第268話 情報収集と種まき
店を開店しても、すぐに客は寄り付かなかった。だがそこでクラティナは、店頭でアルコールランプのような物に火をつけて置く。するとお香のような、とてもいい香りがあたりに漂い出す。
その臭いに誘われて、人が寄って来た。
慣れてるようだ。
すると客が声をかけて来る。
「これは、なんだい?」
ランプを指さしている。
「いい匂いだろう? これは特製のオイルなのさ」
「いい香りだ。これは売ってもらえるのか?」
「中身のオイルだけね。安くないよ」
「見せてくれ」
足元の背負子から小瓶を取り出して、目の前にかざして瓶のふたを開ける。
「嗅いでみて」
「直接、嗅ぐときついんだな」
「だろ? 燃やすと丁度いいのさ」
「いくらだ?」
「ひと瓶、銀貨五枚。もし入れ物を持って来てくれたら、銀貨四枚にするよ」
「そんなに高額でもないな」
「んじゃ倍にするかい?」
「いやいや。一本おくれ」
「まいど!」
その買う様子を見ていた後ろの客が言う。
「他には何かあるのかい?」
「さあてね。あたいは薬師だからね、薬を売りに来たんだ」
「腹痛に効く奴はあるかい? うちのボンズが何か悪いもの口に入れたみてえなんだ」
するとクラティナがごそごそと背負子から、何包かの薬の包みを取り出した。
「これが腹下しの時に飲むやつ。こっちは虫下し、でこっちは整えるやつだ。どれがいい?」
「うーん。虫下しかもしれねえし、腹を下してるだけかもしれねえ」
「なら。一度虫下しを飲まして、酷くなったら腹下しの薬を飲ませると良いよ。その後で整えるやつを飲ませれば落ち着くんじゃないかな」
「わかった。三つくれ」
「銀貨六枚だよ」
「なんとかまからんか?」
「じゃあ他をあたっておくれ」
「わかったよ」
そして男はジャラジャラと銀貨を出して払う。だがクラティナは三包をわたして、もう一つ小さな木箱を渡した。
「なんだいこりゃ?」
「ちっさい子がいるんだろ。なら良く怪我するだろうから、傷薬を少し分けてやるよ」
「いいのか?」
「気前よく払ってくれたからね」
「わりいね。いただいて行くよ!」
なかなかに商売がうまい。するとそれを見ていたシーファーレンが、俺をこっそりしゃがませる。
「なに?」
「思いの外、商売がうまいようです。ここは評判になるために、ある事をしましょう」
「ある事?」
「話題になるような事です」
そしてシーファーレンが言う。
「テン」
「はい!」
「傷薬はまだあるかしら?」
「あります!」
「それを見せてもらっても?」
「はい」
クラティナがシーファーレンの前に傷薬を並べた。するとシーファーレンはその傷薬の前に魔法陣を書き始めた。
「ごめんね。テンの薬は効くと思うんだけど、更に仕掛けてもいいかしら?」
「自由にしてください!」
「ええ」
そして魔法陣の上に、クラティナの薬の木箱を並べ始めた。そしてシーファーレンが俺を振り向いて言う。
「聖魔法をよろしいですか?」
「これにかければいいの?」
「はい」
俺は地面の上でこっそり聖魔法を使う。光が魔法陣と木箱に注いでいき、木箱が光り輝いたあとで光が消える。
「よし。じゃあこれを普通に売りましょう」
「はい」
それからポロポロと来る客に薬を売っていく。同じようにおまけで傷薬を売り、だいぶ金も溜まってきたようだ。クラティナがにこにこしながら言う。
「やっぱり、田舎で売るよりお金がいいです」
「それはよかった。だけどじきに買った客が戻って来るわ」
「そうですか?」
そしてシーファーレンの予言は当たった。何人か目に薬を買って行ったおばさんが、血相変えてやってきたのだ。
「あ、あんた! どえらいもんを売ってくれたね!」
だがクラティナは呆然として答える。
「ん? 普通にかゆみ止めをやっただけだろ」
「ちがうよ! そのおまけでつけてくれた傷薬さ! 旦那の大怪我が一発で治っちまったんだよ!」
「そんなばかな」
だがクラティナはハッと気が付いて、シーファーレンを見る。そこでシーファーレンが言った。
「うちの傷薬は特製だから。それは効くはずよ」
「あれはもっと売ってくれるのかい?」
「うーん。あれは他の物を買ってもらった時につける物だから、売るわけにはいかないのよね」
「じゃあ買うよ! そのいい香りのオイルを買ってもくれるのかい?」
「二本買ってくれたらね」
「わかった! 二本で銀貨十枚だね!」
「ありがとうございまーす」
するとおばさんは、オイルを買って傷薬を貰って言った。でシーファーレンが言う。
「では。今日はこのあたりでいいかしら」
「えっ?」
「明日は忙しくなるわよ」
「わかりました」
そうして早々に店じまいをし、俺達はさっさと宿に戻るのだった。宿に戻ると、マグノリアとゼリスが出迎えてくれる。
「お帰りなさい!」
「何か変化はあった?」
「今のところは特別な情報は無いです。貴族や高級商人などの宿泊客ばかりですが、マルレーン家がやって来てる様子はありません」
「まあ、続けようか」
「はい」
そして俺達がまっていると最後にネル爺が帰って来た。そしてネル爺から報告が入る。
「王家御用達の武具屋は二軒ございました。武具の補修や手入れで王宮に足を運ぶ事があるそうです」
それを聞いて俺が答える。
「おお。それは朗報だ。なんとか潜り込みたいね」
「残念ながら人を雇う予定は無いようでした」
だがそれを聞いていたシーファーレンがくすりと笑って言う。
「なんと幸運が続くのでしょうね。流石は聖女様のパーティーというところでしょうか」
「でも。募集はしてないようだけど」
「大丈夫です。今は少し待ちましょう」
「わかった」
そうして俺達の潜入捜査一日目は終わるのだった。俺としては何かが進んだ感じが一切しないが、シーファーレンは手ごたえを感じている様子だ。とりあえずそれを信じて、今日のところはこれで終るのかと思いきや、シーファーレンが言う。
「では飲みに参りましょう」
「あ、これから?」
「はい。聖女様とわたくし、アンナ様とクラティナで」
「わかった。それじゃあ、リンクシルはマグノリアとゼリスの護衛で残ってくれる?」
「はい」
「わ、わしは?」
するとシーファーレンが言う。
「ネルさんも残って、皆さんを護衛して下さる?」
「わかったのじゃ」
そして俺達が着替えをして、シーファーレンが再調整した変身用ペンダントをつける。すると俺達四人は、妖艶な娼婦のような見た目になるのだった。
「これで行くの?」
「これでいいのです」
俺達はセクシーなお姉ちゃんになって、夜の繁華街へと繰り出す事になったのである。




