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ヒース・ブライトの一撃

人は誰しも、心に刻まれた“傷”に支配されて生きている。


僕にとってのそれは、夭逝(ようせい)の作家、ヒース・ブライトによってつけられた。


彼の最初の著作『紅き闇夜の鮮血』。この本について語るとき、とても冷静ではいられない。


何といってもこれは、この世の闇のすべてを描き出した完全無比の一作なのだ。


僕ごときが軽々しく語るなど烏滸(おこ)がましいことこの上ない。


しかしこの傑作が世に知られず、歴史の波に泡沫(うたかた)となって飲み込まれるのを黙って見ているのは忍びない。


だから僕は不遜であることは承知の上でこの作品を論じてみたいと思う。


まずは、僕とこの本との出会いから。


今から2年前、つまり僕が高校一年生だった頃のこと。


夏休みの宿題で読書感想文を書かないといけなくて、学校から指定された課題図書を買いに近所の

本屋に来ていた。


課題図書はすぐに見つかったが、親から預かったお金にはまだ余裕がある。余った分はどうせ親に返さなくてはならないので、漫画の一冊でも買って帰ろうと漫画のコーナーに向かったのだが、その途中何か嫌な感じがした。


立ち止まり、あたりを見渡すと禍々しいオーラが一冊の本から溢れ出ていた。


不思議に思って近づいてみると、それこそがまさに『紅き闇夜の鮮血』だった。


これは絶対に買わなくてはならない。そう思って即購入を決めた。


早く読みたいという衝動に駆られて家路を急いだ。


家に帰ると課題図書はそっちのけで、『紅き闇夜の鮮血』を読み始めた。


内容は「存在とは何か」という哲学的主題を扱ったもので難しくて僕にはよくわからない。よくわからないのだが、悪魔に魅せられたように矢も楯もたまらずページを()る。


一語一句ゆるがせにせず、最後の一ページまで読み終えたとき僕はあとからあとから流れ出る涙を止めることができなかった。


そこに書かれていたのは、たった一つの真実だった。


それから僕は何度もこの本を読み返した。


何度も何度も、繰り返し読んだ。


夏休みが明けてからも暇さえあれば読み続けた。


内容は頭の中に入っていたがそれでもなお読み続けた。


それを読んでいるときは至福だった。


ある日僕は気づいた。


僕の思考が完全に支配されていることに。


あらゆることをヒース・ブライト的に考えていた。


その後、僕はヒース・ブライトの他の著作も読んでいった。


ますます僕はヒース・ブライトに傾倒していった。


僕はこの世界が現実なのかヒース・ブライトが創り出した創作なのか区別がつかなくなった。


やがて、本があの禍々しいオーラを放ち僕は強い吸引力で本に飲み込まれていった。





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