第377話 七つの災い
雲の合間から月が現れ、時おり地上を照らしている。まあ普通に見ていると、情緒があっていい。だが俺は、その月を完全に隠すように夜空に雲を浮かべていった。
「月の灯りは好きなんだけどね、今日ばかりは邪魔なんだよね」
俺は東スルデン神国の聖都上空で、ヒッポの馬車から杖を出して雲作りに精を出している。月の出る場所がなくなり、聖都はどんどん暗くなっていった。雲の上にいる俺達はしっかりと月が照らし出すが、雲の下はすっかり真っ暗だろう。
「面白い魔法です」
「なんか、試行錯誤してたら出来たんだよねえ」
「素晴らしいですわ」
どんどん厚くなっていく雲、すっかり隙間を無くした俺が言う。
「マグノリア。ヒッポは雨を嫌がるかな?」
「いえ。水浴びの手間が省けるので喜びます」
「下は多分、土砂降りだと思うから」
「問題ありません」
「じゃあ、ゼリス。成長した魔法を見せてもらおうかな」
「はい!」
ノリノリだ。コイツは俺の事を……ガキのくせに、異性として見ている。風呂に入った時に、俺の胸や尻をじろじろ見たのは忘れていない。だが今日ばかりは、コイツの力に頼ろうと思う。
俺は、ヒッポに乗っているマグノリアに言う。
「マグノリアは雨具を着てるね」
「はい」
「さらに結界で守ってあげるから」
「ありがとうございます」
「じゃ、行こう」
ズボッ! と厚い雲を突き破って下に降りると、強い雨が降っていた。馬車の屋根を雨がたたき、一気に視界が真っ暗になる。
「いい感じ」
「そのようですね」
「ゼリスは、上空からでも行けるのかな?」
「はい!」
元気がいい。
「じゃあ、やろう」
するとゼリスが集中し始める。眼下の白い城の外にいた兵士も、雨の為に屋根の下に入り込んだようだ。俺達はじっとその白い城を眺めている。すると少しずつ、下の方から見えなくなっていった。
「きたきた」
アンナが苦笑いしながら言う。
「想像したくないな」
「だね」
そしてシーファーレンも、自分の体を抱くようにして身震いする。
「まるで……暗黒にのまれるようです」
そして俺は、シーファーレンが作った魔法回復薬の蓋を開けゼリスに渡した。
「飲んで」
「はい」
ごくごくごく。
ゼリスの魔力が回復するのが分かる。それでも、魔法の使い方が上手くなっていて無駄がない。
「凄いな」
「はい!」
そして、白かった東スルデン神国の城は闇に消えた。ように見えた。本当は消えていない。
「ふうふう」
「はい。おつかれさま」
「はい」
魔力を使ったゼリスが肩で息をしているので、俺は魔法の行使を止めさせた。
そう。俺達は成長したゼリスを連れて、東スルデン神国の本丸に来ている。そして何をやったかというと、漆黒の闇の空からそっと近づいて、王都中のゴキブリを城に集めさせたのだ。闇に飲まれたのではなく、城がゴキブリで埋め尽くされたのである。
そして俺は次にシーファーレンに言う。
「じゃ、仕上げだね」
「はい」
そのままヒッポと上空へ向かい、雲を突き破って月明かりの元へと出る。
「では聖女様」
「うん」
俺がまた、ぽっぽっぽっと雲を出し始めると、アンナが樽から柄杓で液体を掬い空にばら撒いた。すかさずシーファーレンが魔法をかける。
「定着せよ」
アンナがまいているのは、粘着するどろどろの油である。俺が作った雲にそれがかけられて、シーファーレンが定着魔法をかけたのだ。恐らく東スルデン神国の王都に、ねばねばした雨が降り注ぐだろう。
しばらく続けて、アンナが言う。
「もう、樽が空だ」
「よーし。じゃ、帰ろう」
「「「はい」」」
そうして俺達は雲の上を悠々と飛び、進軍した騎士団がいる駐屯地へと向かう。地上に降り立つと、直ぐにフォルティスとマイオールが駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ」
「ご無事で何よりです」
「ああ。地上に降りてませんので」
そして俺の背中で寝ているゼリスを見て言う。
「どうされたのです?」
「魔力切れです。彼は頑張ってくれました」
「そうですか。それはそれは」
「私達も休みます」
「「は!」」
俺達は後方へと下がり、聖女邸の面々に迎えられた。そこはこちらが占領した、敵の砦の兵舎だった。
「お疲れ様でございます」
「ゼリスを寝かせて」
「はい」
ミリィがゼリスを抱いて、寝室へと運ぶ。
ソフィアがニッコリ笑う。
「その御顔はうまく行ったようですね」
「そうそう! もうね、真っ白い城が真っ黒になったよ!」
「想像したくありませんが」
そしてスティーリアとヴァイオレットが言う。
「ここに風呂はありませんので、湯網をするようにお湯を用意しました」
「ありがとう。でも、汚れなかったよ。マグノリアが、雨に濡れたかな?」
「私は大丈夫です! 聖女様の結界で守られていました」
「それならいいんだけど」
そこに、アデルナがやって来る。
「お客様です」
まるで俺達の帰りが分かっていたようだ。そんな奴は一人しかいない。
「こんな夜更けにか」
「王の使者です」
「はいはい」
食堂のようなところに、アンナとソフィアを連れていく。するとそこに、ルクスエリムの密偵がいた。
「こんばんは」
「こんな夜更けに?」
「結果を聞きに来ました」
「うまくいきましたよ」
すると密偵はニヤリと笑う。
「よかった。では、風評を流布させます」
「上手くいきますか?」
「はい。それほどに聖女様のお力の噂はとどろいております」
「わかりました」
そう。俺達の嫌がらせとは、聖女の怒りにふれた東スルデン神国に七つの災いが起きるという噂だ。
第一の夜。暗黒の使者が訪れ、聖地を漆黒に染めるであろう。
第七の夜まで用意している。そして第七の夜が来るまでに、降参をせねば国が亡びるであろう。というデマを流したのである。今日はその一回目、第一夜となったわけだ。
「では」
そう言って密偵は消えた。
「どうだろうね? ソフィア」
「七つの災い。恐らくは上手くいくと信じます」
「予知夢は?」
「見ていません」
「そうか。まずはそれを信じて、やっていくしかないだろうね」
「はい」
そうして、災いの第一夜は終わった。
明日の朝になれば、東スルデン神国の王様は度肝を抜くだろう。真白な城にびっしりとこびりついたゴキブリに。噂がどこまで浸透するかは分からないが、聖女の怒りに触れた災いとなるはずだ。
七つの災い。これからしばらくは忙しくなりそうだった。




