第27話 間違ったふりする男達
引っ越し先の邸宅は、今までの家の二倍近い広さだった。だが、それよりもなによりも嬉しいのが、少し歩いて行けばソフィアの居るマルレーン公爵家があるのだ。こんなにうれしい事は無い。
俺はワクワクしながら、持ってきた引っ越し荷物の置き場所を指示している。騎士がウロウロと荷物を運んでいるのが目障りだが、うちの使用人は女ばかりなのでルクスエリム王が俺に騎士団を貸してくれたのだった。
「あ、それはそっちへ」
「は!」
男達を俺の住居に入れるのは不本意だが、こんな重労働を可愛い女達にさせるわけにはいかない。まあ俺の荷物などたかが知れているが、そこそこの物量があったのでルクスエリム王に感謝したいところだ。
「騎士団までお借りできるとは…」
スティーリアが恐縮しながら騎士の運搬姿を見ていた。
「ギルドや、街の便利屋は家に入れたくなかったから。王の命令ならば私の邸宅で、おかしな事はしないでしょう? 私の使用人は一人たりとも口説かないようにと、ルクスエリム王には通達しているからね。王命とあれば、それを遵守するはずだし」
「はは。なんというか、昨日の晩餐やお風呂の聖女様とは別人のようです。この方が私が知っている聖女様です」
「えっと、どう言う事?」
「王都の騎士団と言えば、屈強で見目麗しい殿方もおります。むしろ使用人やメイドの女性達の方から、声をかけないとも限りませんよ?」
「え?」
それは誤算だった。俺は自分の使用人には何一つ注意をしていない。むしろ俺の息のかかった彼女らが、男にうつつを抜かすとは思っていなかった。
「もちろん。真面目な聖女様の目を盗んで、そんな事をする者がいるとも思えませんけど」
「は、はは。そのときはそのとき。彼女らにも選ぶ権利はある! そうなれば私は応援するだけ…そう…それだけ…」
思わず動揺してしまった。
「やはり、昨日の聖女様はお酒も入っておりましたし…。私の勘違いだったのでしょう」
何が勘違だったというのだ? むしろ俺は本気でスティーリアとミリィと親密になりたかったですけど! どうやらスティーリアが俺が堅い女だと思っているらしい。
「ほら! そこの貴方! 気を付けて!」
もどかしい俺は、あたるように強い口調で騎士に言う。
「くすくす…。やはり聖女様は聖女様」
何故かスティーリアが一人で納得していた。それは困る! 俺は昨日、彼女らとの距離の縮め方を間違ったのが分かったのだ。これから挽回をするにあたって真面目になってもらっては困る! 話題を変えなくては!
「あ、あの。スティーリアには気になる殿方はいる?」
「そんなそんな! 私は聖職者でございます! 色恋沙汰などもってのほか! 女神フォルトゥーナ様に誓ってございません」
「あ、ごめんなさい」
「いえ。仕事に差し支えないようにと聞いてくださっているのですし、全く問題ございません」
いや、仕事に差支えがあるなしじゃなく、俺はスティーリアには俺以外の男に…いや、聖女だけを見ていて欲しいだけなのだよ!
すると廊下の向こうに衣装ケースを運ぶ騎士が見えた。あれは俺の衣装ケースで、俺の部屋ではミリィが仕切っているはずだ。もしかしたらミリィが騎士にアプローチをかける可能性もある! ちょっと確認してこないと!
