14 皇帝と女王
竜の因子を色濃く受け継いだ王族の魔力を、仮に猛獣に例えるとしよう。それと比較すると、貴族の魔力はせいぜい猫程度。さらに、庶民の魔力は昆虫のようなちっぽけなものである。
一般的に「魔力持ち」と言えば貴族レベル以上の者を指す。もちろんそこには個人差があり、また生まれ持った魔法性質によっても出来ることは変わってくるのだが、通常ならば庶民が王族に敵う道理はない。
生まれ持った資質だけで、そこには覆しようのない差がある。つまり皇帝が王族顔負けの魔力を持っているということは、庶民出身を謳う彼も実際はどこかの王族の血を引いているということに他ならない。
「まんまとしてやられたな、将軍」
そう話しながら、皇帝が魔力隠蔽をほんの少し緩める。
すると、せいぜい貴族レベルの魔力しかない将軍には、本能的な震えを止めることなどできはしない。
「今回の件で、どれほどの兵を損耗した」
「は。全体の一割ほどかと」
「ふむ。それは敵にとっては大戦果だな……暗闇の中、よほど巧みに同士討ちを誘発したのだろう」
皇帝は口元に微笑みすら浮かべているが、その身から放つ魔力は荒々しい。まるで、これ以上の失態は許されないと、暗に突きつけているかのようである。
「追加の補給はどうなっている」
「は。誤発注の件は今回、商人組合に倍額の代金を支払うことで和解しました。焼損した保存食料もあらためて依頼しましたが……今しばらく時間はかかると」
「兵の鬱憤は溜まる一方だな。娼婦は……」
「薬を盛られた件が尾を引いており、再度の派遣は絶望的かと。兵の慰撫のため、他の活動も強化を検討しておりますが……正直、あまり有効な手は」
戦場において兵士のストレスを軽減するための活動は多岐にわたる。書籍の貸し出し、演劇や展覧会などの芸術活動、スポーツや格闘技などの身体を動かす催しや、神官による説法やカウンセリングなど。
しかし、そういった活動の中でも比重の大きな「食事」「性行為」の二つが制限されてしまっては、他の活動をどれほど強化しても焼け石に水であった。
「橋の建設はどうなっている」
「は。体調不良の者が続出したため遅延しておりますが、作業時間を伸ばすことで対応させております。必ずや開戦に間に合うかと」
「そうか、頼むぞ。お前は今、自分自身が有能な将軍であると証明せねばならない状況だ。そのことを忘れず、よく考えて行動することだ」
皇帝の言葉に、将軍は一切の反論をすることなく深々と頭を下げた。
◆ ◆ ◆
帝国軍の兵士にとって、長かった数日がようやく過ぎ去った。
不足しがちな水と食料。取り上げられた娯楽と、強制される橋の建設作業。夜間の敵襲で同士討ちをすることはさすがに減ったが、油断していると天幕に火を付けられるのでゆっくり寝てもいられない。
それでもどうにか仮説橋が完成し、各地から追加の兵士も到着した。あとはさっさとアプリコット王国を制圧するだけだ――と、兵士たちが橋を渡り始めた時であった。
「ごきげんよう。ダムソン帝国の諸君」
大河にかかった橋の、対岸に立つ女。
その女は肩に巨大な斧を担ぎ、たった一人で軍の進路を妨げるように仁王立ちしている。
「将軍。あの女は一体」
「女王シャルロッテだ。どんな女かと思っていたが……まさか数の利すら理解せぬ愚か者だったとはな。王族と言えど、個の強さには限界がある。気にせず兵を進めよ」
将軍の指示は、各大隊長から中隊長、小隊長まで迅速に共有される。やがて、栄誉ある一番杖……つまりは下等市民ばかりを集めた捨て駒の部隊が、魔弾杖を構えながら橋を渡っていく。そして、彼らが橋の中間地点に差し掛かった瞬間。
シャルロッテの身体から、まるでマグマの噴火のように溢れ出す魔力。立ち上る巨大な紫炎が渦を巻いて、担いでいる大斧――彼女専用に調整された特殊な魔法具へとまとわりついた。将軍の命令通り橋を渡っていた兵たちも、本能的な恐怖から思わず足を止めていまう。
そして、彼女が斧を振るった刹那。
射線上にいた全ての兵が、腹のあたりで上下真っ二つに切り裂かれ、紫色の炎を上げながらその場で燃え上がる。あまりに一瞬の出来事に、彼らは断末魔を上げるどころか、自らの死にすら気づかない様子でそのまま塵になった。
「おやおや。そんなに勇んで国境線を越えるのは、あまり上品ではないな。不躾に私の国を踏み荒らすということは……骨まで残さず塵になる覚悟は、できているのだろう?」
女王シャルロッテは大斧を再び肩に担ぐと、口角をニヤリと持ち上げて、帝国兵に涼し気な視線を向けた。





