第393話 敵国の返答と不穏な邪神の陰
停滞していた俺達の下に、ようやく敵の動きが出たという報告が入った。東スルデン神国から、こちらに書簡が届けられたらしい。それが最前線の駐屯地にあるという事で、俺達に招集がかかったのだ。
「聖女様」
フォルティスが待ってましたとばかりに、扉を開けて俺達に座るように言う。
「書簡の内容は?」
「いえ、それは聖女様宛に来ておるので、中を見ていません」
「私に……?」
こちらの国からは停戦の旨と、交渉の場を設けようという書簡が送られていた。それは和平交渉に移る為の、前段階の話し合いとなる内容だったはず。これは恐らく、その書簡に対する返答のはずだが。
だけど……俺宛て?
「これを」
フォルティスから、東スルデン神国の封がなされた書簡を受け取り、俺はその封蝋をナイフで切る。
内容は次の通りだった。
「この都市にかけられた呪いを解いて欲しい。もし、貴殿が、女神フォルトゥーナの使いであるならば、人道に欠けるこの呪いを解いてくれるだろう。当国の罪なき市民達が困窮しており、このままでは市民に大きな被害が出る。聖職者である、あなたは、それを無視する事が出来るのであろうか? 甚だ疑問である。よって、話し合いの場には貴殿も参加してほしい」
敵の返事は、上から目線だった。
フォルティスとルクセンが怒っている。
「敵国はまだ、自分達の立場が分かっておらんようだ」
「そのようじゃな。まあ、東スルデンとて面子があるのであろうが。ただ、一方的に交渉を飲むわけにはいかん。そう言っておるのであろう」
「ですが、ルクセン様。仕掛けて来たのは、東スルデン神国です。今更、交渉の余地など残っておりません。しかも、こちらは完全降伏を要求するのではなく、和平と言うかなり譲歩した形での交渉です」
「分かっておるのじゃ。して、名指しで受けた聖女様はどのように?」
俺はもちろんきっぱりと言う。
「交渉など、元より考えてません。こちらは既に有利な立場にあります。上から圧力をかけていきます」
そう、俺はどこかの聖女様の物語のような、おしとやかで人道的な聖女などではない。むしろこの書簡を読んで、イライラしているくらいだ。自分の立場を分かっていない奴は、それなりに扱うつもり。
すると、フォルティスもルクセンも深く頷いた。
「では、その方向で」
会議は終わる。最初はこちらから出向いてやろうかとも思ったが、気が変わった。まずは敵の使者を呼びつけてやる事にしよう。
「ヴァイオレット」
「はい」
「直ぐに書簡をしたためます。聖女から」
「かしこまりました」
「交渉したいのなら、それ相応の準備と謝罪の姿勢を示せと」
「はい」
ヴァイオレットが直ぐに書簡をしたため、それを丸めて聖女の封蝋をし書簡を騎士に渡す。
「どう出ますかね」
「フォルティス卿。敵がどう出るかどうかは、もう重要ではありません。私が怒らないかどうかです」
「……怖いですな」
「次の答え次第では、第六の災いです」
「大量に市民が死ぬかもしれません」
この男は、本当に武人なんだなあとは思う。一般市民と、軍人をきちんと区別している。けど、俺は武人じゃないし、いちおう女のなかの女だからな。男だけど。
「自分の生まれを呪うしかありません」
「フフッ……」
なぜかフォルティスが笑う。
「どうしました?」
「私の師のようです。とても厳しい人でしたから、我はいつも甘いと言われておりました」
いや、俺はこれ以上、仲間を平和を脅かさないでほしいだけだし。
「その優しさも大切でしょう。ですが、そこで緩めれば、こちらの民が死ぬやもしれません」
「そのとおり。では、聖女様の方針で参りましょう」
もう、俺の仲間は躊躇する事はない。俺はこれを全て押し切って、女が強い世界にするだけ。
それに、これ以上まごまごさせて、ネメシスにつけ入るすきを与えたくない。
「では団長。敵の動き次第ではありますが、兵に進軍の準備をさせておいてください。敵の答え次第で、東スルデン首都を制圧します」
「は!」
