第37話 城下町デート スティーリアの使命
今日、私スティーリアは聖女様からの使命を受けて城下町へと訪れていた。隣りには新人のヴァイオレットさんが歩いており、おしゃれなお菓子のお店へと向かっている。修道女である私は遊び歩いた事が無いので、聖女様から言われたとおりの計画に沿って動く事になる。
ヴァイオレットさんはニコニコしながら歩いているが、むしろ私が緊張していた。教会関係者に会う事の無いようにと心から祈っている。まあ聖女様からの指示であると言えば問題など無いのだろうが、皆が仕事をしているのに遊び歩くのは申し訳ない。
ヴァイオレットさんが楽しそうに話をしている。
「なんだか、王宮に勤めている時とは風景が違って見えます!」
「そうですか、それほど日数は経っていないと思うのですが」
「そう言う意味じゃなくて、なんていうか心が晴れやかになったって感じです」
なるほどそう言う事か。確かにヴァイオレットさんは、聖女様のもとに来てから変わった気がする。日ごとに明るくなってきたというか、よく話すようになったと思う。まあほとんどが仕事の話だったので、個人的な事はほとんど聞けていないが。そこで聖女様は彼女の本当の気持ちを聞き出すべく、私に仲良くなるように指示をしたのだ。
私はヴァイオレットさんに聞いた。
「聖女様のもとは働きやすいですか?」
「それはもう、働きやすいなんてもんじゃないです。王宮の環境とは雲泥の差です」
「それは良かったです。聖女様も心配されておりましたので」
「ありがたいです。聖女様って不思議な御方ですよね。なんと言うか年下という感じがしません。しっかりしていて、世の女性の事とか孤児の事とかしっかり考えていらっしゃって、私には到底真似が出来るものではありません」
「それは私も同じです。そして使用人の方々も皆が感じている事ですね。私も本当に働きやすくなったと思います。昔の聖女様は、自分にも周りにももっと厳しい方だったのですが、本当にお変わりになられました」
「そうなのですね?」
そんな話をしているうちに目的の店が見えて来た。店の前には既に行列が出来ており、少し並ばねばならないようだった。それを見越して早く出てきたつもりだったが、やはり聖女様の情報通り人気店のようだ。
「並びましょう」
「はい」
そして私とヴァイオレットさんは、菓子店の前の行列の最後尾へと並ぶ。どうやらまだ開店していないようで、閉まった扉の前からここまで七組ほどいる。
「早く出て来て良かったです」
「そうですね。そうこうしているうちに、後ろにも並び始めましたね」
「そうですね」
自分達の後にも次々と人が並び、列が長くなってきた。そして間もなく扉が開き、店員さんが出て来て店の中へと誘導し始める。店内はそれほど広くはなく、丁度私達の一つ後ろの人達まで入る事が出来た。
私は荷物を降ろしながら腰かける。
「入れて良かった」
「はい。こんなおしゃれなお店に連れてきていただいてありがとうございます」
「いえ。私も初めてです」
「そうなんですね! では楽しみですね!」
「はい!」
そしてメニューが運ばれてきて目の前に広げられる。私とヴァイオレットさんがあれこれと悩みつつ、楽しく選んでいた。
「お好きなものをどうぞ。お金の心配はいりませんから」
「えっ! そんな! いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
そして二人で選んだお菓子は、フルーツ満載のタルトとオレンジリキュールのクレープシュゼットとマロンクリームのケーキだった。飲み物は高級な産地の紅茶で、お茶はおかわりが出来るのだそうだ。
「こんな贅沢初めてです!」
ヴァイオレットさんが喜んでいるが、私もこんなのは初めてかもしれない。ヴァイオレットさんの気持ちが高揚しているので、第一段階の作戦は成功と言えるだろう。
「おいしそうですね!」
「はい!」
「いただきましょう!」
そしてそのお菓子を一口くちに入れた。
「おいしい!」
「本当に!」
「贅沢ですねぇ」
「贅沢ですぅ!」
私達はしばらくそこでお菓子を堪能するのだった。お茶のおかわりも頂いて、すっかり満喫した二人は後ろ髪を引かれるようにお菓子屋さんを後にする。
「はあ…おいしかったです」
「本当ですね。行列が出来るのも無理はないですね」
「ですです!」
さて。間違いなく、つかみは上々だ。流石は聖女様のオススメになられたお店、ヴァイオレットさんは気分が良いようで足取りも軽い。私も幸せを感じてウキウキした気分になるのだった。
「よければ街の宝石屋さんを覗いてみませんか?」
私がヴァイオレットさんに言うと、ヴァイオレットさんは遠慮がちに答える。
「いえいえ! そんな高級な所には恐れ多くていけません!」
「ただ見るだけですよ。お店の前に露店も出したりしてるんですよ」
「えっ? 中に入らないのなら…」
「いきましょう」
そして二人で宝石店へと向かう。宝石店と言っても、貴族御用達の高級店ではない。どちらかと言うと雑貨屋さんの風合いの強い宝石店である。その方がヴァイオレットさんも気兼ねなく見れるだろうと、聖女様が言っていた。
するとヴァイオレットさんがポツリと言う。
「町は平和ですよね…」
「ルクスエリム王の手腕であると思います。それに帝国の脅威を取り払った、聖女様の影響も大きいですわね」
「確かに、以前より活気づいたような気がします」
「帝国を一方的に押さえた我が国と、懇意にしたい国が増えたらしいのです」
「どうりで、他国からの商人様の姿も多く見受けられるようですね」
「そうですね。沢山の人が流れ込んで来たそうです」
「つくづく聖女様は凄いです」
「はい」
