第23話 面倒な報告
俺が帝国戦から王都に帰還を果たし半月、ようやく自分の時間が訪れる。半月は長かった…。半月も女とお茶会をしていない。せめてもの救いはスティーリアが仕事を手伝ってくれていた事。彼女のひたむきな姿勢に俺は癒されていた。
王都帰還と同時に行われた凱旋パレードから、この方ずっと多忙だった。まずはルクスエリムとの個人的な会談、そして教皇や枢機卿達への報告と教会巡礼、そして怪我をした民の治癒と遠征から帰って来た兵士の治癒など。聖女の仕事は尽きる事が無く、半月は休みなしで仕事をしていた。
まっじでストレスが溜まるつーの! ムラムラきて何度スティーリアを押し倒そうとしてしまったか! おっさんらからの賛辞の声など金輪際聞きたくない! 永遠に! ネヴァー!
まあ実のところ自分の時間と言っても、転居をしなければならないので丸々二日は引っ越し作業となる。王からの下賜された、マルレーン公爵家付近の邸宅に行く事になったのだ。そう、マルレーン公爵家と言えばソフィアの実家! 王族の住居は家具が備え付けてあるので、持って行くのは日用品や服だけ。調理器具や食器まで備え付けてあるので、細かい物はあるものの俺もメイドも使用人も、自分達の私物と仕事道具だけを持って行けばいいのだった。
「ごめんね、スティーリア」
俺は引っ越しを手伝ってくれている、仕事仲間の修道女スティーリアに気配りをする。俺とスティーリアは書斎で、仕事の物をまとめていたのだった。
「何をおっしゃいます聖女様! 聖女様は今やヒストリア王国の英雄であらせられるのです。ドーンと構えていただいてよろしいのですよ。ドーンと! 聖務で使う物は全て私がまとめて運ばせますので、聖女様は自由にしていただいて良いのです」
「そうは言っても、スティーリアだけに仕事はさせられない」
「聖女様はお疲れなのですからいいのです! それにメイドさん達では、公務で使う物の振り分けは出来ませんでしょう?」
「まあそうだけど」
「お仕事でヘトヘトになっているのに、こんな事をさせていたら聖女様が潰れてしまいます」
「スティーリアも毎日一緒に仕事をしてるけど?」
「聖女様の方が実務が多く、魔力を消費する事がたたございます。私はほとんどが、ただ付き添うだけなのですから。ましてや陛下との会談や教皇との話など、精神をすり減らしっぱなしですよね」
まあそりゃあね。確かにルクスエリムや教皇が、綺麗な女だったら全然疲れないんだけどね。ただの老人達との会談や、筋肉ムキムキの騎士達の相手ときたもんだ。そんなのと一緒に仕事をしていると萎えてくるもんだ。マジで。
「それが仕事だし、むしろそれで多くの国民(主に女子)が救われるのなら本望かな」
「ふふっ…聖女様ならそう言うと思っておりました。ですので、こんな時くらい私を頼ってください」
スティーリアが聖母のような顔で、俺に笑いかけてくれる。ダークグレーの髪と紫の瞳は、一見地味だがとても清楚に見えて良い。この書斎には仮眠用ベッドもあるし押し倒したい。だが俺はグッと堪えて、スティーリアの仕事ぶりをずっと眺めているのだった。
コンコンとドアがノックされる。
押し倒さなくて良かった…。
「はい」
「フラル様、ドモクレー伯爵様がお越しになってます」
「急用で忙しいから帰ってって言って」
「かしこまりました」
あの面倒くさい伯爵がいきなり来訪してきた? …なんだっけ? アイツは何の用で来たんだっけ? ま、いいや。とにかく考えるだけ無駄だ。
するとスティーリアが俺に聞いて来る。
「よろしいのですか?」
良いも悪いも! あの男めっちゃめんどくさいし! キモイし!
