第252話 悶々とした日々が始まった
王都中に耐邪神結界を張った事を王宮に伝えた結果、市中警備に騎士団が戻される事になった。また聖騎士団もそのまま警護に入るようになり、王都の警護がかなり手厚くなる。それによって賢者邸に鮨詰めだった俺達は、ようやく聖女邸に戻って来れたのだった。だがこれからも危険が伴うという事で、王宮から更に給金が支給される。騎士達を寄せ付けない俺に、ルクスエリムが護衛でも雇えと言う事なのだろう。
俺はその金で朱の獅子を期間で雇い入れる事にした。ロサ曰く、命がけで魔獣を狩るより安全だという事で、しばらくはうちに住み込みで警護に入る事を承諾する。これで俺とアンナが出かけたとしても、聖女邸の安全は確保された。
だがそんな事はどうでもいい。
俺はムラムラしていた。分かる人にはわかって貰えるだろうか? 賢者邸で鮨詰めだっただけではなく、あの色っぽいシーファーレンとずっと密室で細かい作業をし続けたのだ。そのあいだ、何度シーファーレンを襲いかけた事か…。その為に俺は悶悶とし溜まりに溜まっていたのだ。もちろん俺のある部分にはアレがないが、もっと上のアレがモヤモヤし続けている。
《あれ? これってもしかしたら子宮で考えてるって事?》
俺はどちらかというと前世のヒモ男の意識が強い。その為か自分に女を感じると、何故か嫌悪感を抱いてしまう。女好きだったとは言っても、自分が女だという事には未だに抵抗があるのだ。もちろん女性に対して恋愛感情があり、女が周りに居る事は天国ではある。しかし手が出せないという状況は、蛇の生殺しのようで体に悪い。
そんな事を悶々と考えながら執務室に入った。するとヴァイオレットが帳簿をつけている。
「ヴァイオレット」
「これは聖女様」
「ごめんね。面倒な資金の流れを全て任せてしまって」
「いいえ。私が役に立つのはここしかございません」
かわいいなあ。紫の髪の間から見える真面目な表情は、色気こそないものの素朴な雰囲気がある。俺はついつい、ヴァイオレットの手先を覗き込むふりをして体をぴたりと寄せた。
「ど、どうしました?」
「仕事っぷりを良ーく見ようと思って」
「そ、そうですか? でもなんだか見られるとちょっと」
「やりにくい?」
「いえ。そんな事も無いのですが、でも集中力を欠いてミスをしてしまいそうです」
じゃあ、やりにくいって事だ。邪魔しちゃ悪いし、俺はそっとヴァイオレットから離れる。ヴァイオレットの頬が仄かにピンク色になっており、どうやら恥ずかしかったようだ。
「じゃあ座って見ていようかな」
「ど、どうぞ」
俺は椅子に座りヴァイオレットがせっせと物書きをするのを見ていた。真剣なまなざしがまたそそる。俺が立ち上がってヴァイオレットに近づこうかと思っていると、そこにミリィがやってきた。
「あ、聖女様。こちらにいらっしゃいましたか」
「どうした?」
「マロエ様とアグマリナ様の部屋が準備出来ましたので、ご確認を頂けたらと思いまして」
「行くよ」
そう。マロエとアグマリナを賢者邸から、秘密裏に聖女邸に移す計画なのである。外出するにも変装の魔道具があれば問題ないし、聖女邸の使用人として混ざってもらう事になったのだ。
俺はミリィについて行く。ミリィのキリリと結った髪の下の、白くて細いうなじを見ているとキュンキュン来る。マロエ達の為に用意した部屋に入ると、ミリィがいろいろと説明をしだした。俺は気もそぞろで、そのしぐさをじっくりと見ている。
「随分熱心に聞いていただけるのですね」
「そりゃミリィが一生懸命用意してくれたんだもの」
「問題はないでしょうか?」
「彼女らの部屋とそん色ないね。一応彼女らも貴族の娘だったし、その辺りは気遣ってあげないとね」
「はい」
そして俺はベッドを見て言う。
「ちょっと座り心地を試してみようか」
「はい」
「一緒に座ってみよう」
「わかりました」
ミリィがベッドに座ったので、俺はその隣に座ってじっとミリィを見る。
「い、いかがですか?」
「いい感じ。寝心地もよさそうだし」
「しっかりと天日で干して、ふかふかにしてあります」
俺は思わずミリィをぐいっと引っ張ってベッドに寝かせた。
「えっ?」
「やっぱりベッドは寝て確かめないと」
これは…。ミリィならいいよね? 俺の専属メイドだし、やっちゃってもいいよね!
