第309話 令嬢吸い
ゼリスを王立魔導学校に入学させて貴族寮に入れる為、俺はルクスエリム王に一筆したためる。聖女枠を使って、厳格な王立魔導学校に中途入学させてもらうよう手配したのだ。半強制的だけど聖女権限という事で、めっちゃくちゃスムーズに事が進み、まるで王様のような待遇でゼリスは入寮できた。
ただ…入寮当日はダリアにギャン泣きされ、一緒に行くと駄々をこねられた。なんとかみんなで説得をし、無事にゼリスは聖女邸を旅立って行った。
そして俺は仕事に取り掛かる事にする。国内の貴族の娘の為の研修会を再び始めるためだ。既に孤児学校は教会主導で、聖女財団の基金で賄われている。俺らはそれが不正に使われたり、使途不明の金が出ないように目を光らせるだけ。もちろんそれらは、スティーリアとヴァイオレットがきちんと管理していた。だから俺は、頓挫していた貴族娘研修を進める事にしたのである。
コンコン!
「失礼します聖女様」
「どうぞ」
俺が一人執務室で物思いにふけっていると、ミリィが入って来た。
「お手紙です」
「来た? もしかして?」
「はい。お待ちになっていたソフィア様のお手紙です」
きたぁぁぁぁ!
だが俺は冷静を装いつつミリィに言う。
「開けて読んでくれる?」
「かしこまりました」
「座って」
「はい」
ミリィが座って、レターナイフで書簡を開ける。俺はそわそわと歩き回りながら、読み上げられるのを待った。
「それでは…」
「どうぞ」
「拝啓 聖女様」
うんうん。
「御多忙の中、お便りいたしますことをお許しください」
いやいや。毎日手紙頂戴! むしろここに来て!
「私達マルレーン公爵家は、日々聖女様から受けたご恩に感謝し、欠かさずに女神フォルトゥーナ様へのおいのりを捧げております。またこの度のご恩にお返しする為に、マルレーン家からもわずかばかりながら献上品をと父が申しております」
いいのに。俺は自分の欲望でソフィアを助けに行ったんだから。
「もしトリアングルム国にて聖女様がいらっしゃらなければ、マルレーン家は滅亡していたのだと思います。あのような恐ろしい怪物から、命を救っていただき感謝しようもございません。心より敬意を表します」
堅いなあ…実に堅い。
まどろっこしくなった俺は、ミリィの隣りに椅子を並べて手紙を覗く。するとミリィが言う。
「ご自身でお読みになられますか?」
「ううん。ミリィが読んでー」
「聖女様のご活躍ぶりに、勇気と生きる力が湧きました。まさに神のごとき、その御業に感銘を受けるばかりです。それに、ネル爺が我が家に来れたのも、聖女様からの助言あってこそだと思います」
うんうん。ソフィアの文面もさることながら、一生懸命呼んでるミリィが愛おしい。ソフィアの言葉も嬉しいが、それを一生懸命呼んでくれているミリィのなんと可愛い事か。俺はついつい手紙を覗き込むようにしながらも、ミリィの髪の毛に顔を近づけてスースーと吸い込んでいる。髪の毛が鼻の穴に入りそうになるほどに。
ああ…やっぱりいいなあ。ミリィの匂いだぁ…。
俺がミリィ吸いをしている間も、ミリィは真面目に読む。
「聖女様から打診がありました、貴族子女研修会の理事という大役でございますが、謹んでお受けいたしたいと思います。全力を尽くすつもりでおりますが、何卒ご指導ご鞭撻を賜りますようお願いいたします」
すぅーすぅー。
ええ匂いやあ…。
「聖女様?」
すぅーすぅー。
「せ、聖女様?? 読み終わりました」
「あっ、ごめんごめん」
「お受けになってくださるようですね」
「やった! 受けてくれるんだ! やったやった!」
俺はついミリィを立たせて、手を取って跳ねまわった。ミリィも嬉しそうに笑いながら、一緒に跳ね回る。
かわいいなあ…。俺の専属メイドだしなあ…。チューしても誰にも怒られないよなあ…。
俺はぴたりと止まり、ミリィをじっと見つめる。
「ミリィ…」
「はい」
「ここまでこれたのも、ミリィの支えがあったからだよ」
「そんな事はございません…私など」
「ううん。辛い夜は慰めてくれたじゃない!」
「それは。務めですから」
「あれで、どんなに救われた事か…」
「そう言っていただけますと、私も嬉しく思います」
俺はじーっとミリィの目を見つめる。するとミリィがなぜかポーっとなって来た。
あれ? なんだ? いいのかな? してもいいのかな? ちゅうしても!
