第367話 足無蜥蜴の首領の処刑
自国の関所と東スルデン神国の関所の間に、ヒストリア王国の騎士達がずらりと並んでいる。その中心に処刑台を運び込み、その上に立つのは一番地位の高いルクセン辺境伯だ。そして大きな声で、自国の騎士達に語り掛けている。
もちろん相手に聞こえるように、大きな声を出しているのだ。
「此度の争乱において裏で暗躍していた、足無蜥蜴の首領であるドペルを捉えた!」
「「「「ウオオオオオオ!」」」」
ザンザンザンザン!
騎士達は剣で地面を叩きつけて、大きな音を立て始める。敵の見張り兵も、櫓の上からこちらを見ていた。軍が攻めて来たとでも思ったのか、相手は臨戦態勢を取っている。
「よって! ドペルを処刑する事にする! ならず者が蔓延る事をヒストリア王国は許さない! ドペルをひったてい!」
ザッ!
騎士達が道を開け、後ろからドペルが二人の騎士に支えられて連れて来られた。そのドペルの顔は、東スルデン神国側に向けられている。
「みよ! このまがまがしい男の表情を! 近隣諸国を暗躍し災厄をもたらした男だ! この者をどうすべきかは、皆が分かっておろう!」
ザンザンザンザン! 騎士達が剣を打ち下ろして音を立てた。
「聖女様! こちらへ!」
俺が呼ばれたので、俺がしずしずと処刑台へと登った。
「「「「オオオオオ!」」」」
俺の登壇で、騎士達がまた湧き始める。
俺は、既に正気を無くしているドペルに言う。
「ドペルよ。これまでの悪行は到底許せるものではありません。ですが、一寸の虫にも五分の魂と言います。あなたの中にも、まだきっと良き心が残っているのではないでしょうか? 最後に誰かに伝えたい事などはありませんか?」
もちろん、正気を失っているので答える事はない。
「残念です。あなたには、もう良き心が残っていないようです。それでは、安らかに神の身元へとお送りしてあげましょう」
首をはねる係の騎士達が二人上がってきて、一人がドペルを押さえ、もう一人が傍らで斬首刀を構えた。その次の瞬間だった。
ガラガラと音を立て、敵国の門が開いて行く。そこには東スルデン神国の兵団が並んでおり、一触即発の状態になる。もちろん俺達が挑発しているので、この事は想定していたが、自軍の騎士達にもピリピリした雰囲気が広がって行った。
相手の、一番先頭に立っている騎士が大きな声で言う。
「ヒストリアの将よ! これはいったい何の騒ぎであろうか!」
ルクセンは髭をひと撫でして言う。
「はて? 何の騒ぎじゃと? わしらは罪人を処刑しようとしておるのである!」
「見ればその男は、我々の国で保護をした事もある男のようだ」
「そういえばそうであったのう! じゃがこれは無法者の集まりの首領じゃ! お主らの国では罪人が居たらどうするのじゃろうか?」
「その者が、どのような罪を?」
「当家の娘を殺し、孫を誘拐した罪じゃ。わしは辺境伯であるから、我が国では、そのような身分の肉親を手にかけたものは死罪に相当するのである」
そう言われて、その騎士は黙る。ルクセンは重ねて言った。
「貴国では、上級貴族の家族を殺したものに温情がかかるのであろうか?」
「それは……ない」
「そうであろうなあ。よって当国でも、この者は処刑を免れんというわけである!」
「……」
敵兵はルクセンの言う事に反論できずにいるようで、にらみ合いが続いた。するとそこに、敵国の兵団の後ろから声がかかる。
「どけ!」
ずいっ! とバカでかい筋肉隆々の達磨が出て来た。東スルデン神国の騎士達が、モーゼの十戒のように道を開けたところの一番奥に、そいつが立ってこちらを睨んでいる。
「何か用かな?」
