女の魔法は破壊の炎。生半可な防御障壁や魔装鎧など紙切れも同然である。むしろ、涼しい顔をして防いでいたフリードの方がおかしいのだ。
どれだけ長い間、一人で戦っていただろうか。時間の感覚はすでに麻痺している。僅かな時間しか経っていないような気も、数刻が過ぎているような気もする。その間、殺して、殺して、殺し続けた。
「あぁ、隊長を殺してしまったな。新兵とも気さくに会話をするいいヤツだったが……仕方ない。これは戦争なのだから」
少し前まで新兵ロットとして帝国軍の陣地に入り込んでいたシャルロッテは、幾人かの顔見知りを切り燃やしながら、あらためて自分の罪を確認する。身分や国籍によらず、彼らもまた一人一人が人生を持っていたことを知っている。嫌がらせのような破壊工作によって大勢を苦しめた上、こうして容赦なく殺し続ける自分は、もはや外道と唾棄すべき存在なのだろう。
彼女の紫炎は、すべてを飲み込む貪欲な蛇のように周囲の者へも燃え移る。そのため、身を焦がす炎を消すために、橋の上から大河に身を投げる者も大勢いた。
この大河は近頃の工場乱立ですっかり汚染されており、魔魚が共食いを繰り返す地獄となっている。人間が落ちればただでは済まないのだが、彼らはそれよりも焼け死ぬ方が嫌だったのだろう。
しかしそもそもの話として、彼女の紫炎は水に入った程度で消えるほど生温いものではない。
「……人を癒やすような優しい魔法は、残念ながら私には使えない。きっと神様が、私のような悪辣な女には似合わないと言っているのだろう」
胃の中が空っぽになったような、強い魔力欠乏。シャルロッテはフリードから貰った魔力回復の錠剤を奥歯で噛み砕き、あらためて帝国軍を眺める。
これだけたくさん殺しても、奴らが減ったような気がしない。戦いは数なのだ、という誰かの言葉が脳裏に浮かび、彼女の心に影を落とす。
「それでも、戦うしかないんだ。破壊の魔法しか使えない私は、敵を殺すことでしか皆を守ることができないのだから。壊して、壊して、全部壊して――」
大斧に魔法を込めて振り抜けば、弧を描く斬撃が次々と着弾し、帝国兵を確実に減らしていく。それでも、兵が途切れる様子はない。
「やはり私は外道だな。壊すことでしか、守れない」
彼女がぎゅっと大斧を構えた、その時だった。
「――女王が、あまり自分を卑下するな」
太陽が落ちてきたのではないかと感じるほど、激しい熱と閃光。続けて、聴覚が狂うほどの轟音が、爆風とともに戦場を駆け抜ける。
呆気にとられていたシャルロッテは、ふわり、とフリードに横抱きにされる。そのまま空中に浮かび上がった彼は、まるで鳥のように空を滑って彼女を戦場から連れ出した。





