第382話 敵国に走る動揺
駐屯地では、聖女邸の面々が密室に籠り、次の災いの準備をしていた。密閉された部屋で、皆がしっかりと頭からフードをかぶり、鼻と口を何重にもした布で塞いでいる。コツコツと手で剥いたあるものを、箱に詰め込んでいるのである
するとドアがノックされる。
コンコン!
「あ! 開けないでください!」
「は!」
詰め込んでいた箱の蓋を閉じ、俺が魔法の杖を掲げる。
「スプラッシュ」
部屋に水しぶきが上がり、皆が濡れた。
「どうぞ」
「は!」
入って来たのはマイオールだった。俺達の異様な姿を見て、少し面食らっているようだ。
「なんでしょう?」
「聖女様に、お客様です」
「はい」
するとソフィアが言う。
「どうぞいってらしてください」
「じゃあ、みんなは休憩」
「「「「「はい」」」」」
俺とアンナはフードを脱いで、口に巻いた布を取り去った。アンナを連れて部屋を出て歩き始めると、マイオールが俺に話しかけて来る。
「あれは、何をされているのです」
「ああ、次の準備です。動きが無ければ、更なる対策を施す予定です」
「そうなのですね」
暑苦しいコイツにしては、冷静に話をしてくる。なかなか進展が無いので、兵達は待機を余儀なくされており、兵糧や前線の維持が負担になってきているのは分る。だが、マイオールの立場上、それを気にしているなどとは言えないのだろう。でも無駄な死傷者を出すよりは、俺はずっといいと思っていた。
そして案内された部屋の扉を開けると、中には密偵が立っていた。
「これはこれは、聖女様。素晴らしい働きぶりでございますね」
「……ということは、何か進展がありましたか?」
「ご明察です」
そんなもん。おまえが来たからには、何かあったと考えるのが普通だ。少しのおべっかを使うという事は、良い動きが出て来たという事だろう。
俺が椅子に座ると、諜報がそのまま立っているので座るように勧める。
「失礼いたします」
「それで、どういうお知らせですか?」
すると諜報は、俺の前に羊皮紙を広げてみせた。そこには、どうやら東スルデン地内の地図が記されているようだ。アルカナ共和国と東スルデン神国の国境を指さし、丸を書きながら俺に言った。
「このあたりに巣くっていた、東スルデン神国の軍が引きました」
よっしゃ! あのハゲ入道! デヒドだっけ? どうやらアルカナから引いたらしい!
「そうですか。では、現状はどのように?」
「アルカナ共和国側は軍を引いておりませんが、緊張は解けたようです」
「それが良いです。敵の陽動かもしれませんし、気を緩めないのはいい判断ですね」
「その通りです」
「で、その消えた軍はどこに?」
「それが……行方を眩ませました」
うわ。めっちゃ不気味。それはそれで、ヤバい感じもする。
「不穏ですね」
「いま、密偵が網を張り、あちこちを見張っております」
「そうですか」
そして密偵はニヤリと笑う。
「それと、もうひとつ」
恐らくはこちらが本題なのだろう。
「はい」
「聖女様の策でございますが、そろそろ影響が出始めたようでございます」
「そうですか。して、どのような?」
「王都では、呪いだという流言が流れております」
「狙い通りですね……」
「はい。流石にあの、赤い水は効いたようです。飲めないものだとし、生活用水を求めて争いが起きるほどになっているようです」
「のめるんですけどね。それで、聖都のトップはどんな動きを?」
「はい。まずは国民に騒がぬようにと御触れをだしました。これは敵の攻撃では無いと、必死に国民を抑えようとしています」
「なるほど。それだけ……ですか?」
労力のわりに、それほど大きな問題にはなっていないのか?
だが密偵が首を振る。
「東スルデンの聖都から、兵士が前線に情報を持ち帰ったようです。家族が大変な事になっていると知り、浮足立っているようでございます」
「それでも動かない?」
「揺らいではきていると思われます」
「では、もう一押し?」
「はい、恐らくもう一押しで、砂上の棒は倒れるかと。ですが、敵の情報を全て掌握しているわけではございませんので、どのような動きに出るかは分かりません」
まあ、言う通りだろうな。
そして密偵がもう一カ所に指をさして言う。
「気になるのは、ここです」
「そこは?」
「東スルデン神国とズーラント帝国の国境ですね」
俺とアンナがピクリとする。ズーラントを囲んでは、トリアングルム連合国が睨み、ヒストリア王国ではミラシオン伯爵の軍がにらみを利かせている。だが、東スルデン神国とズーラントの国境までは、こちらでどうこう出来るものでは無かった。
そして俺が、密偵に言う。
「デヒドの軍は……そこに出るかもしれません」
「あの、消えた軍がですか?」
「はい。充分に注意して偵察を続けてください」
「かしこまりました。聖女様がおっしゃるのであれば、その可能性は高いのでしょう」
「確証はありませんが」
つうか、もう何か掴んでるんだろ? って思う。
「進言ありがとうございます。情報は、ここまでになります。次の策はもう?」
「次の準備は出来ています」
「恐ろしいですな。第四の災い、敵国への侵入はくれぐれもお気を付けください」
「はい」
「では、私はこれにて」
密偵が部屋を出て行く。それと入れ替えに、マイオールが入ってきてお茶を運んできた。
遅せえよ、もう終わったっちゅうの。メイドの真似事など出来ないなら、するなって感じ。
「もう行ってしまわれたのですね」
「用件はすみました」
「無駄になりました」
俺とアンナが顔を合わせて言う。
「では、そのお茶を頂きましょう」
「そうですか!」
そしてアンナも座り、二人でマイオールの入れたお茶を飲む。
まっず。濃すぎん?
俺もアンナも無口になってしまう。そこで俺がマイオールに言う。
「今度から、うちの子に煎れさせましょう」
マイオールが汗をかきながら言う。
「ダメでございましたか?」
ああ! 風味もへったくれもねえよ。ただ苦いだけのお湯だ!
「そうですね。やはりプロに任せた方がいいでしょう」
「申し訳ございません」
「フォルティス団長を、お呼びくださいますか?」
「は!」
そして少し待っていると、マイオールがフォルティスを連れてきた。俺は、東スルデン神国の状況を伝え、第四の災いの後に敵に動きが出るかもしれないと伝える。フォルティスは、少しほっとしたような表情をして伝えてきた。
「兵の中には、攻め入ってしまいましょうと言う案も出ておりました。やはり敵地での、動きのない日々は兵士にも疲れが出ているようです。もちろん屈強な精鋭ですので、文句は言いませんがね。動きが出るのでしたら、こちらもやりようが御座います」
「ええ。お願いします」
そして俺はフォルティスに、第四の災いの夜の日時を伝え、ふたたび準備のために密室に向かって帰っていくのだった。