目当ての店が見えて来た。聖女様がおっしゃっていた通り店の前に露店が出ていて、こまごまとした物が売られているようだ。
「あそこです」
「はい」
私がヴァイオレットさんを連れて、露店の前まで行くとそこには可愛らしいアクセサリーが置いてあった。
流石です…聖女様。いつの間にこんな場所を見つけられていたのでしょう。多忙にしていながらも、目配せを怠っては居ないのですね…。私ももっと世間に目を向けようと思います。
「可愛い…」
早速ヴァイオレットさんが、青い銀製の髪飾りを見つけた。
「いいですね」
そう言うと店の人が声をかけて来る。
「あら、どうぞつけてごらんになってみてください!」
「い、いえ! いいですいいです!」
ヴァイオレットさんは遠慮していた。だがここで下がるわけにはいかないのだ。
「お店の方もそうおっしゃってます。是非つけてみてください」
「えっ! えっ! いいんですか?」
すると店のおばさんが、ヴァイオレットさんの髪に銀の髪飾りをつけてくれた。ブルーの石がはめ込まれており、凄く可愛らしくて思わず言葉が出る。
「似合ってます。青が似合いますね」
「本当ですか?」
「はい」
すると店のおばさんが間髪入れずに言う。
「お安くしておきますよ」
「そんな、まだ働き始めたばかりですし…、ちょっと高そうだなと…」
ヴァイオレットさんが遠慮しているが、私は聖女様の指示通りに動く。
「あの! 私もそれいいなと思ったのですが、同じものはありますか!」
「ええ、ありますよ。色違いの紫になりますが持ってきますね」
「ありがとうございます」
すると目の前に、青と紫の可愛らしい銀の髪飾りが並べられた。すぐに間髪入れずに私がヴァイオレットさんをまくしたてる。
「ヴァイオレットさん。お揃いで買いましょう! 私が出しますので」
「い、いやいやいや! そんな! 悪いです! スティーリアさん! 頂けません!」
「いいんです。すみません、こちらの二つを下さい」
するとおばさんはニッコリ笑って言う。
「ありがとうございます! 二つ買っていただいたので勉強させていただきますね! 本当は一つ銀貨五枚なのですが、二つで銀貨八枚でお譲りします」
「ありがとうございます!」
これでヴァイオレットさんとおそろいの髪飾りを手に入れた。すると店のおばさんが私達に言って来る。
「良かったらつけていかれます?」
私はヴァイオレットさんと顔を見合わせる。するとまんざらでもないようだったので、店のおばさんに答えた。
「はい」
「それではこちらどうぞ」
ヴァイオレットさんがブルーの髪飾りをつけ、私が紫の髪飾りをつけた。
「あ、ありがとうございます! こんな可愛らしいものを頂けるなんて! 本当にいいのですか? 後で必ず返します!」
「いえ返さないで下さい。新しく仲間になってくださったので、その記念になるかなと思いまして」
「な、なりました! ずっと大切にします!」
「私も大切にしますね」
そして二人で同じ髪飾りをつけて城下町を散歩する事にした。この先の広場には噴水があるので、噴水を見にいこうと誘ったのだ。二人で噴水まで向かい、備え付けのベンチに座ってお互い顔を見合わせる。するとヴァイオレットさんが話し出す。
「スティーリアさん」
「はい」
「私、こんなに楽しいのは王都に来て初めてです。裕福では無かったので学生時代は遊ぶ事は無かったですし、働いてからもほとんど休みが無くて」
「そうだったのですね」
「はい。学生の頃は貴族の三男や四男ばかりが周りにいて、女性がいたとしても商人の娘。私のように田舎男爵の娘なんていなかったのです」
ようやく自分の事を話し出してくれた。流石聖女様と言わざるを得ない、まさに計画通りに事が進み、ヴァイオレットさんは自ら自分の事を話し出してくれた。
「仕事をしてからも?」
「実は仕事の事は思い出したく無くて、私は真剣に仕事をしているのに横やりを入れて来る殿方が多かったのです」
「横やり?」
「はい。私は恋人も作らず見合いもせずに仕事ばかりしていましたから、良くからかわれていました。ですが、そのうちそのからかいがエスカレートしてきたのです」
「エスカレート?」
「はい。行き遅れなのだから、どうせ貰い手は無い。だから俺と良いコトしようとか、悪い人は今日は自分で慰めるのかい? とか言って来るのです」
「そんな…」
なんと言う酷い事を言うのだろう。こんなに仕事が出来て真面目なヴァイオレットさんに対して、そんな酷い事をするなんて。
するとヴァイオレットさんはポロポロと涙を流し始めた。
「大丈夫ですか?」
私はすぐに鞄からハンカチを取り出して渡す。
「すみません! 思い出しちゃって…、アイツら私を触って来たりしたんです。わざと体をこすり付けて来たり、間違った! とか言って胸や腰を触ったり…」
私はめまいがしそうなくらい怒りを覚えていた。ヴァイオレットさんはそんな仕打ちを受けて良い人ではない、そんなのは娼館にでも行ってすることだ。私はついヴァイオレットさんの手を握りしめて、こう言うのだった。
「もう大丈夫です。貴方はこの国の英雄のもとで働いているのです。そしてこのことは英雄の知る事となるでしょう。だから今日から安心して眠ってください。もちろん私もヴァイオレットさんの味方ですし、ミリィさんも他の使用人達も味方です」
「うっ、うわーん」
ヴァイオレットさんは私の胸に顔をうずめて泣き始めた。私は彼女の気持ちが済むまで、このままでいる事にした。通りすがりの人達が物珍しそうにして通り過ぎても、何も気にならなかった。聖女様が常に言って行動している、女性の地位向上の為の研修や孤児院の事も今なら良く分かる。私は聖女様の成し遂げたい目標を、全力で支援していく事を再認識するのだった。




