第387話 邪神の本当の目的
それから、俺達はあちこちを動き回る事になった。前世のように、スマートフォンなどで連絡する事は出来ないので、ギルドを回りつつ情報をとらねばならない。ギルド間の伝達が頻繁に行われていると言っても、本部に伝わるまでの時間はかかるからだ。
ただし、ギルドの利点は国をまたぐ事。国家が影響しない組織なので、その情報はどこにいても回って来るのである。
俺達はいま、飛ぶヒッポの馬車の中にいて、俺とシーファーレンが話をしていた。
「これで、敵は網にかかるかな?」
「それが正確な情報ではないにせよ、異常値というものはどこかに現れます」
「消えた敵の部隊の狙いが、何処なのかが分らないからね」
「そうですわね。ですが、必ずどこかに現れますでしょう」
「だろうねえ。大人しくしてくれていればいいんだけど、そんなはずはないしね」
「我がヒストリアの軍勢が東スルデン神国に入り込んでいる以上、どこか弱ったところに来ると推測されるのですが」
「だから、アルカナ共和国だと踏んだんだけどね」
「はい」
確かに攻め落としやすさで言えば、今のアルカナ王都が一番弱いだろう。ここを叩けば、東スルデン神国は、ヒストリア王国だけに戦力を割く事が出来る。アルカナ共和国と東スルデン神国の国境で消えた、デビドの部隊が来るとすればそこだと思っていた。
「七つの災い作戦で、東スルデン神国は兵を引いた。恐らく聖都防衛戦のような状況になると思うんだけど、そうなるとヒストリア王国が手薄になる。三割の兵が王都に残っているから、そこにデビドが出たところで、大きな成果は出せないだろうけどね」
俺達はヒッポの馬車であちこちを周り、デビドの軍を警戒しているのだった。だがあれから数日、何処からも情報は入って来ない。ヒストリア軍部もそろそろ痺れを切らしており、このまま東スルデン神国聖都に進軍する事も考え始めている。
そしてヒッポの馬車が、フォルティス団長らがいる前線の駐屯地へと降り立った。
「聖女様」
「団長。状況は?」
「今のところ兵站線が襲われる事も無く、物資の供給も滞りなくされております。ですが、長引いてしまうと、別の懸念が起きてきますでしょうな」
俺は頷いて答える。
「ズーラント帝国でしょうか……」
「ええ。ヒストリア王国と東スルデン神国の戦いが伸びれば、戦力が低下していきます。そこを狙って、彼の国が攻めてこないとは限りません。そうなれば、トリアングルム連合国も交えた、大戦にも発展するでしょう」
だよね……。
たぶん、ネメシスが狙っているのは、ヒストリア王国と東スルデン神国をぶつけて疲弊させること? デビドの隊が消えたのも、その弱ったところを襲う為だ。
「国をまるで、オトリのように使って……」
俺が言うと、聖女邸の皆のフォルティスもルクセンも、こちらを見た。そしてフォルティスが言う。
「聖女様……恐ろしい事ですが、まさか……邪神は、各国を丸々餌にしようとしてませんか?」
俺も、ハッとした。
「……して……ますね」
それにルクセンが頷いた。
「敵が……人間のように考える。と、考えておったのが間違いではないのじゃろうか?」
いや……もちろん、俺達は邪神を相手にしていると思っている。だが、その感覚的な物が抜け落ちて、人としての戦い方を考えていたかもしれない。
シーファーレンが言った。
「邪神は……邪神は、国々の事などどうでもいいのです。ネメシスは、全ての国を争いの渦中に置いて、人間が弱っていくのを待っているのですわ」
皆が険しい表情で頷いた。その通りだろう……邪神ネメシスにとって、国の覇権争いや、国家の領土問題などどうでもいいのだ。戦争が起きれば交流も途絶え、国々が疲弊していく。それを待ってる……。
だんだんと、合点がついて来た。
「邪神は短期決戦など考えていない」
フォルティスがボソリという。
「……人間が弱るのを待つ……」
相手の狙いは、恐らくそう言う事だろう。あの、トリアングルム連合国での、ネメシス本体との戦いで、敵も弱体化しているはずだ。そこで、何をするかと考えれば、こちら側の弱体化を狙うだろう。
