第384話 もぬけの殻になった敵陣
どうやら落ち着いてからの俺は、気を失うように眠り込んでいたらしい。起きた時、めっちゃ体がだるくて喉がカラカラに乾いていた。
「う、あー」
ガラガラだ。
「聖女様がお目ざめになりました!」
「ミリィ……」
ガラガラの声でミリィに声をかける。
「心配しました」
「なんか、よく覚えてないんだけど」
「三日三晩眠り続けておりました」
「うっそ……そんなに?」
だるいわけだ。とりあえずゆっくりと体を起こすと、仲間達が部屋に飛び込んで来る。そしてシーファーレンが直ぐに近づいて来て、俺に回復魔法をかけた。
「ヒール」
フワッっと光り輝いて、俺の体が軽くなる。そして懐から、特性の回復薬を出した。
「どうぞ。これを飲んだら、直ぐに水分を」
「ありがと」
コクリ。一気に体が回復するが、それでも力が出ない。
「凄い汗でしたので」
ミリィが心配そうに言う。
「ごめんね」
「いえ」
すると水が運び込まれてきて、俺の前にトレイが置かれた。ミリィが水差しを持って、俺の口元へと差し出してくる。
ぬるめの水が、体に浸透していくのが分かった。
「ああ……なんか酷い夢を見ていた気がする」
シーファーレンが申し訳なさそうに言う。
「申し訳ございません。どうやら氷の一粒が、聖女様の髪の毛にまとわりついていました」
「いいよ。幻覚のあれでしょ」
「はい」
「身をもって分かった。これ……敵地はだいぶ、まずいことになってるだろうね」
「そうかと思われます」
「騎士団に伝えなくちゃ」
「ですが、まだ聖女様の体力が」
「そうも言ってられない。アンナ、私を連れて行って」
「ああ」
俺がアンナに背負われて、部屋を出ると皆が心配そうについて来る。まるで、重病人のようになっているが、体のどこかが悪いわけではない。ただ、三日も寝ていて、体に力が入らないのだ。
俺がそのまま一階に連れていかれると、ウェステートが走り寄って来た。
「聖女様!」
「あー、ごめんね。心配したよね」
「はい! でも、ご無事で何よりです」
「おじいさんとお父さんは?」
「駐屯地に」
「行かなくちゃ」
そして俺はアンナとシーファーレンとソフィア、そして世話役のミリィとスティーリアに付き添われてヒッポの馬車に乗る。マグノリアが操って、空を飛び一気に駐屯地へと赴いた。
アンナが俺を背負って指令部に行くと、フォルティスとルクセンとルクセンの息子のシベリオルが、驚いたような表情で俺を見る。
「良くなられたのですか!」
いつも厳しい顔をしているフォルティスが、心配そうな顔で俺に言った。
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「いえ。過密な様子でしたので、体調を崩される事もありましょう」
「不覚です」
フォルティスもルクセンも心配そうにしながら、フルフルと首を振る。そしていつもは屋敷で領の指揮を執っているシベリオルが居て、マイオールが見当たらなかった。
「マイオール卿は?」
それにはフォルティスが答えた。
「は! 敵に動きがあり、一個師団を引き連れて、敵陣視察に出向いております」
「動きが……出ましたか」
「はい。聖女様にその旨をお伝えし、作戦内容を確認しようと思ったところ、床に伏せっているとお伺いしておりました」
「その連絡を待っている状況ですか?」
「そのとおりです」
「では、私も待ちます」
「大丈夫なので?」
そう言われた時、突然俺の腹が鳴り響いた。
グゥゥゥゥゥ!
「し、失礼しました」
「それはそうでしょう! 三日も飲まず食わずで寝ていらっしゃったのです! 兵に、食べ物を用意させましょう!」
「すみません」
俺は椅子に座らせられて、しばらくすると兵士の飯が用意された。それを見て、ソフィアが首を振って言う。
「これでは、胃が受け付けません」
すると持って来た騎士が謝る。
「すみません! これしかなかったもので!」
するとミリィが言う。
「あの、厨房に入らせていただいても?」
フォルティスが申し訳なさそうに言う。
「かまいません」
ミリィとスティーリアが出て行って、俺はとりあえず目の前のスープの液体だけを飲んだ。
しょっぺえ!
