第341話 連れ去られたウェステート
俺達を乗せたヒッポが、煙が立ち込めている西の方角に向かって飛んだ。どうやら関所あたりで火が上がっているらしく、俺達はその手前にヒッポを降ろして駆けつける。騎士団が既に関所前に陣形を整えており、俺達は走って兵団の先頭に行く。
レルベンゲルが指揮を執っているが、その脇にルクセンの息子であるシベリオルもいる。そして、その後ろに何故かソフィアたちが控えていたのである。まさかの朱の獅子達もおり、研修に来ている騎士団の予備軍までがいた。
「なんでこんなことに!」
俺が慌ててソフィアに詰め寄る。ソフィアの横にはシーファーレンまでが居て、二人が血相を変えた表情でこちらを見た。
「「聖女様!」」
青ざめた顔で俺を見ているが、どうやら何かがあったらしい。すると後ろから、ルクセンの息子シベリオルが話しているのが聞こえる
「申し訳ございません! 父上!」
「どうしたのじゃ!」
「う、ウェステートが! ウェステートが連れ攫われました!」
「なんじゃと!」
嘘だろ。
「どういうことです?」
俺が聞く。するとシベリオルが堰を切ったように話す。
「屋敷に賊が忍び込みました! 窓を破り、ウェステートを連れ去って逃げたのでございます!」
するとレルベンゲルも謝って来る。
「警護は厳重に行っていたのですが、なんと敵の間者は空中からやって来ました」
「空中から?」
「ワイバーンを使役しておりました!」
それを聞いて、マグノリアが青くなる。
「ワイバーンを使役…」
「なに? 何か思い当たるふしでも」
「あ、あの。蜥蜴の入れ墨の男」
そう言えば、マグノリアはそいつを見たって言っていた。
「シベリオル卿。どのような状況だったのです?」
「安全の為、ウェステートは三階の自室におりました。ですが突如ワイバーンが屋根に降り立ち、間者が入り込んだようなのです。窓ガラスが割られて、ウェステートは西の空へと消えました」
くっそ。俺達がいない隙をついてやったのか、ただの偶然かは分からないが、ウェステートの母親のみならずウェステートまで狙って来るとは」
「あの煙は何じゃ?」
「敵が向こう側で火を焚いているようです」
レルベンゲルが答えた。それに合わせるようにシベリオルが言う。
「私の娘の為に、聖女様のお連れ様を危険に晒すわけにいかず、慌てて騎士団を連れてやってきたのですが、彼女らまでここに来てしまった次第です」
「わかりました。それは仕方のない事です。よりにもよって、私達がいないときに仕掛けてくるとは一体どういうことなのでしょう」
俺が言うが皆が答えられずに黙る。俺はもう一度レルベンゲルに尋ねる。
「騎士団に内通者はいないですよね?」
「かなり厳しく体制を整えてきました。規律も高まっており、そのような者が忍び込む余地は…」
そこでソフィアが言う。
「貴族令嬢達がいるのを聞きつけて、盗賊達が襲ってまいりましたよね? もしかすると、令嬢の誰でも良かったのではないでしょうか?」
「あり得る。たまたま、一人になったウェステートが狙われた可能性は否定できないか」
あと最近、新たに接触して来た人といえば…。
俺はふと、聖女騎士団の志願者達を見る。
もしかすると…この子達の中に内通者が? 俺がこの場所を空けた事は、この子達も知っているはず。だがいずれにせよそんな事を言っている余裕などない。一刻も早くウェステートを救わねばならない。
「それよりも、早くウェステートを助けないと」
それを聞いてシベリオルが言う。
「もちろん我が娘を助けたい気持ちはございます! しかし、こちらから口火を切ったとなると、近隣諸国はヒストリアから宣戦布告したと思うでしょう」
そしてルクセンも言う。
「そうじゃ…我が国が何の根拠も無しに攻め入った事になる。敵国が、孫をさらっていった確証はないのじゃ」
やられた。
相手は確信犯だ。領主の娘をさらって、こちらから口火を切らせて戦いに持ち込む気でいるんだ。未だに侵攻してこないのは、こちらから先に手を出させて大義名分を得る為。だがルクセンとシベリオルは、感情的になりながらも国の事を考えて踏みとどまっているのだ。
俺はわなわなと震えて言う。
「ゆるせん」
シーファーレンが俺の手を取って言った。
「落ち着いてください。敵が連れて行ったのだとすれば、まだ手を下してはいないでしょう」
「いまもウェステートが怖い思いをしている。一刻も早く救い出さねばならない」
「その通りです。ですから、策を練りましょう。それに…皆様が聖女様を恐れております」
ふと我に返り俺が周りを見ると、皆が畏怖の表情を浮かべていた。俺としてはただ怒っているだけなのだが、周りは何故か俺が恐ろしいらしい。
「わかった。落ち着こう」
「はい」
皆は引きつった表情をといて、青ざめながらも落ち着いたようだ。
だけど俺の怒りは止まらない…。
「もし…」
「はい」
「もし、犯人が敵国だと判明した時は」
「はい」
「神の鉄槌を下す」
「……わかりました」
自分の口から何故そんな言葉が出たのか、自分でもよく分からなかった。だが自分の心の奥底から、何かが噴き出てしまいそうだった。俺は怖がっているウェステートを思い浮かべながらも、ただただ自分の怒りを鎮めるように深呼吸をする。
「で、どうするか」
「兵士はこのまま、ここに張り付かせて良いと思います」
「うん」
「別動隊を作り、救出に参りましょう」
「わかった。ならその話をしよう」
そして俺とシーファーレンを囲み、聖女邸の面々と朱の獅子が寄って来る。
そこで俺は、ぼそりと朱の獅子のロサに言った。
「研修者は近づけないで。あとこの情報を一切流さない事」
ロサも周りも察したようにコクリと頷いた。
「では、シーファーレン。どうする?」
「はい」
俺達はウェステート救出作戦を練り始める。相手がワイバーンを使役しているとなると、ヒッポも危険だろう。空中戦になればどちらが勝つか分からないが、敵が使役する魔獣が一匹とは限らない。
そしてシーファーレンが言う。
「迂回して敵地に侵入しましょう。幸いにも身代わりのペンダントを用意しております」
「なるほど。後ろから突くか」
「はい。それにワイバーンが飛んだとなれば、絶対に目撃情報があるはずです」
「わかった。聞き込みも兼ねて侵入するんだね」
「そうです。そしてここに残るソフィア様や聖女邸の方々には、聖女様やアンナ様やリンクシルに成りすましていただきます」
「なるほど、それなら下手に攻め込んでは来ないか」
「はい。その隙に私達が潜入し、ウェステート様の居場所を突き止めましょう」
「了解。なら直ぐに取り掛かろう」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
俺達は、直ちにウェステート救出作戦を開始するのだった。