そしてフォルティスは、騎士団に指示を出した。兵が一斉に動きだし、進軍準備に入る。それを見て、ルクセンも自領の兵に準備するように促した。アンナと二人で皆の待つ場所に戻り、その旨を伝える。
ソフィアが言った。
「それでよろしいと思います」
シーファーレンも頷く。
「ソフィア様のおっしゃる通り。既に、予断を許さない状況ですから」
「だよね」
皆が駐屯地の外に出ると、騎士達がせわしなく動いていた。東スルデン首都への進軍ともなれば、全員が無傷とはいかないだろう。俺達が、第六の災いを発動させたあとに、一斉に騎士が王都へと向かっていくことになる。まあ俺も、出来れば被害は広げたくはない。だってきっと、東スルデンの首都にだって、可愛い女入るだろう。そこに被害を出したいとは思っていない。
「それよりも。この事が、ネメシスに伝われば……」
シーファーレンが頷く。
「動きますでしょうね。それが、何処かは予測がつきませんが」
「あまり動いて欲しくはないけど」
「はい」
東スルデン神国の動きが、ネメシスとの絡みなのかどうかは分からない。デビドとやらが、聖都を離れている以上は、東スルデン上層部の判断だとは思う。
「警戒すべきは、アルカナ共和国への攻撃。そしてズーラント帝国の介入」
「やはりありますか?」
「東スルデン神国が、まだ強気を残してると言う事はね。ズーラントとの密約があるかも」
俺が言うと、シーファーレンが深く頷く。
「聖女様のおっしゃる通りかと」
あれだけ揺さぶっても、この強気な姿勢はその可能性が高い。
それから、数日は何も起きなかった。俺達は前線の駐屯地で待機し、敵国からの返事を待っていたが、それは違う方向からやってきた。
それはルクスエリムの諜報だった。
ガタン!
「せ、聖女様」
随分と余裕がない。どうやら、怪我をしているよう。突然、扉を開けて入って来たのでびっくりした。突然のことに、アンナが剣を突き付けている。
「アンナ。大丈夫だよ」
アンナが剣を仕舞い、俺はすぐに諜報に回復魔法と聖魔法をかけてやった。
「水を」
ミリィが水を汲んで、諜報に渡すと一気に飲み干す。
「い、生き返った。はあはあ、傷も……ありがとうございます!」
「あなたのような手練れがどうしました?」
「聖女様。恐らくは、もう一人のネメシスの使徒を見つけました」
「接触したのですか!?」
「はい。私は商人に化けておりましたが、察知され殺されかけました」
「どこで?」
「東スルデン神国と、ズーラント帝国の国境沿いにある都市です」
「そうなんですね」
「私はあの、デビドを追ってました。それらが、潜んでいた都市にやって来たのが奴です」
「良く見つけました」
「危うく死にかけましたが」
どうやらそこで、もう一人の使徒にあったようだ。しかも、接触したらしい。
「それで?」
「恐らく、ズーラントが動くかと。ですが、この情報を持ち帰る前に、殺されかけて戻りました」
「実は、東スルデン神国と交渉中なのです」
「……おそらく、そのタイミングを狙っているものかと」
「最悪」
「はい」
ズーラント帝国が動くとなると、そいつらがどこに出るかが問題だ。だが、おおよその推測はつく。
「トリアングルム連合国が睨みを聞かせているから、わが国には来ないでしょう。来るとすれば恐らく」
「アルカナ共和国かと……」
うわあ……東スルデン神国だけを警戒していればよかったが、ズーラント帝国まで絡んできやがった。
俺がソフィアとシーファーレンを見ると、二人は頷いた。
そしてルクスエリムの諜報が言う。
「直ぐに、本隊に連絡を」
「いきましょう」
俺達は諜報を連れて、フォルティスのところに行く。今の話を聞いて、フォルティスもルクセンも渋い顔をした。
「それは、よろしくない状況ですな」
「ええ。恐らくアルカナ共和国が狙い、だけど東スルデン神国に援軍を送る可能性も出てきました。アルカナを押さえて、大部隊を入れて来る可能性があります」
「聖女様の言うとおりじゃろう、狙いは和平の阻止じゃな」
俺達の動きは、更に難しいものになってしまったのだった。