チュー! 顔を近づけた時だった。
コンコン!
「はっ!」
「失礼します」
「どうぞ!」
おしい!
俺はバッとミリィと離れた。
スティーリアだった。
「教会からの報告書です」
「あ、ああ。どうぞ」
「はい」
うーん。この屋敷は人がいっぱいいて、誰かと二人っきりになるのが難しい。でもまあ…これからはめちゃくちゃチャンスがあるからな。今日がだめでも明日があるさ。
「じゃあヴァイオレットも呼んで内容をチェックしようか?」
「はい」
だが充分にミリィ吸いはした。そのおかげで午後も頑張れそうだ。
ミリィが出て行き、代わりにヴァイオレットが入って来る。そして教会からの書簡を広げた。
「まあ。座って見よう」
「「はい」」
俺はわざわざ椅子を三つ並べ、目の前に書簡を置いて見始めるのだった。二人が書簡を指さすたびに俺に近づいて来る。
チャーンス!
すーはーすーはー! 二人ともええ香りやわあ。可愛いのう…。
「いまのところ不正はないようです」
「よかった」
「次に来月の予算ですが」
「うんうん」
二人が説明をしだす。
チャーンス!
すーはーすーはー!
「…となります」
おっと。
「いいね! 無駄なお金を出さずにきっちりとやっているようだ!」
「モデストス神父がしっかりされていますので」
「任せて良かった」
「さすがは聖女様の人選です」
なりゆきだけどね。
そんな事よりも、一生懸命やってくれている二人が愛おしい。
なんでだろう…。トリアングルムで死ぬ思いをしてから、なんかめっちゃ欲情してしまうというか…。
はっ? これ…もしかしたら種族保存的な欲求だったりする?
前世で見た事あるぞ。
危険な状況を潜り抜けると、種の保存欲求というか子孫を残したいという気持ちが高まるらしい。ひょっとしたら、その感じっぽい気がする。
でも…。
種族保存? 本能?
種族保存といっても、俺の場合どうなるんだろう?
もちろん男が相手なんて絶対に無理。げぼぼっ! ってなっちゃう。やはり相手は愛しい女が良いし、それ以外は全く考えられない。でも子供となると…。かといって人工授精なんてもないし。
いやいや。人工でも男のむにゃむにゃを俺の中に入れたくない! ダメ! ゼッタイ!
まっ、いいか。別に聖女なんて俺の代で終わったところで、俺が困るわけじゃないしな。
そんな事を考えていると、二人が不思議そうに俺を見ていた。
「どうされました?」
「なんでもなーい!」
二人の肩に手を回し、グイっと引き寄せてほっぺとほっぺをくっつけた。だが二人は全く抵抗せずに、俺にされるままにしている。
「本当に生きて帰って来れてよかった!」
「「はい!」」
めちゃくちゃ幸せ! ついつい猫にでもするようにすりすりとしてしまう。
「聖女様のお肌…すべすべです」
「本当に」
「羨ましいです」
「さほどお手入れもしていないのに…」
「そう? なんか体がとても快調なんだよね。なんか自分の身体じゃないみたい」
「いえ? 聖女様は聖女様にございますよ?」
「とにかくさ、これからはみんなの為にもっと頑張るからね!」
「もう、無理だけなさらずに」
「しないしない」
可愛い二人のぬくもりを感じながら、もう何処にもいかないと誓う。そんな事を思いながらも、俺は二人の匂いをスースーと吸い込むのだった。修道女と男爵令嬢の娘。彼女らをずっと手元に置いておきたい…。
でもふと思う。彼女らは子供が欲しいのだろうか?
俺としては聖女邸のみんなが、どこかの男の手に落ちるなんて無理。だけどみんなの幸せはどうなんだろう? 一生一緒に居てくれるなんて言ってるけど…。まっいいか。いざとなったら養子でももらえば…。
まてよ…養子…?
俺はふと思付いてしまった。
マロエとアグマリナとダリア。この子らを俺の養子にしてしまえばいいのではないだろうか? 今は謀反を起こした貴族の娘として、陰に隠れて生きていくしかない状態だ。でも聖女の養子となれば…。
ふと思いついた名案を、スティーリアとヴァイオレットに打ち明けてみる。
「あのね。マロエとアグマリナとダリアの事なんだけど」
「「はい」」
「特にダリアはゼリスと離れたくないって言ってたよね?」
「言っておりましたね」
「彼女らが再び、日の元を歩けるようになる方法を思いついたんだけど聞いてもらえる?」
二人が頷く。そして俺は先ほど思いついた事を、二人に打ち明けてみるのだった。




