第283話 スラム街の薬師
メリーはスタスタと錆びれた町はずれに歩いて行く。既に繁華街からも離れて、ちょっと治安の悪そうな場所へと入って行った。明らかに人相の悪そうな奴がいて、鋭い目つきが俺達を捉えている。俺が周りをきょろきょろしてぽつりと言った。
「なんか…」
危なくない? と言おうとしたら、メリーが答える。
「えーと、変身の魔道具をとってもいいですか?」
「いいよ」
俺達が周りから隠し、メリーが魔道具を外すと元の地味な女の子に変わる。そして俺達がそこから避けると、周りで見ていた目の鋭い奴らが突然声をかけて来た。
「なんだ! メリーじゃねえか!」
「戻って来たのかい!」
メリーはニッコリ笑って人相の悪い人らに言う。
「ちょっと抜け出して来たの」
「そうか、嫌な思いはしてねえか?」
目つきの悪い奴らが俺とアンナをぎろりと睨む。
「この人達は良い人よ。私に良くしてくれているわ」
「そうか! メリーは真面目な子なんだよ! よろしくたのむわ!」
「は、はい」
どうやら顔見知りらしく、この人らは安全なようだ。
「じゃ、急ぐからまたね」
「おうよ」
さらに先に進むと、あばら家のような建物が増えて来た。
「え? この先にあるの?」
「もうすぐです」
するとその奥に木を積み上げただけの建物があって、皮がぶら下がっただけのような玄関が見えた。
「ここです」
まがりなりにも、王宮付の薬師が住むような場所では無かった。
「随分待遇が悪くない?」
「ああ…これは、父が王宮をクビになってから望んでやっている事です」
「自ら?」
「はい」
そのあばら家の周りには、きちんと整えられた畑があった。何らかの葉が生えており、何かを育てているように見える。だがその発育はあまり良くなさそうに見えるし、葉の色も悪い。
「畑があるけど」
「薬草です。父が育てています」
その畑を通り過ぎて、ボロ家に入ろうという時、中から咳込む声が聞こえて来た。それを聞いてメリーが慌てて家に入る。
「ゴホ! ゴホゴホ!」
「父さん! 大丈夫?」
「おや? ゴホゴホ! メリーじゃないか…」
そして父親は俺とアンナを見て、立ち上がろうとした。それに対し俺が言う。
「ああ、座っていてください。体に障ります」
「す、すみませんねえ。こんな体になってしまいまして」
「いえ。むしろ夜分にすみません」
父親はメリーに説明を求めるように目を向ける。
「あの、王宮で新しく薬師をしている人達よ」
「それはそれは、大変な仕事を」
なんだか相当辛そうにしているが、とりあえず気を使わないでほしい。だが一つだけ気になる事があって聞いてみた。
「すみません。あえて、ここにお住まいだと聞いたのですが」
「ああ。老後の道楽ですよ」
「道楽?」
「この貧しい街の人らは、体を悪くしても医者にもかかれない。だからね、私くらいはここで薬を煎じて配ってもいいんじゃないかと思いましてね」
めっちゃくちゃ、善人じゃん。
「そうですか。メリーが真面目な理由がわかりました」
「うちの娘のとりえですからな。ゴホゴホ、それがかえって仇となる事もあります」
そうだよね…。
「素晴らしい事です」
「ありがとうございます。ゴホゴホ…して…このような場所になにを?」
するとメリーが言う。
「父さんを治してくださるって」
父親は目を丸くして俺達を見る。そして首を振って言った。
「この病は難しい病です。薬草の毒見なんぞを繰り返しているうちに、何処かを悪くしてしまったようで、ポーションなどでも治らぬものです。なんのお薬を持って来ていただいたのか存じ上げませんが、そのお気持ちだけで十分にございます」
そこで俺が言う。
「薬は使いません。ちょっと見せてもらっても?」
「お医者さま? ですかな?」
「それとも少し違います。では失礼して」
俺は座っている父親の前に座り、じっと顔を見る。そして体に手をかざしてみると、だいたい悪そうな所がわかった。
これは…多分、肝臓がんとかだろうな。隣の臓器あたりにも転移してそうだ。
「お父さま。ここで起きたことは他言無用でお願いできますでしょうか?」
「もとより話す相手などおりませぬ」
「では」
俺はまず肝臓とそれに隣接している臓器に、蘇生魔法をかけた。ぱああああっと明かりがさして、あばら家の中が眩しく光り輝く。
「な、なんと!」
「お静かに」
良し。悪い場所は消えた。次は体力を戻してやろう。
「メギスヒール」
そのまま光が増して、父親の体が完全に光に包まれる。その光が次第に落ち着いて来て、すっかり光が収まると、血行の良い顔で父親が座っていた。
「これは! どういうことです? 痛みが消えた! そして体が軽い!」
「蘇生で悪い所を取り除き、最上級回復魔法をかけました」
「そ、そんな! そんなお力をお持ちの人がいるわけが…」
「どちらかと言うと得意分野なので」
「得意分野だとかそう言う次元のものではありませんぞ!」
「いえいえ。ただし、ここで起きたことは他言無用です」
だが父親は土間に降りて、俺の前に跪いて額を床にこすり付けた。
「間違いございません。あなた様は神の化身でございます!」
まあ、間違ってもないんだけど、そんなに騒がれるのはまずい。と思っていたら、メリーまでその隣に跪いておでこを床につけた。
「メリーまで! そんな大したものじゃないから。とにかく頭を上げてください」
二人がゆっくりと頭を上げたところで言う。
「あの、実はメリーにはお手伝いしてほしい事があるのです。そこで話を聞いていたら、お父様の体の調子が悪いと。そこで今日はここに来たわけです。申し訳ないのですが、正体だけはお伝えする事ができないのです」
「もちろんでございます。何もお聞きいたしません!」
そして俺はもうひとつ気が付いた事があり、それを父親に伝えた。
「この土地とても気が悪い。薬草にも良くないものが混ざるかもしれません」
「そうですか?」
「お父様のお身体が悪くなったのもそれが原因です」
「それは…困った。ここは土地があるから良かったのですが」
「問題ございません。それも、お治しします」
「えっ?」
俺は屋敷の外に出て、両手を左右に広げて魔法を放出した。
「浄化!」
俺の体から周囲に光があふれ、それが粉雪のように地面に降り注いでいく。一瞬この敷地内が銀世界のようになったが、光が収まって元の畑に戻った。
おっけ。
「これで大丈夫です。よりよい葉が育つでしょう」
「おお、おおお!」
父親は涙を流していた。メリーまで泣いている。
「ありがとうございます! 父を治していただき本当に!」
「いえいえ。これから一緒に手伝ってもらうのに、気後れするような事があっては事を仕損じます。万全を期して手伝ってもらわないとね」
「がんばります!」
「では少し募る話もあるでしょう。まだ夜は時間がある、少し話したらどうかな?」
「ありがとうございます」
そしてまた家に戻り、俺は父親から情報を引き出す事にする。過去の情報でも、何か役に立つことがあるかもしれない。




