第291話 混沌となる邪神との戦い
天上にぶら下がる豪華なシャンデリアも、美しい装飾が施された椅子とテーブルも、ネメシスの周りでは禍々しく歪んで見える。ヒストリア王城で遭遇したコイツと再び相対していた。俺と会った事で、ネメシスの禍々しい瘴気にも似たオーラが、更にあたりの風景を歪ませているようだった。
「いつ気が付いた?」
唐突にネメシスが聞いて来るが、それに答える必要などない。その光景を見ている、トリアングルムの王族たちが、驚愕の目で俺達のやり取りを見つめていた。すでに第一王子のジュリアンは殺され、骸になって転がっているが、誰も身動きが取れないでいるようだった。
俺はその問いをスルーして言う。
「わざわざこんなところへ何をしに来たのやら。唯一の手立てである私がここにいて、心底嬉しくなってくる」
と、余裕をかました発言をしつつも、内心は焦っていた。声が震えそうになるのだけは何とか堪えたが、平静を装うのに必死だった。とにかく俺はソフィアを守りこの場を脱出したいだけなのだ。ソフィアをネメシスから遠ざけてしまえば、いくらでも戦ってやると思っている。だがソフィアを守るという事は、マルレーン公爵とその奥さんも守らねばならない。それではいささか分が悪かった。
するとその異常事態に、ようやくカイトが口を開いた。
「なあ、そいつは何者だ?」
「邪神…。邪神ネメシス」
「邪神?」
「そう。国を操り滅ぼさんとする悪の権化」
それを聞いたネメシスが高笑いする。
「くあーっはっはっはっはっ! 片腹痛い! お前こそ、この世界で女に地位を与え、我が物にしようと考えているのではないか?」
ビンゴ! えっ? どこまで知ってんの?
そんな事を思いつつも言葉を返す。
「我がものになどしようとは思わない。元より女も男も同じ人間。平等であるべき」
「くだらん」
急に表情を変える。
さてどうするか? トリアングルムの王族まで守る余裕はないが、俺がここから逃げればあっという間に虐殺が始まるだろう。空気が張り詰めているようだが、ネメシス陣営がやたら余裕なのが気に入らない。
だがカイトがネメシスに言った。
「あんたの目的が、その女なのだとしたら我々トリアングルムは関係ない。喧嘩ならよそでやってくれないかな? ここはあんたらの居る場所じゃない」
するとそれを聞いたマルレーン公爵が憤慨して言う。
「命がけで戦う聖女様の前でなんという物言い! それがトリアングルムの答えですかな!」
するとトリアングルムの王が言う。
「いや、わしは…」
そこで言葉が止まった。
がく! わしは…。なんだよ! それ以上の言葉がないならしゃべるな。
俺はネメシスに言う。
「王子の言う事ももっとも。邪神よ、この場で戦う必要は無いのでは?」
「くっ! あーはっはっはっ! 人間など居た所で我になにも関係ないわ! とにかくお前を殺したら、皆殺しにしてしまえばいい」
仕方ない…。
俺は先にネメシスに向かって、水のスプラッシュ魔法をかけ、次に…。
ガッシィィィッ…
俺の側でアンナが、鉤爪少年の爪を受け流していた。どうやら魔法の発動を見計って攻撃して来たらしい。そのおかげで俺の集中が乱れる。鉤爪の少年がアンナに叫ぶが、冷静さを失いつつあるらしい。
「くっそ! なんだよおまえ!」
「わたしは聖女の剣。聖女に手を出す者は何ぴとたりとも許さん」
くぅ! アンナの台詞がしびれるぅ! …でも、なんで俺が魔法を使う準備をしたのが分かったんだ? アイツは明らかに俺の魔法を見計って攻撃して来たぞ。
するとシーファーレンがボソリという。
「読まれる前に、連携します…」
どうやらシーファーレンが詠唱を終えていたらしい。次の瞬間シーファーレンが魔法を発動させた。それには鉤爪の少年は反応できずにいた。
「ライトニング!」
シャアアアアアン! あたりがまばゆい光に包まれ、俺はすぐに水のスプラッシュ魔法を唱える。波が弾けるような水しぶきがネメシスに向かって行き、俺はすかさず電撃を放った。
バシン!
一撃の強烈な電撃だったが、なんとネメシスは突然消えて違う場所へと現れた。俺の電撃をよんでいたらしい。
ネメシスがスマした顔で言う
「ホント、ワンパターンだな。あちこちで話を聞くが、それがお前の力か」
うっ? て言ったって、攻撃魔法はこれしか覚えてない。ヤベエ…。
「そう思うなら勝手に思っていればいい」
そんなやり取りをしていたら、突然トリアングルムの第二王子メルキンが立ち上がって言う。
「剣をよこせ!」
すると近くにいた騎士がメルキンに剣を渡した。
「我が助太刀しよう」
んー。かえって邪魔にならないかな?
するとアンナの口が声を発さずに動いた。俺はそれを読み取る。
《肉壁にする》
流石はアンナさん。非情だった。俺を守るためなら、騎士は全部肉壁と言う訳だ。
メルキンと騎士が、じりじりとネメシスに向かって近づく。こいつらが何とかしている間に、俺が聖魔法を発動させれば、ハシゴはこちらに傾くはずだ。
すると突然、バーンとネメシスの後ろの扉が開いて、ダダッ! と人が雪崩れ込んで来た。
この城の騎士か?
だがそいつらは、まるで法衣のようなものを着て剣を構えている。何よりも異様なのは、その顔におかしなお面をかぶっている事だ。
「ネメシス様。お守りします」
それに対しメルキンが叫ぶ。
「なんだお前達は!」
「我らは、ネメシス様を敬愛する。ネメシス教団の信徒、ネメシス様の邪魔をする者を除外する」
おいおいおい! いきなり形勢逆転じゃねえか。いつの間にこんな奴らを忍ばせていたんだ?
俺達はじりじりと後ろに下がるしかなかった。
するとメルキンが言った。
「我がトリアングルムの城に汚れた足で踏み入れるなど言語道断! 斬れ! 斬れ!」
するとネメシス教団の奴らと、トリアングルムの騎士達がチャンバラを始めた。そしてネメシスが言う。
「さて、そろそろ本格的にいかせてもらおうか」
そう言った瞬間に、纏う黒い霧が邪神教団の連中にかぶさり、突如そいつらの体がバン!と膨れ上がって服が破れた。それによりトリアングルムの騎士は押され始める。どうやらネメシスも、身体強化のようなものが使えるらしかった。
まずい。こんな事ならトリアングルムの騎士に身体強化をかけるんだった!
俺はこの一瞬の隙間に、アンナにありったけの身体強化をかけた。アンナは光り輝き、間違いなく人外の力を宿している。
そしてシーファーレンが目配せをしてきた。恐らくは連携をしようという事なのだろう。
「アイシクルランス!」
シーファーレンが放つ氷の槍が、ネメシスに向かって降り注ぐ。それをネメシスが溶かすと、雨のように解けた氷が降り注いだ。そこに俺がすかさず電撃を繰り出す。今度は逃げ場がなく、ネメシスは電撃を食らったように見えた。
湯気の中からネメシスが空中に浮かび上がって言った。
「効かぬなあ…」
不敵な笑いを浮かべて空中に止まっている。その直後俺達に向かって、黒い霧が槍のように尖って振って来たのだった。