「あ、スティーリア。書斎はよろしく」
「かしこまりました」
俺は足早に自分の部屋にいるであろう、ミリィの元へと急ぐのだった。廊下にはメイドや騎士がウロウロしており、騎士全員が狼に見えて来た。帰ってくれ! と言いたいところだが、ルクスエリムに借りた騎士団にそんなことは言えない。
「ミリィ!」
「あ、聖女様。慌ててどうされました?」
「い、いや…。片付けは進んでいるかなと思って…」
「もちろんです。とにかく衣装ケースを開ける前に、所定の位置に置いてもらっていました」
どうやらちゃんと仕事をしていたらしい。俺はついミリィに聞いてしまう。
「ミリィ」
「はい」
「騎士とは話をした?」
「はい、しました」
「えっと、どんな?」
「はあ…。この荷物は聖女様の部屋に運んでとか、これはキッチンのものですとかそんな事ですが」
「他には?」
「えっと、特に」
「そう。ならいいけど」
「何かございました?」
「ないない! 特に何もない! いつも手を煩わせてごめん」
「何をおっしゃいます! 私は聖女様のために遣わされているのです! 当然の事です!」
「でも、ありがとう」
「はい。こちらこそありがとうございます」
うん。これならミリィの方から騎士に声をかけているなんて事はないな。やっぱり真面目ないい子だった。疑った俺が悪かった。
「あのー、これはどちらに!」
部屋の入口から、騎士がミリィに尋ねて来る。どう見ても鼻の下が伸びて、女を見る厭らしい目でミリィを見ている気がする。ミリィはその荷物を見て騎士に答えた。
「それは応接室にお願いします。一階ですよ」
「あ、すみません。失礼しました!」
騎士はUターンして戻って行った。間違いない! あの騎士はミリィを見るためにわざとここに上がって来たのだ。全く! 油断も隙もあったもんじゃない!
「聖女様。私はここをやっております。聖女様はぜひお休みになっていてください」
いやミリィ! いかんぞ! それはいかん! アイツらは騙しやすいと思って、ミリィを狙っているんだ!
「まだここにいる」
「わかりました」
それからも何人か、間違ってこの部屋に持って来てはUターンしていった。間違いなくミリィを狙っている!
持ってきた荷物を見てミリィが言う。
「聖女様のお荷物はこれで全てです。私はキッチンに手伝いにいきます」
「私も行く」
「聖女様がキッチンにですか?」
「そう。一応キッチンの様子も見ておかないとね」
「かしこまりました」
二人でキッチンに降りていき、騎士達の仕事っぷりを監視する事にする。そしてキッチンに来ても間違って持ってくる騎士がいた。これで確定した、ミリィを狙っている奴らがいる。俺はミリィを守らねばならない。
そしてミリィも反応を示す。
「さっきから! 陛下の命で呼んでいる騎士だから言えないですが、わざと間違って持って来てますよね!」
「やっぱり! なんかおかしいと思ってた! 絶対に見に来てる!」
やっぱりミリィも見られている事に気が付いていたらしい!
「はい! さっきから聖女様をジロジロと見ては荷物を運んでいます!」
へっ? 俺?
「いや、あれは…」
「いや! 絶対そうです! 聖女様を一目見たいと思う殿方はごまんといます。この機会を利用して、聖女様の声がけを待っているのです。ですので聖女様はお部屋で休んでいただければよろしいのです」
いやー…、ミリィでしょ。狙われてんのは…。ミリィは、自分の小動物的な可愛さを分かっていないんだ。間違いなくミリィ狙いの男がいる!
するとそこに他のメイドもやって来て言った。
「聖女様を見たいからって! なんかちらちらと覗いて行くんですよ!」
いやあ…、君もそこそこ可愛いし、絶対君の事を見ていると思う。
するとそこにスティーリアがやって来た。
「聖女様。書斎の荷物は全て終わりました。出来ましたら聖女様は書斎にてお休みいただけたらと思います」
「いや。私だけ休むわけにはいかない」
「いえ。さっきから聖女様見たさに、迷ったふりして騎士達が来るのです。書斎に籠られてお休みいただいた方が、私は安心です」
「私もです!」
「私も!」
スティーリアもミリィもメイドも、何かを勘違いしている。自分らが狙われているのであって、断じて俺ではない気がする。
「あのー、これ…」
「「「それは応接室!」」」
三人の声がそろった。そして騎士は俺をガン見して、それを応接室へと持って行くのだった。
どうやら…三人の意見が正しかったようだ。なんと騎士達は俺狙いで荷物を運んでいるらしい。そう考えただけで、俺の背筋がゾゾゾと凍り付くのだった。