「今は引っ越しを急がねばなりません。先触れ無しで来られても、対応できるわけがないでしょう?」
「確かにそうですね。聖女様のお忙しさをご存じないのでしょうか?」
いや…、たぶんアイツは俺が会わないから無理やり来たんだと思う。ドモクレー伯爵からは何度も会いたいと、手紙や使者をもらっていたが断り続けてきたのだ。何度も断っているうちに、俺の会いたくないという気持ちに気がついてくれるだろうと思った。だけど一向に気が付く気配はなく、日に日にアプローチをかけて来る頻度が多くなってきていた。まあウザい事、山のごとしだ。
「とにかく早く荷物をまとめてしまわなくてはね。私はちょっと私物の方を見て来ます」
「はい。ここはお任せください」
そういって俺は自室に戻り、自分の服やら何やらをまとめてくれているミリィに言葉をかけた。
「ミリィに任せっぱなしでごめん」
「いえいえ聖女様! 全てお任せいただいて大丈夫です。聖女様の物でしたら、下着から何から全てわかっておりますので。私以外では分からない事も多いでしょうし、ここはお任せいただいてよろしいのです」
ミリィが俺のパンチィを畳みながら言っている。聖女ともあろうものが、自分の下着までメイドに畳ませている事に…俺は喜びを感じる! ミリィが俺の全てを見てくれているのかと思うと物凄く愛おしい。そこに俺の個人用ベッドがあるので押し倒したい! だが俺はそれを我慢して、ミリィと一緒に下着を畳み始める。
「お仕事の道具は大丈夫なのですか?」
「いま、スティーリアがやってくれています」
「そうなのですね。ですがここもまもなく終わりますし、終わり次第お声がけしますが?」
いやいや、一緒に下着をバックに詰めさせてよ。なんかミリィとこうやって自分の服を畳むのが幸せなんだから。
コンコン! とまたドアがノックされた。
「はい 」
「申し訳ございません。ドモクレー伯爵が聖女様の作業が終わるまで、ずっと待つと言っておられます。何時間でも待つと…いかがなさいましょう?」
「えっと、出かけて今日は戻らないと言って」
「わかりました」
全く! しつこい! うちの女の子を困らせるんじゃないっつーの! メイドが困ってるじゃないか! アホなのかアイツは!
するとミリィが心配そうに聞いて来る。
「あの、聖女様。伯爵様をお待たせしてよろしかったのですか?」
「問題ない」
問題ないに決まっている。アイツが何か重要な話を持ってきたとしても、俺には全く支障が無い。荷造りで本当に忙しいのだから仕方がないのだ。まあ暇でも会う事が無いが、本当に忙しいのだから帰ってもらうのは当たり前だ。
するとドモクレー伯爵に伝えに行ったメイドがすぐ戻って来た。
「失礼いたします」
「はい」
「ドモクレー伯爵が、これを渡してくれと」
「ああ、ありがとう」
致し方なくメイドから受け取ったのは、正式な封蝋をされた書簡だった。ご丁寧に家紋の印が押されており、この書簡が開けれらていない事を証明するものだった。
うわ、マジなヤツじゃん! めんどくせえ! だる!
「なるほど正式な書簡のようだけど」
俺がミリィにそう言うと、それを見てミリィが返す。
「そのようですね」
流石にこんな書簡をもらったら無視するわけにいかないか…
「ちょっと書斎に行って来る」
「どうぞ」
俺とミリィの楽しい下着のお畳み時間を、邪魔された事にプリップリしながら俺はスティーリアの元に戻った。
「いかがなさいました? 表情がすぐれませんが」
「ドモクレー伯爵から正式な書簡をもらってしまった」
「なるほど」
そしてスティーリアが俺にレターナイフを差し出してくる。俺はそれを使って丁寧に手紙をあけた。そして中から手紙を取り出して目を通すのだった。その内容はすこぶる面倒くさいものだった。
「ふむふむ…えっ! はあ…、うっそ…」
「なんと記されているのです?」
俺は黙ってその手紙をスティーリアに渡した。スティーリアはその手紙に目を通して、驚いた表情をしている。そして喜ばしいような感じで俺に言って来た。
「すばらしい! 聖女様の基金がこれほどになるとは…」
いや、仕事がめちゃめちゃ忙しくなりそうで嫌なんですけど。
その書簡に記されているのは、聖女基金に賛同するとした貴族達の署名だった。なんと同封されている名簿は何枚にもわたり、恐らくは王都中…いや国の多くの貴族が賛同している事が分かる。
そして俺が気になった一言が…
「その、下に記された財団ってなに?」
「財団…本当ですね…。かなり大きな事になってしまっているようです」
「そうだよね…」
俺の曇った表情を見て、スティーリアがようやく察してくれたようだ。俺の仕事がまた増えるであろう事に、俺の心はブルーになってしまうのだった。