ガバッ!
「失礼します」
ぎくぅ!
入り口を見ると、スティーリアがいた。
「あ、ああ。丁度マロエ達の部屋の確認をしていたんだ」
俺は気マズそうに言うが、スティーリアは気づいていないようだ。だがその様子を見て聞いて来る。
「本当に本日出かけるのですか?」
「そうだよ」
そう。俺はめちゃくちゃ久しぶりに、孤児院周りをすることを伝えていたのだ。孤児学校も始まるし、その説明もかねて王都を周ろうと思っていた。スティーリアに声がけしていたのだが、俺が行方不明で探していたらしい。
「ごめん。それじゃあ行こうか」
「はい」
「じゃミリィ、部屋はこれでいいと思う。後は変装用のメイド服を並べて」
「はい」
未遂に終わったが、俺はスティーリアについてエントランスに向かった。するとアンナとリンクシルが待っていた。
「今度から二人で動くんだね?」
「ロサ達が来たからな。聖女邸の警備は奴らに任せる」
「そっか。リンクシルもよろしくね」
「はい! よろしくおねがいします」
「今日、リンクには聖女の護衛の基礎を覚えてもらうつもりだ」
「わかりました師匠!」
そして俺達が玄関を出ると、すでにアデルナが馬車を用意していた。
「聖女様。久々の公務でございますね」
「そうだね」
「お気をつけて。アンナ様とリンクシルがいれば問題ないでしょうけど」
「だね。お菓子は積んでくれた?」
「もちろんでございます」
「ありがとう」
俺とスティーリアが馬車に乗り込み、アンナとリンクシルが馬に乗ってついて来る。リンクシルがいつの間にか、馬に乗れるようになっていた。
「リンクシル。上手に乗れるようになったね」
「師匠の教えのおかげです」
そして馬車は進み始めた。対面に座っているスティーリアが、今日の訪問予定を説明してくれている。だがなかなか頭に入ってこない。なぜならば俺はスティーリアの唇にばかり目がいってしまっていた。化粧っ気のない顔ではあるが、楚々とした美しさで透明感がある。
するとスティーリアが羊皮紙を広げた。
チャンス。
「あーどれどれ」
俺はスティーリアの隣に移り、ぴったりと寄り添うようにして羊皮紙を覗き込む。今日訪問する孤児院で、学校に入る年齢になっている子らの名簿だった。
「結構いるね」
「はい。聖女様が八歳以上とおっしゃってましたので、結構な人数となりました」
「そっかそっか」
すんすん。
どさくさに紛れてスティーリアの髪の毛の匂いを嗅ぐ。だがスティーリアは真面目に書面を見ていると勘違いし、こちらに身を寄せてしっかりと説明してきた。スティーリアの体温が感じられて、凛とした声が俺の耳に心地よかった。
今なら…。ちょっとなら分からないかもしれない。チューを! スティーリアにチューを!
「聖女」
窓の外から声がかけられた。
「な、なに?」
「最初の孤児院に到着した」
「わ、わかった」
俺が馬車を降りると、モデストス神父が経営する孤児院に到着していた。クビディタスが逮捕されたので、そこの孤児は全てモデストスが引き取ったのだ。かなりの大所帯となったと思うが、真面目なモデストスはきっちりと面倒を見てくれている。
「これは聖女様。おまちしておりました! 孤児達も喜ぶと思います」
「内緒でお菓子をいっぱい持ってきました」
「なんとお優しい」
「当然の事です」
めっちゃ真面目な会話をしつつ、頭の中は女だらけ。きっとモデストスもスティーリアも、アンナですら分かるまい。
だが…これが聖女の毎日なのだ。何かしようとしても必ず誰かの目があって邪魔をされる。俺は今日もまた悶々とし続けるのだった。




