第368話 紛争の終結と新たな懸念
このまま戦争になってしまうのだろうか?
ルクセンが言うには、戦端を開くも話し合いで解決するも、ルクスエリムに一任されているらしい。ようは敵が攻撃して来たら、宣戦布告と取って防衛のための戦いを始めるという事だ。
距離を取っての膠着状態が続き、敵の兵もこちらの兵もピリピリとした雰囲気が漂っている。そこで筋肉だるまのデビドが、突然処刑台の方に突撃して来た。俺達は面食らい、アンナが処刑台に飛び乗りルクセンと共に構える。俺は二人に結界を張りつつ、身体強化の詠唱を始めていた。シーファーレンも杖を構え、リンクシルも短剣を抜き去る。
ザッ!
こちらの騎士達が一斉に構えを取り、次の状況を見極めようとしている。
だがデビドは、ドペルの生首を拾い上げて抱きしめ大声で泣き始めた。
「うおおおおおおおおお! うおおおおおおおお!」
ケダモノのような鳴き声に俺達はあっけにとられ、ただその光景を見つめている。俺達だけではなく、味方も敵もこの異様な光景に動けない。その沈黙を破ったのは、走り寄って来た敵の兵士だった。
「お戻りください、敵に隙を見せるわけには!」
バチン!
「げぇ!」
デビドが振った腕の一撃で、走り寄って来た敵兵士の首が折れて死んだ。しかしデビドは動かない。ドペルの首を抱きしめ、震えながら叫ぶ。
「なぜ死んだ、ドペル……!」
その言葉が敵味方を問わず、兵らの心にじわりと響く。デビドが憎しみに燃える目で俺を睨む。
「貴様が……ドペルを殺した」
物凄い殺気をたたきつけて来るが、俺はそれを真正面から受け答える。もちろん内心はその気迫と、タダならぬ雰囲気にビビってるけど。ちょっとビビりながらも答える。
「ならば、どうだというのか?」
「絶対に殺してやる。誰も考えつかないような残忍な方法で、お前はやったことを後悔して死ぬんだ」
えっ。めっちゃ怖えんですけど。
だが、それは隣にいるアンナが遮った。
「面白い。出来るものならばやってみるがいい! 返り討ちにしてやろう」
そ、そんな。アンナさん煽っちゃだめ。コイツは絶対ヤバい奴だって。
「今は、ドペルを連れて行かねばならねえ。お前達を血祭りにあげるのは、いつでもできる」
そこでルクセンが言う。
「罪人の首を持って行ってどうする?」
「こいつは俺のだ。俺の物だ」
「物とはな。だがこちらも、証拠として王に首を献上せねばならん。持っていかれては困る」
「うるせえ。コイツは俺の弟だ。俺の好きにさせてもらう!」
「なんだと……」
デビドはドペルの頭を抱きながら、睨みつけている。
「下がれ! 俺は連れて帰る!」
だが、はいそうですかという訳にもいかない。そこで、こちらの騎士団が近寄ろうとした時。
わさわさ。
デビドが、突如黒いオーラに包まれ始めた。
ヤベ!
「ルクセン卿。離れてください、この黒い物に触れてはなりません」
デビドの体から、どんどん黒霧が伸びて周りに膨らんで来る。デビドの体が見えなくなり、俺は結界でこちらを守った。だがじきに黒霧が小さくなっていき、すっかりなくなってしまう。
デビドの体ごと。
「なんじゃ?」
それを見届けた敵兵たちは、ぞろぞろと関所の向こうへと下がって行った。ガタン! と門がしまっても、皆は目の前で起きた出来事が信じられないと言った様子だった。ただデビドに殺された敵兵の死体だけが、処刑台の前に転がっている。
そこでシーファーレンが言う。
「あれはネメシスの眷属……ですね」
「ああ」
そしてアンナが言う。
「敵の気配は消えた。臨戦態勢を解いていい」
それを聞いたフォルティスとレルベンゲルは、自分の騎士団にその旨を告げた。
「敵は消えた!」
ザッ! と構えを解いて、騎士達が整列する。
フォルティスが俺に聞いて来た。
「あれは、王城に出た曲者と同じ種類のものですかな?」
「そうです」
ルクセンも汗を垂らしながら言う。
「なんというまがまがしい気配、何年も寿命が縮まったようじゃ」
そして俺がシーファーレンに言う。
「やっぱり滅びていないんだ。あの力があるという事は、まだどこかに邪神がいるという事だね」
「はい」
「私がつけ狙われる事が決まったらしい」
「皆で守ります。ご心配をなさらぬよう」
フォルティスもルクセンもレルベンゲルも頷いた。フォルティスが言う。
「我が国の象徴を我々は守ります。ですから、聖女様は無理をなさらぬように願いたい。守れるものも守れなくなってしまいますので」
「気を付けましょう」
敵の関所に行って確認していた騎士が戻って来る。
「フォルティス団長! 東スルデン神国の兵士は消えました! どうやら撤退したようです」
「わかった。だがしばらくは警戒を怠らぬようにしよう」
それが騎士団に伝わり、俺達はそこを任せてヴィレスタン城へと向かう事した。城に向かいながら、俺はロサ達に言う。
「あれに対応する為には、シーノーブル騎士団の設立を急ぐしかない。女神の加護を与え、ネメシスの脅威から国を守らねばならない」
「わかりました」
ロサ達は初めてデビドのような奴を見て、どれだけ危険か分かったらしい。引き締まった顔で、俺に答えている。
それから一週間、敵の動きが完全に沈黙したため、騎士団は交代制で関所を守る事になった。フォルティスに依頼され、俺はフォルティスをヒッポの馬車に乗せて王都へと飛んだ。
王城の廊下をフォルティスについて、俺とアンナとルクセンが歩いて行く。謁見の間に入っていくと、ルクスエリムと大臣達が待ち構えていた。
「おお! 聖女よ! 無事のようじゃな!」
「はい。ご心配をおかけしました」
「此度のアルカナ共和国との和平の件、大義であった! して、東スルデンはどうなった!」
そこでフォルティスが報告を始めた。一通りの報告を聞いた、ルクスエリムと大臣達はホッと胸をなでおろして席に着く。
「なるほどのう。攻め入って来る事は無かったか」
だがフォルティスが答える。
「ですが、種火はくすぶっております。予断は許さぬかと」
「そうか……」
そこで俺が付け加えた。
「陛下。よろしいですか?」
「うむ」
「種火がくすぶっているのは、東スルデン神国だけではございません」
「どういう事じゃ」
「ドペルが死ぬ前に、尋問で聞いたのでございます。暗躍する者は東スルデン神国のデビド、そしてズーラント帝国のガジというものだと。こちらも来る日の為に、各国と協議のうえ準備をすることをおすすめいたします」
「なんと……そのような事が」
「はい。魔法を使っての尋問ですので、確実な情報でございます」
「分かったのじゃ。国をあげて対応せねばなるまい。これまでは聖女だけに奔走させてしまったが、各騎士団を国境に派兵して、軍備を整えようではないか」
「お願いいたします」
そしてフォルティスが言う。
「デビドという不審な輩は、聖女様を付け狙う事となるでしょう。聖女邸のさらなる警護の強化が必要です」
うげげ。また男がうろつくのか……だけど、それは仕方ないだろうなあ。
「うむ。わかった。そのようにいたそう」
ルクスエリムの話で会議が終わる。俺とフォルティスとルクセンは、とんぼ返りでヴィレスタンに戻る事になる。だがこれで、今回の東スルデン神国とのいざこざは一旦収束したのだった。