すると、そいつは眼光鋭くルクセンを睨んで言う。
「そいつが誰か分かっているんだろうな?」
「もちろん分かっておる! 足無蜥蜴という無法者集団の首領である!」
「お前達の騎士団の、副団長だったんじゃねえのか?」
「確かそういう時もあったやもしれんのう。獅子身中の虫を、寸でのところで逃がした苦い思い出だけが思い出されるわい」
筋肉だるまは一瞬、殺気を発するがルクセンはびくともしない。そして筋肉だるまは、チラリと隣に立っている俺を見た。
「てめえが聖女か!」
おえ。筋肉だるまの男は一番嫌い。
「……」
「怖気づいて言葉も出ないようだな!」
するとルクセンが代わりに答える。
「申し訳ないが、身分が下の、それも素性も知らぬ者に答える舌は持ち合わせてはおられぬ」
「お高く留まってると言う訳か」
俺は何の感情の起伏も見せぬまま、ただ口角を釣り上げた。
「な、なんだあ? おまえ」
そこで俺は、ようやく口を開く。
「さあ。領主様、さっさとこの者を浄化させてしまいましょう。今世ではもう、この者の生きる場所はありません」
「てめえ! 無視するな!」
だが俺はそれも無視して、ドペルに再度声をかける。
「ドペル。あの者をよくごらんなさい」
そう言い、魔法の杖でドペルの顎をくいっと上げてやった。少しぼんやりとしていたが、若干だけ焦点が合ってきたようで手を差し伸べ始めた。
「あっ、あうっ ああ……」
その手は空を掻くようにしたが、もちろん届くはずもない。
俺はあてずっぽうで、筋肉だるまに言う。
「デビドよ。ドペルはどうやら、あなたに助けてもらいたがっているようですよ」
「貴様……」
図星。コイツがドペルが言っていたデビド。目が血走り、物凄い殺気が俺を包み込んだ。
「いずれにせよ。これは、我が国の問題ですから、早々に片をつけねばなりません」
すると筋肉だるまの体が膨らんだように見える。体中に血管が浮かび上がり、今にも飛びかかってくるほどになっている。
「くそぉぉぉぉぉ! 覚えたぞ! 聖女! お前の顔はしっかりと覚えた!」
そして俺が、微笑み返して言う。
「デビド。私もあなたの顔を探る手間が省けました。わざわざ名乗り出てくれてありがとう」
「殺してやる! ドペルを殺したらお前を殺す」
「やれると思うならやってみなさい。あなたもドペルと同じ目に合いたいのならば」
「ぐぅぅぅ」
「話は終わり?」
「そいつを開放しろ!」
「開放? 罪人を? 冗談でしょう。女神フォルトゥーナの名のもと、裁きを受けさせます」
「その名前を言うな! 耳が腐る!」
やっぱりコイツはネメシスの派の者だ。間違いない。
「ここで罪人を処刑し、万が一貴国が我が国の騎士に攻撃を仕掛けたら、それは東スルデン神国からの宣戦布告とみなします。そうなれば、わが国だけではなくトリアングルム連合国と、アルカナ共和国も敵に回す事になるでしょう。それでもやると言うならば、どうぞご勝手に」
「くっ!」
「こちらから仕掛けた侵略戦争ならまだしも、攻撃されたとあれば大義は我にあり! これ以上の難癖をつけるのをやめなさい!」
筋肉だるまデビドも騎士も黙った。そこで俺はルクセンに目配せをする。
「もう…いいでしょう」
「は!」
そして騎士が斬首刀を振り上げた。ドペルはデビドに向けて手を伸ばす。
「あっ、あぁあ! あう! ああ!」
「やめろぉぉぉぉ!」
ザン! 斬首刀がドペルの首に落ち、その首が転がって処刑台から落ちる。
「ドペルゥ!」
一気に敵の騎士団が臨戦態勢にはいり、こちらの騎士も臨戦体制に入る。もう何かのきっかけがあれば、戦が始まってしまうだろう。緊迫した空気の中で、お互いの軍隊がにらみ合うのだった。