かなり塩分が強かった。恐らく、体を動かす兵士達に合わせた食事で、味付けがめっちゃ濃くなっているようだ。それをテーブルに置くと、フォルティスが申し訳なさそうにする。
「申し訳ありません。無骨な前線ではこのようなものしか……」
「いえ。仕方ありません。これぐらいじゃないと、現場が持ちません」
「お気遣い痛み入ります」
そしてミリィたちが、調理し直した料理を持ってきた。具材を細かく切り刻んでおり、消化に良さそうなものを取り分けて来てくれたみたい。スープをスプーンですくって飲むと、丁度いい塩加減に調整されていた。むしろうまい。
「おいしい」
「味を調整しました」
「ミリィの味」
「はい」
そして少し食事をしていると、外が騒がしくなってきた。フォルティスが俺に告げる。
「どうやら、戻ってきたようです」
「きましたか」
しばらくすると、どかどかと足音が鳴り響き、熱血のマイオールが飛び込んで来る。
「失礼します! あ! 聖女様! もうお体はよろしいので!」
「まだ、本調子ではないですが」
「あ、あまり無理をなさらぬように」
「皆さんが命がけでやっているのに、そう言う訳にはまいりません」
「は!」
「前線の事を聞かせてください」
「はい! なんと、敵陣はもぬけの殻でございました!」
敵が……動いた……苦労した甲斐が……あった……。
俺は力の無い声で言う。
「そうなのですね」
「周辺の村人にも聞き回ったのですが、敵騎士団が潜んでいる様子もなく、どうやら王都に退却したのではないかと推測されます!」
「ふう……よかった。では、フォルティス団長。ルクセン卿……」
「前線を上げます。これで敵は、弱体化したとみてよいでしょうかな……」
「まだそうとは限りません」
そしてルクセンが言う。
「わしの方は、領兵を連れてこよう。王都騎士団の支援を行わねばならない」
「兵站線が伸びますからね」
「そのとおりじゃて、シベリオル直ぐに対応じゃ」
「は!」
そして俺が皆に言う。
「警戒すべきは、消えたデビドの軍です」
それにはフォルティスが頷いた。
「伸びた前線の横っ腹を突かれる可能性もあります」
「そこは、ちょっと考えがあります」
「考え?」
「まだ不確かなのですが、私はこの後、アルカナ共和国に飛びます」
すると皆がざわつく。
「お身体が治られてからにしてください!」
「だめです。この機を逃せば、敵がまた前線を押し上げて来るやもしれません」
「しかし」
そこでアンナが言う。
「聖女のいう通りだ。そして、聖女はわたしが必ず守り抜く」
するとシーファーレンとソフィアだけでなく、ミリィとスティーリアも頷いた。
「私達、シーノーブルも、聖女様と同行します」
「私達にお任せください」
「貴女たちが……?」
戦力にならないと言いたいのだろう。俺もそう思っていたが、その隣からソフィアが言う。
「神託がありました。十三使徒が聖女様を守り抜くのだと、聖女様がアルカナに飛ぶというのであれば、我々も一緒に行く必要があります」
「ソフィア……」
一時その場は騒然としたが、フォルティスが深く頷いた。
「分かりました。ですが、聖女様はこの国の要であります。絶対に危険な事はせぬように約束ください」
「もちろんです」
「兵団から護衛をおつけします!」
だがソフィアはフルフルと首を振る。
「十三使徒が居れば大丈夫なのです。それに現場の騎士は一人でも多い方がいいのです」
そうなの!? と俺が聞きそうになる。流石に、肉の盾くらいは連れて行った方が……。
「それは、なぜです?」
「神託があったからです」
「聖女様に出なく、ソフィア様に?」
だがそこで俺が言う。
「そう。ソフィアは予知夢を見るのです。だから、側にいてもらっているんです」
「なるほど。わかりました」
「では、私達はすぐに、アルカナに飛ぶ準備を整えます」
「こちらも、前線を押し上げる準備を」
「そうしてください」
そして話し合いは終わった。心配そうなフォルティスとマイオール、ルクセンとシベリオルだが、俺はアンナに背負われて、再びヴィレスタン城へと向かう。
それから俺達は、今の件を全員に伝え、用意していた装備を身に着け始めるのだった。