「この、戦い自体が、邪神の思うつぼという事じゃろうかのう」
「その可能性が出てきました。ギルドに情報収集を募っていますが、未だに敵の消えた部隊の消息がつかめていません」
「既に東スルデン神国国内には、いないのじゃなかろうか」
「なら、敵がとる次の一手は?」
「動かない……という事も考えられる」
それは、非常によろしくない状況だ。このまま、ヒストリア王国と東スルデン神国が疲弊すれば、敵の思うつぼ。長引いて、膠着状態になればどちらも疲弊する。それに巻き込まれた、アルカナ共和国も同じく軍の増強など出来ない。
「ズーラント帝国とトリアングルム連合国。ここもにらみ合いはしてますが、どちらも軍を疲弊させるまでには至らないでしょう。いずれは、どちらも巻き込むつもりかもしれませんね」
そこで俺が、そこにいる皆に言う。
「七つの災い作戦を遂行しましょう」
皆が俺を見た。そこで俺が続ける。
「どこまで敵国に浸透しているかが分かりませんが、兵を引くまでに至っている。残りの災いは三つ」
「どうするのです?」
「進軍している皆さんには……言いづらいのですが」
フォルティスが俺に聞く。
「何が言いづらいのですか?」
「聖都攻略までもう一歩、兵力も使って命がけで戦った。もちろん、目標としては、敵国の降伏一点だと思います。ですが、そこで譲歩し、和平交渉に結び付けてはどうでしょう」
一同が静かになるが、フォルティスが静かに言う。
「それは、陛下の命が必要でしょうな。みすみす、美味しいところを逃すとは考えにくい」
ううむ。そうなって来ると、ヒストリア王国の貴族達もうるさいかもしれない。
「貴族に口出しさせずに、取り決める事は出来ますか?」
「難しいでしょうな。ですが……」
フォルティスが何かを言いかけたので、俺が促す。
「言ってください団長」
「まことに不敬な事を言います」
「どうぞ」
「えーっと、ここからは、ここだけの話。私は軍法会議にかけられるのは困ります」
ここにいるのは、俺と聖女邸の面々とウェステートとルクセン、そしてウェステートの父親シベリオル。そのなかで、王に忠義を尽くす騎士団のトップが、苦笑いをしている。
そこで俺が言う。
「えー、ここにいる皆さん。ルクセン卿もシベリオル卿も、この事は……この聖女が預かるという事でよろしいでしょうか? もちろん他言無用で、ここでの話が漏れた場合、私もフォルティス団長と一緒に責任を負いましょう」
男と一緒に責任を負うなんてやだけど。しかたない。
「わかったのじゃ」
「わかりました」
聖女邸のメンバーも頷いた。
そしてフォルティスが頷く。
「では、言います。もしこちらが圧倒的だったとしても、和平交渉の譲歩案に従わねば、聖女様が寝返る。とでも言えば、王国内に反対する人は一人もいないでしょうなあ。もちろん……これは冗談ですがね。忘れてください」
なるほど。俺自身を脅しに使うか。だがそれにはソフィアが異を唱えた。
「何をおっしゃいます! 団長! 聖女様が寝返るなど!」
だが俺がそれを制する。
「ソフィア。もし、だよ。もし。私は裏切らない、特にあなた達十三人の事は絶対にね」
「「「「「「「「「「「「「聖女様!!」」」」」」」」」」」」」
聖女邸の面々と、ウェステートが声をそろえて言う。
だってほんとだもん。正直、国とかどうでもよくて、ここにいる可愛い十三人さえ守れれば、、俺はぜーんぜん困らないし。マジで。
フォルティスも目をつぶって腕を組み、苦笑いして頷いている。
「まあ、フォルティス団長の……冗談はさておき、そろそろ動いた方が良さそうだね。みんな」
皆が頷いた。
そして俺達は早急に、ヒッポの馬車に乗り込み、ヒストリア王都へと飛ぶのだった。
国を消耗させることなく、解決に向かって動くという難題。だが、恐らくそれが一番、ネメシスの裏をかく事かもしれない。ヒッポの馬車の中で、俺達は作戦会議を行い、数時間で王都に到着するのだった。




